カルチャー

今月の副読書。Vol.10/磯部涼『脱法』

「脱法」の“実話”を追うルポルタージュと、そのグレーゾーンを照射した3冊。

今月の副読書。

text: Ryoma Uchida
edit: Kosuke Ide
photo: Natsuki Ito
2026年10月 954号初出

2026年10月6日

「副読書」とは教科書の補助的教材として用いる資料集など、二次的に参考にするための書物のこと。本連載では毎回1冊の本を取り上げ、併せて読みたい「副読書」を著者が自らレコメンド! 理解を深め世界を広げる〈副〉読書のススメ。

今月の本

『脱法』

「法律による規制の目を掻い潜り、本来ならば違法とされている行為を成し遂げる」、脱法。本書で扱われる「脱法ドラッグ」は、2010年代前半に社会に蔓延し様々な問題を巻き起こした。違法薬物と同等かそれ以上の効果がありながら規制をくぐりぬけ、姿を変えながら現代に至る“脱法”の実態を描く。’90年代後半から音楽ライターとして活動し、近年は社会問題やリアルな現場を取材したルポルタージュを執筆する磯部涼さんが、自らも脱法の世界へと分け入りながら著したスリリングな一冊だ。(大洋図書)

💬「変な人の変な話がいっぱい載っている本は、読み手としても書き手としても好きなので」

「i don’t need a xanny to feel better(クスリがなくたって気分良くなれる)」。ビリー・アイリッシュは楽曲「xanny」で、当時のエモラップ系アーティストたちに向け、処方薬ザナックスによって命を失わないでほしいとの願いを歌詞に込めた。それはどこか遠い国の遠い出来事だと思っていたが、筆者の友人が抗不安薬の乱用によって命の危機に直面したとき、この曲を思い出した。ある日、“普通”の人がその一線を越え、恐ろしい体験が“普通”にやってくる。MDMAやマジックマッシュルームを前史とする「脱法ドラッグ」は数々の悲惨な事故を起こしながら形を変え、今も社会に存在する。「脱法」はなにも闇の世界の話ではない。アルコールも、処方薬も、ネット上にもグレーゾーンは身近にある。他人ごとだとページをめくると、きっと深傷を負うはずだ。合法と違法の間に存在する自由と悪。ドラッグの製作者、売人、使用者、社会状況、それらを丹念に追う本書『脱法』は日本の陰の歴史をつまびらかにする。

「おこがましいかもしれませんが、改めて石丸元章さんの面白さを伝えたかったんです」

 そう語る磯部さんが「副読書には入れていないけれど欠かせない本」として挙げたのが石丸元章『スピード』。実体験と主観を色濃く打ち出す「ゴンゾ・ジャーナリズム」の日本における草分けとして活動してきた石丸が、その名を全国的に知らしめるきっかけとなった一冊だ。著者自身によるドラッグ体験をもとに描かれた本書は、発売当時の’90年代半ばに高校生だった磯部さんに影響を与えた。

「地元である千葉県の幕張エリアに初期の『ヴィレッジ・ヴァンガード』がありました。フランチャイズだったのかな。そこで、いわゆる“鬼畜系”ブームを牽引したアンダーグラウンド・カルチャー誌『危ない1号』や初期の『Quick Japan』などに出合いました。典型的なニュータウンで育った子供としては、雑誌が伝える世界を、ドキドキしながら覗き見ていたんです。悪趣味的なものに興味があったというより、石丸さんらが用いた『ニュージャーナリズム』的手法の文章に惹かれましたね」

 説明的な記述を排し、書き手の主観を通じて真実に迫る。臨場感と文学性をもって伝える「ニュージャーナリズム」は、’60〜’70年代のアメリカで発見されたノンフィクションにおける新たな手法だ。

