カルチャー
『Goozen(グーゼン)』という名のギャラリー。
障害のある人もない人も、すべてが交わる小さな場所。
2022年10月6日
photo: Koh Akazawa
text: Ryoma Uchida
edit: Kosuke Ide
今年4月、僕はとある美術大学を卒業した。卒論も書いて、単位もちゃんと取った。けれど自分が本当に“大学生”だったのかは実感が湧かない。それは大学に関する思い出が2年もの間、空白だったからだ。オンライン授業と自粛生活。制作もせず、友達とも十分に仲良くはならなかった。やはりコロナの影響は大きかった。世界中の人々の生活を丸ごと変えてしまう未曾有のパンデミックの真っ只中だけれども、そんな今年4月、横浜・弘明寺に新たなギャラリー『Goozen』がオープンした。
まだ開廊半年にも満たない、できたてほやほやのこのギャラリー。オーナーの矢野信一郎さんは、わざわざこんな時期に一体どんな考えをもってオープンしたのか。現地を訪れ、直接話を聞いてみた。
障害者をサポートする側にもかかわらず、逆にこちらが助けられた。
「僕は長年イラストレーターとして活動していて、もともとは“作る側”の人間なんですが、少し関心もあって5、6年前からグループホーム(障害のある人々が共同生活を送る社会福祉施設)で働き始めたんです。そこで初めて障害のある方と接することになり、最初は自分に仕事が務まるのか疑問でしたが、いざ相対してみると、思いのほか違和感がなくて。社会に対するスタンスとして、障害者とアーティストには近しいところがあるように感じました。そもそもアートなどの創作活動をしている人というのは、既存の社会で標準的とされる価値観に対して何らかの違和感を持っていたり、そのシステムの中にうまく入れなかったりする人が少なくないですよね。彼ら障害者も、望んでそうなったわけではないけれど、例えば働き口がなかったりとか、現代の社会システムが彼らを拒否したり、隅に追いやってしまっている部分があると思うんです。そうした社会とどう関わっていくのかというのは、アーティストにとっても障害者にとっても非常に大きな問題で。何より僕自身が、社会一般の価値観にうまく合わせられないという体験をしてきたので、その感覚に強く共鳴しました。そうして施設で働くうちに、お金のために働くというよりも、自分にとって意味のある仕事だと感じてきて。彼らをサポートする側にもかかわらず、逆にこちらが助けられた感じがしたんですよね」
イラストレーターとして活動しながら施設で勤務する中で、障害のある人々に対する共感を深めていったという矢野さんの関心が、「障害者とアート」に向き始めたのは自然なことだったようだ。これまで、障害者の芸術活動は余暇の楽しみやリハビリ的な側面でのみ語られることが多かったが、近年ではそれぞれの個人が持つ独創的な表現に注目が集まり、その才能を伸ばすことで、彼らの支援にもつなげるという試みが世界中で始まっている。そんな彼らが生み出すアートを総称して、「正規の美術教育を受けていない人々が、既存の美術の文脈などを意識せず創作した芸術」という意味で、(それぞれ定義や捉え方のわずかな違いはあるが)「アール・ブリュット」や「アウトサイダー・アート」などの名称で呼ばれたりもしている。
「そこから興味をもって調べてみると、全国各地に障害者の創作活動をバックアップして活動している施設や団体があるとわかってきました。滋賀の『やまなみ工房』、京都の『京都市ふしみ学園』、『スウィング』、埼玉の『工房集』、神奈川の『studio COOCA』など……そういった施設を直接訪ねて、見学させてもらい始めたんです。それぞれにどんな取り組みを行っているかお話を伺ったり、実際に彼らがどうやって創作しているかをみせていただいたり。そうこうするうちに、何となくですが自分もスペースを持ちたいという気持ちがでてきました」
そんな思いから、ギャラリー開廊への動きを始めた矢野さん。そこで彼が考えたコンセプトは、「障害がある人もない人も。さまざまな人が表現する日常アートギャラリー」というものだった。『Goozen』では開廊以来、障害者のアーティストと健常者のアーティストが合同で作品展示するという独自の取り組みを続けている。
取材当日に開催されていたのは、9月7〜29日の会期で行われた『瓶と生き物と魂』展。イラストレーターで子供向け絵画教室も主宰する遠山敦と、京都市ふしみ学園(生活介護施設)「アトリエやっほぅ‼」所属のアーティスト国保幸宏による、自由闊達でユーモアや温かみが感じられるドローイング/絵画作品が並んでいた。
