カルチャー
映画の”アウトドア”について考える。Vol.3/廣瀬純
『赤いシュート』(ナンニ・モレッティ)
2026年8月28日
illustration: Shigokun
text: Jun Hirose
edit: Keisuke Kagiwada
毎月ひとつのテーマを掲げ、さまざまな執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。今月のテーマは、夏休みということで、”アウトドア”。映画批評家の廣瀬純さんが、ナンニ・モレッティ監督の『赤いシュート』を通して、自身の趣味であるフライフィッシングについて書いてくれた。
『赤いシュート』/廣瀬純
私の趣味は渓流でのフライフィッシングだ。映画を観ることとフライフィッシングとは、どちらも表面に留まる」という点で共通する。
フライフィッシングで用いるフライ(毛鉤)には、実のところ、水中に沈めて使うものもあり、一般にその方がよく釣れるとされているが、私自身は、幼い頃から、水面に浮かせるドライフライでしか釣らないと決めている。水中に沈めるのなら餌釣りと変わらないのではないかという思いがあるからだ。
水面は、釣り人が生きる世界と魚たちが生きる世界との界面だ。ドライフライでの釣りは魚たちの世界に介入しない。ジャン=リュック・ゴダールの『女と男のいる歩道』(1963)の仏語原題 Vivre sa vie(自分自身の生を生きる)の表現を借りれば、魚たちが彼ら自身の生を生きるがままにする。魚たちの世界にずかずかと入り込むのを慎み、彼らの世界と自分の世界とがかろうじて接する境界で彼らとの出会いを待つのだ。
ゴダールにとって、「自分自身の生を生きる」とは、何よりも、映像について言われるべき事柄だった。映画は、映像にそれ自身の生を生きさせなければいけないということだ。ロベルト・ロッセッリーニの有名な警句、「事物はそこにある。なぜそれらに手を加えるのか」とも響き合う。ドライフライでの釣りにおいて水面が、魚たちに彼ら自身の生を確保する被膜として尊重されるように、ロッセッリーニからゴダールが継承した映画の精神でもまた、スクリーンが、映像の生をいっさいの介入から防御する壁と見做される。
実際、ロッセッリーニから依頼されてゴダールが『女と男とのいる歩道』と同年に映画化した『カラビニエ』(反ファシスト闘士ベニアミーノ・ヨッポロが 1945 年に書いた同戯曲はゴダールによる映画化に先立ってロッセッリーニ自身の演出によりイタリアで舞台上演されていた)には、観客がスクリーンを侵犯し、映画装置自体を破壊するシーンがある。映画館に入った兵士の一人ミシェランジュが『社交界婦人の入浴』と題された短篇作品を観て興奮し、客席を立ってスクリーンに近づき、真横からの長回しで撮られたバスタブのなかを覗き込もうとしてスクリーンを破り落としてしまう(映像の背後に隠されたものを観客に見せる唯一の手段であるモンタージュの不在)。
批評家セルジュ・ダネは、80年初頭の文章で、アンドレ・バザンやジャック・リヴェットによる見立てを踏まえつつ、新たな映画史の時代区分を提案している。そこで彼が、「映画の映像は奥行きを欠いた表面である。現代映画が契約を破ることで回復させたのはまさにそのことだ」と書くとき、『カラビニエ』の以上のシーンが念頭に置かれていることは疑い得ない。ロッセッリーニの『無防備都市』(1945)に始まる「現代映画」によって「破ら」れた「契約」とは、「古典映画」を成立させていた観客との契約、本来は平面でしかない映像に観客の望む奥行きを(モンタージュなどによって)偽装するという契約である。
「古典」期の観客の欲望を作品内で体現する兵士は、生き餌や疑似餌(フライやルアー)を水中に沈めるタイプの釣り師と同じ流儀で自分の眼差しを水中に沈めようとした結果、現代映画が映像に取り戻させた平面性、「冷徹で魔法の解けた」真理に晒されることになった。
実際、ヌーヴェル・ヴァーグに続く世代の監督たちの諸作にあっても、映像の平面性は、とりわけ、眼差しを水中に沈めないことを通じて探究された。『さすらい』(1976)でのヴィム・ヴェンダースのカメラにも、水中に沈みゆく自動車を追って自らも潜水するという選択肢はなかった。ヴェンダースが「ロード・ムーヴィ」として提示したのは、「世界の果てまでも」(『夢の涯てまでも』の独語原題)ひたすら表面を滑走し続ける映画の姿だった。