「多くのドラッグ本は、当然、ジャーナリズムの使命として、モラルに照らし合わせ、問題を追及・批判し解決方法を探す手法をとっている。でも石丸さんは、自らドラッグの服用や逮捕を経験し、身も心もボロボロになりながら取材し、結論を出すのではなく、その“渦中”を細かに描写する。そのスタンス、人柄、文の面白さに学生ながらハッとさせられたんです」

“実話”の地平から覗く
グレーゾーンのリアリティ。

 磯部さんは音楽ライターとしてキャリアを積む中で、取材で用意された相手や“回答”から一歩踏み込んだリアルを追うようになる。

「2000年代、音楽バブルの余韻が残っていた頃は、PRのためのインタビュー仕事が山ほどありました。その半面、自らを語る言葉をまだ見つけていないようなマイナーなラッパーや表現者の声を聞きたいと思うようになったんです」

 彼らと地元を共に歩き、生い立ちを取材する過程で避けては通れなかったのがドラッグの存在だった。

「歴史的にヒップホップやレイヴ・カルチャーにおいて薬物は身近な要素です。海外の本には『レイヴはMDMAから始まった』といった記述があるのに、なぜか日本では記されない。そこに風穴を開けたかったという思いはあります。ただ、ハスラーラップなど、ドラッグディールを生業にしラップする人たちに話を聞くと、悪そうなイメージとは裏腹に、実態はバイトの使いっ走り。その構造は就職氷河期のフリーターが抱える困難さと地続きだったりする。一見かっこいい世界に潜むしょぼい現実にこそ、リアリティを感じたんです」

 楽曲では見えてこない“しょぼい現実”。ラッパー・ECDによる短編集『暮らしの手帖』ではその現実で苦悶する姿が描かれる。短編「酩酊」は、深刻なアルコール依存症に陥った時期を切り取る。

「ECDさんは、かつてシーンの象徴のような人気ラッパーでしたが、アルコールによってドロップアウトしていく。この作品が特筆すべきなのは、依存症の怖さを冷静に描くのではなく、あえて酩酊している最中の、どん詰まりな状態をそのまま文学に昇華させている点です。近所の地蔵の前に放置された自転車が許せなくて、片っ端からぶん投げていく。アル中特有の歪んだ正義感や暴力性が生々しく描かれる。違法薬物には距離を置けた人が、合法のアルコールによって、薬物以上に悲惨な状態になってしまう。脱法ドラッグとしてのアルコールを象徴する話です。依存症の暗さが、美化されることなく刻まれています」

副読書①

今月の副読書。Vol.10/磯部涼『脱法』

『暮らしの手帖』ECD

’80年代から日本のヒップホップシーンを牽引してきたレジェンドであり、『失点イン・ザ・パーク』など、小説家としても異彩を放ったECDによる短編集。「酩酊」では、楽曲「トニー・モンタナ」でも明かしたように、違法薬物からは距離を置いていたECDが、アルコールという合法的なものによって身を滅ぼしていく様が克明に描かれる。表題作他3編収録。(扶桑社)

 気づいたら深みにハマってしまう身近な「脱法」。『漂白される社会』は、そんなオーバーとアンダーの境界を社会学の観点から照射する。

「脱法ドラッグについて執筆されている章が面白い。今まで曖昧に許されていたものが、法律の制定とともに社会の中で善悪はっきり線引きされ“漂白”される中で、むしろグレーな領域が生まれてしまう。そして“普通”の人が『違法じゃないなら』と危険な世界に吸い込まれる。本書にも繋がる問題です。アカデミックな本であるにもかかわらず、取材者が脱法ドラッグでトリップする様子を克明に描写するなど、リアルで読み応えのある文章も魅力です。新たなゴンゾ・ジャーナリズムというか」

副読書②

今月の副読書。Vol.10/磯部涼『脱法』

『漂白される社会』開沼 博

社会学者である著者が、売買春・脱法ドラッグ・違法ギャンブル・ヤミ金融などをはじめ、「周縁的」とされがちな人たちへの取材・調査を行った社会論。社会的矛盾や「他者」の存在が不可視に“漂白”される現状を切り取る。「この本でも描かれる、普通の人がなぜ脱法ドラッグに手を出してしまうのかという問いは、『脱法』にも通底しています」(ダイヤモンド社)

