カルチャー

今月の副読書。Vol.7/パンス『「いまどきの若者」の150年史』

「いまどきの若者」の青春と葛藤の変遷を辿る新たな史書と“歴史を語る”面白さが味わえる、3冊のオールタイム・ベスト。

今月の副読書。

text: Ryoma Uchida
edit: Kosuke Ide
photo: Natsuki Ito
2026年6月 950号初出

2026年6月6日

「副読書」とは教科書の補助的教材として用いる資料集など、二次的に参考にするための書物のこと。本連載では毎回1冊の本を取り上げ、併せて読みたい「副読書」を著者が自らレコメンド! 理解を深め世界を広げる〈副〉読書のススメ。

今月の本

『「いまどきの若者」の150年史』

「いまどきの若者は〜」でいつの時代にも語られがちな「若者論」。その誕生を近代化以降に位置付け、明治期まで遡る。書生たちから戦中世代、団塊、新人類、氷河期、ゆとり、そして令和のZ世代まで。現代に連なる「若者」のイメージはこの約150年間に、どう形成されたのか。「若者の語られ方」を詳細に追うことで、上世代の危惧、期待、社会の価値観の変化など、その実像が形をつくる。巻末には勝海舟や徳富蘇峰から、グレタ・トゥーンベリやこっちのけんとまでをカバーした「日本の若者年表」を収録。

💬「自分だけが見てきた風景って、活字に残しておかないと本当に消えてしまう」

「いまどうしてる?」。X(旧Twitter)の投稿ボックスは、そんな文言が目に入る仕組みになっている。しかし気づけばタイムライン上に連なる「現在」ばかりに釘付けになって、いつでもどこでも同じような話題や動画や炎上を目にしているように感じる。

「ネット上での議論や世の中の出来事でも、50年前や100年前に遡ってみれば、似たようなことが言われていたり、逆にものすごく変化していたり。歴史の繰り返しと積み重ねを面白く感じていたことが本書を書くきっかけです」

 音楽やサブカルチャーを中心にライターとして活動しながら、テキストユニットTVODとして『ポスト・サブカル焼け跡派』や『政治家失言クロニクル』を著わし、東アジア/東南アジアのポップミュージックや文化史を踏まえた『アジア都市音楽ディスクガイド』(菅原慎一他との共著)や「サブカルチャーと社会の50年」と題した巨大年表を制作してきたパンスさん。数々の著作で文化と社会との接続を俯瞰して読み解いてきた著者による新刊が『「いまどきの若者」の150年史』だ。

 タイトルが示すとおり、本書は約150年前から現在に至るまで「いまどきの若者」という存在がどのように語られてきたのか、年長者からの視点と各若者世代による主張、社会情勢など歴史を丹念に追いながらその実像に迫る。とはいえ「世代論」とは時に物議を醸す。やはり人の個性はそれぞれ異なるし、ひとまとめに世代で分類することは強引な面があるわけで。筆者はZ世代に分類されるが、世間一般に流通する典型的イメージと内面は合致していないし「打たれ弱い」「タイパ&コスパの合理性優先」などといわれると反発したくなる気持ちもある。それでもなお、本書に沿って各世代の「分類」や「語られ方」、固定化されたイメージを一つ一つ解きほぐすことで、時代を超えた共通点が浮かびあがり、より詳細な個々の問題へと繋がって、歴史を紐解くスリリングな味わいがある。どんな大人もかつては若者だったことを考えれば、すべての日本人が本書の当事者であり、誰しもが「若者」時代を思い起こしながら読書を楽しめるはずだ。

「『若者』の概念の発生は、近代になり、工業化の発展と個人化が進んだことと相関しています。人々が都心を目指し、ムラや家族など共同体との繋がりが弱まり、個人に自由が生まれる。その結果、自分らしさやこれから歩むべき人生に悩みながら、その時代ごとの社会環境に呼応した新しい価値観で生きる『若者』が生まれる。だから、各世代の若者像を追うとそれぞれの社会の変化が見えてくる。そしてその『語られ方』が同じような言説を繰り返していることがわかるんです。かつての若者の姿に共感できるし、それは今、同時代を生きる異なる世代への共感にも繋がるはずです」

