店主が歩んだ、東京レコードショップ・アナザーサイドストーリー。
レコードブームといえども、多くの老舗ショップが惜しまれつつも次々無くなっていく。たしかに、テクノロジーの発達と共に、音楽産業を取り巻く環境は大きく変化しているし、そもそも、長くお店を続けること自体本当に大変なことだ。そんななか、日本はもちろん、アジア、欧米、はたまた地球の反対側の南米などから、要するに世界中から、ハードコアな音楽好きがこぞってやって来る伝説的レコードショップが高円寺にある。
店内には、ロックやジャズ(といっても「名盤100選」のような紹介ではまず挙がることがない)をはじめ、アシッドフォーク、フィールドレコーディングもの、自主制作盤、エクスペリメンタル、ノイズ、辺境音楽、ローファイ、サイケだけのミックステープ、はたまた動物の鳴き声のCDなどなど、並のディグ力ではまず出会うことのできないオブスキュアなものがズラリ。取材時も何人か海外からのお客さんがいて、「ジャパニーズ・ドローンミュージックを教えてくれないか」「これはベース音だけのアンビエントですか?」なんて会話が飛び交う。
そんな音の探求者たちを迎え入れる店内は、音楽だけではなく、マニアックなバンドTシャツなどのアパレル、風変わりな骨董品、怪しげなモビールやシールなどの雑貨、美術作品、ポスターなどに彩られた秘境そのもの。ここ「Los Apson?」は、今年で30年の節目を迎える。
店主の山辺圭司さんは店頭に立つだけではなく、日本の地下ダンス・シーンをフックアップする音楽レーベル〈時空〉や自身の実験音楽・ライブアクションを中心にリリースするレーベル〈Sexy Recordings〉を主宰し、音楽雑誌「SPECIALOOSE」等の監修を手掛け、DJプレイもする知る人ぞ知る音楽フリーク。そんな山辺さんに、ショップの成り立ちから現在に至るまで、一体どんな30年を歩んできたのか、お話を伺った。
「レコードを買うのはずっと好きでしたね。ロックの王道からインディーズ、ブルースまで、80年代当時はジャンル毎に色んな音楽雑誌があったので、地元の青森ではそれらをよく読んでいました。高校卒業後に上京し、美術学校に通うかたわら雑誌で知った池袋のレコードショップ『サウンドボックス』でアルバイトをしました。その後、新宿にもあったレコードショップ『CISCO』で面接を受けたりしつつ、最終的には20歳ごろ、六本木にあった『WAVE』の店員として働きはじめました」
「六本木WAVE」とは、現在、六本木ヒルズがあるエリアに建てられていた商業ビルのこと。国内盤・輸入盤問わず大量の品を取り揃えたレコード・CDショップに、当時は珍しかったアート系映画を上映する映画館などが併設され、未知なる出会いを求めた音楽マニアたちや、業界人、海外の著名人も多く訪れた。後に「渋谷系」と呼ばれるムーブメントの源泉のひとつをつくったのもここであり、尖った日本の音楽シーンの流行を先導し、80〜90年代のカルチャーの先端をいく発信地の一つであった。
「『WAVE』ではダンス・ミュージックから、実験音楽、フィールドレコーディングまで横断する音楽家のCOMPUMAさんや、Chari Chariの名で日本のニューエイジ、アンビエントシーンを率いているDJ/プロデューサーの井上薫さん、音楽評論家で中東料理研究家のサラーム海上さんなど今でもディープな音楽やアートの世界に関わる、ちょっと変わったユニークな人たちがいました。後々DOMMUNEを主宰することになる宇川直宏さんと出会ったのもそこです。そのうち宇川さんや、1993年〜1995年の2年間だけ渋谷のマンションの一室に存在したマニアックな音楽だけを扱うレコードショップ『Paris~Peking Records(パリペキンレコード)』の共同創業者・軍馬修さんらと協力して西新宿にレコードショップ『Los Apson?』を始めることになりました」
西新宿のビルにお店を構えたのが1994年のこと。大型店では扱えないような音楽や雑貨やアート、アパレルなど、より深く、より多岐にわたって扱いたいという思いがあったのだとか。
「品揃えとしては、いわゆる正当な流れにある音楽というよりもジャンルを斜め読みしていくのがうちの役目というか、自分の好きなものを突き詰めていったら次第にそうなってしまっただけなんですけどね。お店が始まった当初はローファイ全盛でしたが、ロックだけでもオルタナティヴなものはたくさん存在していたし、世に流通しているものだけじゃなく、本当は世界にはもっと色んな音楽があるんですよね。お客さんもそんな価値観とか出会いを求めてきてくれていたんだと思います」
店名の「Los Apson?」は、60年代から活動をするメキシコのバンド名から取った。楽曲のギターソロ部分で唐突に入る水の音の突飛さにインスピレーションを得たそうで、そう考えるとたしかにお店のセレクトの変態性(褒め言葉)、変幻自在感が表れている。その後、17年間も同じ場所で営業するうちに、付近に多数あったレコードショップも徐々に姿を減らした。
「2011年に東日本大震災があり、店内も崩れて大変なことになりました。そこで心機一転、幡ヶ谷にお店を移すことにしたんです。商店街の中でやってみたいという気持ちもありましたし、お店の音楽のセレクトが次第に変化していたのも理由としてあります。当時は日本から離れた音楽、いわゆる『辺境音楽』と呼ばれるジャンルを多く取り扱っていました。だからこそお店も当時の辺境的な場所に移そうと考えたんですよね。クラブ『Forestlimit』も近くにあって、イベントなどで連携しながらそこで4年間営業しました。ただ、時代的にCDも売れなくなり、家賃のことも鑑みて高円寺に転居し、現在の形になったのが2015年のことですね」
継続は「低く」?