 たしかに、2015年の法規制強化によって根絶されたはずの「脱法ドラッグ」は、よりビジネスライクに、CBDブームや海外の大麻合法化の流れとリンクし、若者たちの間で再び息を吹き返していた。白と黒で分けても、その隙間にグレーが生まれる。法律はその都度更新され続け、また別の抜け道が生まれる。『脱法』では、そんな脱法ドラッグや周辺人物を断罪も礼賛もしない。人間が何を思いどう狂ったのか、淡々と記す。

「自分の執筆の手癖として“いい話”に持っていっちゃうことがあるんです。取材対象の将来や配慮を考えて、希望のある着地を選ぶ。それは間違ってはいないけれど、読んでいて耳触りのいい言葉は、型にはまって受け取られる危うさもある。だからこそ今回はあえてその手癖を回避し、酷くて笑ってしまうようなエピソードも入れました。相棒の死を『ジャンキーは殺し合うんだ』と突き放す石丸さんの述懐や、ドラッグを流布させ人体実験めいた経験を楽しかったと語る業者の言葉など、ひどい姿にも、どこか割り切れない人間味があるんじゃないか」

 その“割り切れない人間味”を、猫の姿で表現する『ヤニねこ』。

「数年前、漫画の仕事をしていた時期に周りの編集者たちが『日本版ブレイキング・バッドを作りたい』とよく言っていたんです。しかし日本では、ドラッグ描写の規制も厳しく、嫌悪感も強い。そこをうまく描いたなと思うのが『ヤニねこ』。ヤニカスとかパチカスとか、みんな身近だからこそ嫌悪しているけど、あまりに身近だから切り捨てることもできない、その微妙なバランスを突いている。わざわざ“日本版”を想像しなくても、身近にいた。やっぱりそれは社会問題であって、解決策を探さなきゃいけないということもいえると思うのですが、一方で、笑っちゃうくらい酷い話もあって然るべきですよね。『飲み過ぎちゃってさ』みたいな失敗談なら、いくらでもあるじゃないですか。そこを汲み上げるのも、大衆文化のリアリティだと思うんです」

副読書②

今月の副読書。Vol.10/磯部涼『脱法』

『ヤニねこ』にゃんにゃんファクトリー

21歳、獣人、ヘビースモーカー。生活力も、お金もない。あらゆる事柄のなかにおいて、タバコが最優先。汚部屋に住まうヤニねこ(佐藤ヤニ子)が過ごす危険な日常を描く。特別な薬物でなくとも、すぐ隣にある「依存」のリアリティを大衆文化として昇華させた、まさに“脱法的”な漫画。『週刊ヤングマガジン』にて連載中。7月にはTVアニメ化された。(講談社)

 かつてのアンダーグラウンドな雑誌文化を引き継ぐ『実話ナックルズ』。その連載から生まれた本書は自由な筆致に貫かれている。

「実話誌という場所だからこそ生まれた本です。よくも悪くも書かない、明確な悪人や、解決策、正義を提示しない。そういうスタンスをとると、冷笑的と揶揄されがちですけど、最適解を示すことだけが答えじゃないとも思うんです」

 自分の安易な正義感で目の前の複雑な現実をコーティングしないこと。冷笑でも分断でもなく、対象に対してどこまでもフラットであり続けるという、倫理的な態度。

「ありふれた言葉ですが、人間を書きたくて。変な人の変な話がいっぱい載っている本は読み手としても書き手としても好きなので」

プロフィール

磯部涼

いそべ・りょう|1978年生まれ。ライター。著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)、『ルポ 川崎』(サイゾー)、『令和元年のテロリズム』(新潮社)など。

x
https://x.com/isoberyo