 巻末には、1858年の日米修好通商条約を起点とした全9ページにわたる「日本の若者年表」が付される。「1910 武者小路実篤(24)ら『白樺』創刊」「1983 尾崎豊(18)が歌手デビュー」「2012 『POPEYE』がリニューアル」なんて話題も。政治、社会、サブカルチャーなど多岐にわたる話題で横断する圧巻の付録だ。

「今回は若者文化にフォーカスしているので、登場する人物にはその時点での年齢を付記してみました。作業は大変でしたが、実は個人的に年表を作るのが趣味で、世の中の色々な話題を詰め込んだ『マイ年表』を下地に作成しました。私は子供の頃から年表、図鑑、地図などを見るのが好きだったんです。家の中でただひたすらじっと眺めていた。きっかけは小学5年生のとき、’95年の地下鉄サリン事件でした。テレビで報道された恐ろしい内容に衝撃を受けたんです。家や学校の外に広がる“社会”というものがあって、そこで自分が知らないいろんなことが展開しているんだと。また’95年は戦後50年の節目であり、関連本がたくさん出版されていたタイミングでもあります。毎日新聞出版から刊行された『戦後50年』というムック本を親に買ってもらい、そこに載っていた報道写真と年表を読み込みましたね。事件や災害、馴染みのある音楽や映画などカルチャーが繋がっていく。歴史を立体的に見ることの面白さを感じたんです。年表はデータなので、本を読む行為とは少し違います。ぼーっと見ているうちに頭に入ってくるというか。ストーリーラインが用意されていない分、自分でデータを組み立てて全体を楽しめる。ある出来事があったとき、全く関係のないニュースが同時期に起きている。するとこの時のテレビ番組ではこんなことが流れていたのかなとか、こんな食事をしていたのかなとか、推測していくと、自分が生まれていなかった時代がリアルに立ち上がってくる。まあ、妄想ですよね(笑)」

 歴史の教科書とは一味違うリアリティ。異なるレイヤーの情報が積み重なることで、因果関係が結びつき、これまで見えてこなかった景色が立ち上がり、新たな解釈を生む。年表を楽しむように、新たな語り口を与えてくれる本。副読書に挙げてくれた3冊は「どれもこんな歴史の書き方があったのか、と新鮮な感覚を与えてくれる、オールタイム・ベスト本です」と語る。

「『群衆』で設定される時代は明治後期〜現代(’96年)。この本では20世紀の日本の群衆を読み解きます。震災、戦争、公害における群衆の姿を、石川啄木、大杉栄、夏目漱石などの人物の目を通して描く。ジャンル的には異なる人々ですが、それが繋がり、“時代”が形を顕にする。その書きぶりが映画を観るようでとても面白い。『1985年』ではタイトルどおり’85年に起きた出来事だけを詳細に追っていきます。人々がどう生活し、どんな社会状況で、何が流行していたかが並行して書かれ、読み応えも抜群。かつ’85年に焦点を定めているのが重要で。本ではこの年を、工業化が進んだ近代日本の『頂点』という言い方で表現しています。日本が“坂の上の雲”を目指して成長していく過程で、戦争を挟み、復興と高度成長で高みに上り詰めたとき。バブル期の始まりと、その後“失われた”何十年を過ごす境目です。『今』を知る上でも重要な視座を与えてくれる一冊なんです」

副読書①

今月の副読書。Vol.7/パンス『「いまどきの若者」の150年史』

『群衆 機械のなかの難民』松山 巖

20世紀を「群衆」の時代と捉え、日露戦争から世紀末へ至るまでの群衆社会(=大量消費社会)成立の100年の本質と変化を描く。「日比谷焼き打ち事件」「電車値上げ騒動」「米騒動」など社会情勢を夏目漱石、石川啄木、夢野久作らの作品を通して読み解く。都市や建築への造詣の深い著者だからこそ、建造物にまつわる著述もポイント。(中公文庫)