紆余曲折を経ながら30年、とはひとくちにいっても、山辺さんの音楽との関わりはそれ以上。学生時代から続く音楽への情熱を失わず、むしろ偏愛を深化させながらずっと店頭に立ち続けここまできたのだ。そんな山辺さんに継続のコツを伺った。
「低空飛行ですね。一度くらいは上昇したいけど、低いところで飛んでいたからこそ続いたのかもしれません。でも、飽きは来なかったですよ。たしかに自分はずっとここにいますけど、日々色んな人が来て新鮮なんです。実は先日、お客さんが『Apson』という地名があると教えてくれたんです。どうやらメキシコの『Agua Prieta Sonora』という場所のことを指すのだとかで、そこの出身の人だったんです。自分は最近までそんなこと全く知らなくて。これもお店を続けてきたからですね」
長く続けてきたからこそ、お店だけでなく、人の歴史もたくさん積み重なっている。ソニック・ユースのサーストン・ムーアが訪れたこともあれば、この店名ゆえにプロレス関係の人が間違えて入店することもあったんだとか。そんな異種交流のカオスすらも受け入れる豊かな土壌がここに広がっている。
ここにいけば何か面白いものがある。そう思わせてくれるのは、山辺さん自身がオルタナティブなものを愛し、音楽を通して、それを必要不可欠とするお客さんとの信頼関係を結びながらこの場を守り続けてきたからこそ。ただ、山辺さんは店主としてだけでなく、プレイヤーとしても音楽に関わってきた。レーベルを主宰したり、雑誌を作ったり、はたまた”謎の遊び”もしていたんだとか。
「2000年頃にはライブハウスやクラブに行くのも飽きて、そのうち自分たちで音楽をやるようになりました。『部活』と称して、公園にあえて楽器じゃないものを持ち込んで、フリーセッションをして録音をしたり、ひっそりとアンビエントを流したりして空気感を楽しんでましたね。知り合いが代々木公園でもそんなイベントを開催してたんですよね、勝手に(笑) 。夜な夜な2〜30人くらいは集まっていたかな。もちろん、騒音には気をつけていましたけど。当時はそういうことも許容される自由さがありましたよね」
少し前まではそんな風に、音楽好きが高じた謎の遊びをしていたそう。コアな音楽好きが辿り着く境地だろうか。アンダーグラウンドな空気感は今でもそのままお店のなかに充満している。上空にいて、みんなに見えるわかりやすい存在もいいけど、低空飛行がゆえのつかみどころのなさも魅力的だし、むしろ、飛行を続けていることが不思議なくらいニッチすぎる音楽の世界がここに広がっている。そんな山辺さんの30年に及ぶ飛行の中で、時代の変化はどのように感じたのだろうか。
「ネットがない時代からお店を始めたので、ホームページ・SNSの管理やメール・配送の対応など、この30年でレコード屋の作業も変わったなあと。ただ、インターネットに載せているモノは氷山の一角なんですよ。お店に来て実際に体感して見てみてほしいです。『Los Apson?』に限った話じゃなく、きっとみんな薄々気づいているとは思いますが、案外インターネットの世界には『ない』ものが多いんですよね。現実に存在するモノはもっと豊かじゃないかな。モノは記憶と結びついて、内なるものを呼び起こす装置になってくれますしね。そういう意味で、CDやレコードは求められ続けると思います。30年やっていますが、モノとしての音楽の意義は今1番感じているかもしれませんね」
たしかに、検索しても出てこない人やモノ、忘れられてしまっていることはたくさんある。インターネットには、店名の「?」が象徴するような、”よくわからない”余白が存在しないかもしれない。どれだけ音楽を探したり聞いたりすることが便利になっても、まだまだこの「余白」の部分しかない店内には追いつかないはずだ。ここでしか出会えない、世から溢れた素晴らしきジャンクのような音楽を生かし続ける魔法が、このお店にはかかっている。「Los Apson?」は30年を迎え、これからも変化を続けながら、低い位置で、でも僕らのずっと先を飛び続けてくれるはずだ。
インフォメーション
LOS APSON? 30TH ANNIVERSARY Presents YOSHIROとLUVRAW with GOLD DAMAGE
『Los Apson?』開店30周年記念イベント第一弾が開催! 御年84歳、伝説の日本人ラテン歌手YOSHIRO広石さんと、POPEYE Webの音楽連載『TOWN TALK RADIO』にも出演して下さった鶴岡龍さんらによるそれぞれのスペシャルバンドライブが行われる。画家の五木田智央さん、音楽家のCOMPUMAさん、店主の山辺さん、ゲストにサモハンキンポーさんを呼んだスペシャルDJも開催。行くっきゃない!