ナチス・ドイツのお抱え映画監督だったレニ・リーフェンシュタールが、晩年、ダイビングの資格を取って海洋映画に没頭したのは偶然ではない。『意志の勝利』(1935)も、『民族の祭典』と『美の祭典』の二部作(1938)も、すでに、ナチス党大会やオリンピックを、スローモーションや壮麗なカメラワークを用いて水中の出来事であるかのように撮っていた。ニュー・ジャーマン・シネマは、総じて、ナチス映画のそうした「竜宮城」的スペクタクルに対する批判であり、そこから映像を救い出す試みだった。
1991年制作の『世界の果てまでも』に原題とは異なる邦題を付した人々は、社会主義圏解体を眼前にしたヴェンダースの「転向」と、それに伴う彼のロード・ムーヴィの「観光映画」化とを同作に看取して「夢」の一語を入れざるを得なかったに違いない。「奥行きを欠いた表面」はショウウィンドウやその延長線上にある観光旅行のそれに転じられ、「奥行き」は、政治的批判の対象から、金満消費者のシニカルな無関心の対象に成り下がってしまった。
同時期に、しかし、表面の政治性を確保し続けた「現代映画」の監督がいる。ベルリンの壁崩壊の2ヶ月前に公開された『赤いシュート』(1989)において、「共産党員であるとは今日、何を意味するのか」という問いを自らに突きつけるために表面に留まったナンニ・モレッティだ。映画監督自身が演じるイタリア共産党員水球選手を主人公とした同作では、大半のシーンが、水球の試合の行なわれるプールとその周辺で展開される。『赤いシュート』についてダネは、いっさいの政治的困難からまさに「夢」のなかへと逃避するかのように開始早々からカメラを水中に沈めるリュック・ベッソンの前年公開作と対比させた次のようなメモ書きを残している。
「水球が水面下でも戦われる競技であることは周知の通りだが、Mのカメラは潜水を拒否する。奥行きの拒否――これによって作品はオーディオヴィジュアル(『グラン・ブルー』)に対する映画からの返答となっている。水は表面であり、多くの場合、囲碁の対局のように上方から撮られているが、注意すべきは、それが、彼の身体によって絶えず駆け巡られ、耕され続けなければならない(犂耕体)特別な表面だという点である」
改行ごとに左から右へ、右から左へと書字方向を逆転させる書記方式である「犂耕体」(ブストロフェドン)が想起され、身体の運動に言語の運動が重ね合わされている。表面としての映像は身体と言語との界面をなすということだ。試合がぎくしゃくとしか進行しないなかでプールを泳ぎ回り、プールサイドを駆け回る主人公のバーレスク的な身体運動と、社会主義体制崩壊で失われた一資本主義国における左翼の存在の意味を探し回る同じ主人公のスキゾフレニックな発話とが、〈映像=表面〉において重なり合い、同一の運動の表裏をなすものとなる。
『赤いシュート』では、〈映像=表面〉は、言葉/身体の二重体としての「文字」(ダネが「碁石」に喩えているもの)が書き記されていく平面として立ち現れると言ってもいい。この点で、モレッティは、ジガ・ヴェルトフ集団期以来、晩年に至るまでスクリーンを「黒板」と見做していたゴダールに再合流する(2018 年公開の彼の最後の長篇『イメージの本』は当初、Le Grand Tableau (noir) すなわち『全体図(大きな黒板)』というタイトルで構想されていた)。しかし、おそらく、モレッティ作品については、次のように言った方がより精確だろう。左から右へ、右から左へと書き記される文字の平面的な運動こそが、映像あるいはスクリーンを「表面」として生い立たせるのであり、そうした運動が続く限りにおいて、奥行きの偽装が阻止されるのだと。フライフィッシングにあっても同じかもしれない。ドライフライの平面的な振る舞いこそが「水面」を作り出すのだ。
プロフィール
廣瀬純
ひろせ・じゅん|龍谷大学教員。専門は哲学、映画批評。著書に『監督のクセから読み解く名作映画解剖図鑑』『シネマの大義』『資本の専制、奴隷の叛逆』『暴力階級とは何か』『絶望論』『シネキャピタル』など。
作品のあらすじ
『赤いシュート』
ナンニ・モレッティ監督
共産党の若き指導者で水球の選手でもあるミケーレは、試合に向かう途中に事故に遭う。一時的に記憶を失ったミケーレが唯一覚えているのは母の思い出だけだった。そんななか、試合は始まり、ミケーレは勝敗を決するシュートを託されるが……。
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