「ギャラリーとしてこのような試みは珍しいかもしれませんが、“障害者の(アート)”と限定すると、そこばかりに注目が集まって、観に訪れる人もいつも同じような顔ぶれになりやすい。より多様な人たちに観て触れてもらうために、障害者の作品も健常者の作品もどんどん交わらせていこうと考えました。これまで二人展を行ったアーティストは互いに面識がないケースがほとんどで、僕が独断で面白そうだと思う組み合わせで選び、お願いしています。そうすることで、障害者も健常者も、お互いが刺激を受けるんじゃないかと。もちろん鑑賞者など、制作をしない人たちにとってもそうで、フラットな視点で作品を捉え、刺激を受けてもらいたい。障害があるということはそんなに特別なことではなくて、ごく日常的なことなんだ、そこに境目なんてないんだと。作品を通じて感じてほしいですね」
矢野さんの言葉どおり、展示を観ていると、それぞれの作品が調和し合っていると感じる。その作品の作者が障害者であるとか健常者であるといった“情報”は後ろに遠ざかり、むしろそれぞれの作品自体が持つパワーがなだらかに繋がり合って、その場にいる僕たちを包み込み、大きな美術館では感じたことのないような不思議な気持ちにさせてくる。作品ととても“近い”感じがするのだ。アーティストのセレクトにも空間の作り方にも矢野さんの性格が出ていて、どこか気取った感じじゃなく、等身大の感覚がいい。
『Goozen』は現在、水・木・土・日のみオープン。DM制作業務以外は矢野さんがほぼ一人でやっているというから驚きだ。施設とギャラリーを行ったり来たりで、夜勤のあとそのままここへ来ることもあるという。アーティスト、ギャラリスト、施設での仕事。生活に複数の軸を持った矢野さんであるが、「別々のことをしているつもりはなくて、すべて同じという感覚」と話す。すべての活動を含めて、まるで一つの作品を作っているかのようだ。
今、みんな自信なさげに生きているような感じがして。
「ここ数年のコロナ禍で、普段隠されていたものが見えるようになったり、逆に蓋をされたりするような感覚があって。分断されたり誘導されたり。社会に対する危機感がさらに増して、より自分で考えて行動しないといけないという時代。モヤモヤした不安が蔓延して、でも答えがないし……そんな中で今、みんな自信なさげに生きているような感じがして。最近は特にSNSなんかでもマイナスの言葉が氾濫していたりとか。不安定な気持ちが多分みんなどこかにある。このままだと誰も助からないんじゃないかって。コロナ以前から考えてはいましたが、こういう時代だからこそ、ギャラリーをやろうという気持ちが強くなりました」
何だか、不安なことがとても多い時代だ。一度、社会という枠組みから外れてしまったら、求められる基準やレールから逸れることがあったら……。僕自身、コロナ禍で安定しない社会や生活を目の当たりにしたことで、立ち止まる瞬間があった。
「社会の大多数が支持している価値観がすべてではないし、その価値観であらゆる人がよりよく生きていけるかというとそうではないですよね。美術の分野なんかは特に“こうしなきゃいけない”と思われがちな気がしています。だけど、アートに自ら関わるということはそんなに難しいことじゃなくて、実は誰にだってできることなんです。やってみて、観てみて気分がよくなるというだけでもいいんじゃないかなと思います」
矢野さんの眼差しは、単に障害のある人を助けようというものだけではない。展示・鑑賞・交流を通して、みんなが助からなきゃいけない。本来の豊かさとは一体なんだろう。作品というものに値段がつき、売買される以上、アートには市場価値がつきものだけど、きっとお金だけじゃない気がする。『Goozen』で示されていたのは、作者/鑑賞者という垣根を越えてアートと触れ合う、豊かな感性そのものだった。そもそもアート(Art)という言葉はラテン語の「技術」(Ars)という語からきているという説がある。この小さなギャラリーは大きな視野を持っていて、アートがその語に本来含んでいた 「生きる“術”」という意味を多分に実感させてくれた。
インフォメーション
Goozen -art and event space-
◎神奈川県横浜市南区六ツ川1-283
営: 水・木・土・日 13 : 00~19:30
☎080-6559-8040
Instagram
https://www.instagram.com/goozen6/
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