副読書②

今月の副読書。Vol.7/パンス『「いまどきの若者」の150年史』

『1985年』 吉崎達彦

プラザ合意、日航機墜落、阪神優勝、NTTの誕生etc。戦後、右肩上がりの発展を続けた日本と世界の景色が変化する境目を「1985年」と定め、政治、経済、カルチャーと資料を渉猟しながら激動・波乱の一年を振り返る。冒頭に書かれる日本の国運「40年周期説」でいえば2025年がそれに当たる他、ドナルド・トランプも登場するなど、今必読の書。(新潮新書)

 教科書や学術書のように重厚な歴史書から学べることはもちろん多いけれど、これら、一つの時代やジャンルをつぶさに追った歴史書には独自の味わいがある。紙上から立ち上る人間くささ。歴史を「過去」に閉じ込めてしまわない面白さ。『京城のダダ、東京のダダ:高漢容と仲間たち』で扱われるのは1916年にスイスで生まれた芸術運動の「ダダイスム」。第1次大戦を受けて巻き起こった「反芸術」運動として知られ、マルセル・デュシャンが「便器」をそのまま《泉》と題して展示したように、既存の芸術を否定するその在り方は、その後の20世紀美術に大きな影響を及ぼしていく。

副読書②

今月の副読書。Vol.7/パンス『「いまどきの若者」の150年史』

『京城のダダ、東京のダダ :高漢容と仲間たち』 吉川 凪

『殺人者の記憶法』で第4回日本翻訳大賞を受賞した翻訳家である著者による評伝。日本の植民地時代、朝鮮の新聞や雑誌に先進的な芸術運動である「ダダ」を紹介しつつも、文献がほぼ残されていなかった高漢容(コハニョン)の人生を追い、彼に影響を与えた東京のダダイストたちの生活と交流を描く。韓国文学史上唯一のダダイストの交友の軌跡と青春のきらめき。(平凡社)

「大正時代を舞台に、日本と韓国のダダイスムについてと、交流を追うドキュメントです。高漢容(コハニョン)は韓国の人で、彼もまたダダに影響を受け、斬新な詩を作っていた。ただ資料がほとんど残っておらず、手がかりを探るところから本書は始まります。日本のダダイストである辻潤が京城(ソウル)まで行って、高漢容らとお酒を飲んで遊んで親交を深めていたことがわかってくる。日本の植民地下で苦しい状況であったにもかかわらず、今と同じように人々が交流している姿もあった。高漢容の親族すら知らなかった彼の人物像が浮かんできます。徹底的に調べ上げ、全く知られていなかったマイクロヒストリーを編む。歴史を記述していく上での新しさがあるんです」

 歴史が編まれるとき、必ず抜け落ちる細部がある。パンスさんが本書あとがきに添えた「いま『若者』の時間を過ごしている人にも、現在見えている景色、もしくは年をとってから振り返った記憶について書いてもらえたら」という言葉には、そんなミクロな歴史への眼差しが感じられる。

「語られていないこと、自分だけが見てきた風景って、活字に残しておかないと本当に消えてしまうと、今回執筆しながら気がつきました。ネット上のものはサービスが終了したら消えるし、SNSでの出来事は1年後には誰も覚えていない。自分のできる範囲で残していきたいんです。そしてきっと未来の人々が『令和の人も同じようなことを感じていたんだな』と知ってくれたらいいですよね」

プロフィール

パンス

ライター。1984年、茨城県生まれ。テキストユニット「TVOD」としても活動。「生きのびるブックス」ウェブサイトにて「白旗を抱きしめて」を連載中。

Instagram
https://www.instagram.com/panparth/