2024年7月3日(水)
会場:WWW
open/start:18:00
前売り:¥3,300(税込/ドリンク代別)
当日:¥4,000(税込/ドリンク代別)
Los Apson?
◯東京都杉並区高円寺南4-3-2 三光ビル1F ☎️03•6337•1595 13:00~19:00 水・休
Official Website
https://www.losapson.net/
関連記事
ライフスタイル
TOWN TALK RADIO Vol.16 by 鶴岡龍
BGM配信/テーマ: 恋と秋
2021年10月28日
トリップ
【#1】旅する音楽評論家
2022年9月11日
カルチャー
『ジョンジョン』50年。ホンモノが営む、ホットドッグ店の草分け。
2021年12月29日
カルチャー
All You Need Is “HAPPY DAYS”!
POPEYE Webチームで長野県の小さな村のディープ・スポットへ行ってみた。
2024年4月12日
カルチャー
あのスミソニアン協会は、こんなものまで集めている!
アメリカ最大の博物館組織は恐ろしい。例えばアイライナー、例えば“音”すら収集中。
2021年6月23日
カルチャー
「エフェメラ」を探して。Vol.1
『telescope』とエフェメラコレクション編
2024年6月5日
カルチャー
「エフェメラ」を探して。Vol.2
継承される『清里現代美術館』編
2024年6月12日
カルチャー
ポパイ作? UCLAのサウンドスケープレコード。
1978年に発売されたUCLAのレコード。どうやら製作に関わったのは我らがポパイ編集部らしい……。
2021年3月19日
カルチャー
『Goozen(グーゼン)』という名のギャラリー。
障害のある人もない人も、すべてが交わる小さな場所。
2022年10月6日
カルチャー
テレビっ子集まれ〜!『放送ライブラリー』で電波の旅へ。
2024年3月5日
ピックアップ
PROMOTION
ホリデーシーズンを「大人レゴ」で組み立てよう。
レゴジャパン
2024年11月22日
PROMOTION
「Meta Connect 2024」で、Meta Quest 3Sを体験してきた!
2024年11月22日
PROMOTION
胸躍るレトロフューチャーなデートを、〈DAMD〉の車と、横浜で。
DAIHATSU TAFT ROCKY
2024年12月9日
PROMOTION
人生を生き抜くヒントがある。北村一輝が選ぶ、”映画のおまかせ”。
TVer
2024年11月11日
PROMOTION
〈adidas Originals〉とシティボーイの肖像。#9
高橋 元(26)_ビートメイカー&ラッパー
2024年11月30日
PROMOTION
この冬は〈BTMK〉で、殻を破るブラックコーデ。
BTMK
2024年11月26日
PROMOTION
レザーグッズとふたりのメモリー。
GANZO
2024年12月9日
PROMOTION
〈ハミルトン〉と映画のもっと深い話。
HAMILTON
2024年11月15日
PROMOTION
うん。確かにこれは着やすい〈TATRAS〉だ。
TATRAS
2024年11月12日
PROMOTION
〈ハミルトン〉はハリウッド映画を支える”縁の下の力持ち”!?
第13回「ハミルトン ビハインド・ザ・カメラ・アワード」が開催
2024年12月5日
PROMOTION
〈バーバリー〉のアウターに息づく、クラシカルな気品と軽やかさ。
BURBERRY
2024年11月12日
PROMOTION
〈バレンシアガ〉と〈アンダーアーマー〉、増幅するイマジネーション。
BALENCIAGA
2024年11月12日
PROMOTION
〈ティンバーランド〉の新作ブーツで、エスプレッソな冬のはじまり。
Timberland
2024年11月8日
PROMOTION
メキシコのアボカドは僕らのアミーゴ!
2024年12月2日
PROMOTION
タフさを兼ね備え、現代に蘇る〈ティソ〉の名品。
TISSOT
2024年12月6日