CULTURE

北海道・留萌の街から本屋が消えた、あの日のこと。

2021.09.05(Sun)

photo: Koh Akazawa
text: POPEYE
2017年9月 845号初出
※記事中の年齢・年代は当時のままです。

「本屋は文化の発信地」

『留萌ブックセンターby三省堂書店』の店長、今拓己さんは力強くそう言った。そして、「だから、街には絶対に必要」と噛み締めるように言葉を続けた。実は、話を聞く中で冒頭の言葉を耳にするのは2度目だった。より正確に記すと、1度目は「本屋は文化の発信地なのにね……」となる。寂寥を帯びた言葉の訳は、この後に「留萌の街から一軒もなくなってしまった」と続くからだ。

 君の街から、本屋が消えたら……。それが現実になった街がある。'10年12月5日、北海道の北西部に位置する留萌市から本屋が消えた。ぽつりぽつりと本屋が減ってきているのは実感しているけど、自分の住む街から皆無になることを想像するのは容易ではない。

 旭川空港から車を西に走らせて約2時間、留萌市に入る。やがてスーパーやホームセンターと並んで『留萌ブックセンター』が見えてきた。正直、一度本屋が消えた街に、かくも大きな店舗があることに驚く。店内は天井が高く、一見して雑誌、コミック、単行本、文庫本、専門書が然るべきところに、きちんと置かれているのが伝わってくる。訪れたとき、今さんは事務所で返品作業をしていた。まずは挨拶。名刺交換の際に、手の厚みに少し驚く。「30年間、本屋に勤めてきた」という〝本屋さんの手〟を思い知る。今さんは留萌の最後の本屋となった『誠文堂書店』に勤めていた。

「'10年12月5日のことは、今でも忘れられない。前日にクリスマスの打ち合わせをしていたのに、翌日になって突然『今日で閉店』となったわけだから。確かにお客さんの減少に伴い、経済的な問題で新刊がきちんと入ってこないようになっていた。そうなると、『ここには欲しい本がない』とますますお客さんは来なくなる。悪循環だよね。みんな、本を読まなくなったわけではない。ネットで購入と聞くと、『こっちで買ってよ』なんて思ったりしたね」。少しだけ語気が強まる。当時の歯がゆさが伝わってくるようだ。「朝起きてハローワークに紹介された仕事に行っても、本棚に囲まれてないから不安で不安でしょうがない。だから、毎日図書館に行って、気持ちを落ち着かせようと。目の前に本と本棚があることがどれだけ励みになっていたかを痛切に思った」。頷きながら、今さんは話す。訪れた当日、留萌に本屋を取り戻す運動に参加し、現在はこの店でボランティアとして働く塚田亮二さん・裕子さん夫妻にも話を聞いてみた。「本屋がなくなって、目の前が真っ暗。この街で本が手に入らない。闇に取り残された気持ちでした。子供たちのためにも、このままにしておくわけにはいかない。その気持ち一点でしたね」と声を揃える。

今さんとスタッフに加え、塚田夫妻をはじめとした“応援し隊”がボランティアで働いている。

運動の結果、'11年2月に『三省堂』が臨時販売所を開くことが決定。「この機会を逃してはならないと、一人でも多くの人に三省堂のポイントカード会員になってもらうことにしたんです」と裕子さん。結果、約2万5000人の人口の街に、2500人ほどの潜在的会員が生まれた。「署名じゃ足りない。潜在的顧客がこれだけいる、ということを伝えたかった」と亮二さんが言葉を続ける。臨時販売所の閉鎖から2か月ほどがたち、心待ちにしていた人々の元に、正式に『三省堂』が留萌の街に出店するとの報が届く。市民の思いに『三省堂』が応え、留萌の街に本屋がある〝日常〟が戻ってきたのだ。今さん曰く、「それは一つの奇跡」。心を動かされつつも、「大手の書店が付いてくれたから成り立っていると思う。それはもう仕入れの面でまったく違う。個人の本屋では難しい」という率直な言葉が頭に残る。

“市民が取り戻した本屋”に敬意を表して、店名は『三省堂書店 留萌店』ではなく、『留萌ブックセンターby三省堂書店』に。約150坪と広々とした店内は通路も広く、ゆっくりと本と向き合える。そして、奥の壁には「心はぐくむ読書の街」という言葉が大きく貼られている。

 翌朝7時30分、『留萌ブックセンター』を再訪。今さんが「一番嬉しい作業」と言う配本の仕分けを見せてもらう。黙々と荷を解き、雑誌や書籍ごとに並べていく。程なく、額にはじんわりと汗が滲みだす。「誰よりも早く新しい本に触れられるし、『この本はあの人に読んでほしい』と思いながら作業できるのは幸せなこと。以前は『売らなければ』と考えるばかりだったけど、今は『とにかく本屋に来て、本の楽しさを知ってほしい』という気持ちが先に立つ。目的の本とレジを直線的に動いていた人が、店を回って滞留しているのを見ると、少しはくつろげる場所になったのかなと。これからもできることはすべてやっていきますよ」。そう一気に話す今さんに、またまた心は動かされる。

ゆったりと過ごせるようにと、店内には椅子を設置。買ったばかりの卓球選手・水谷隼の本を、中学生の少年はしばらく食い入るように読んでいた。

 同時に、これだけ本を愛する人たちがいながら、なぜ一度は本屋が街から消えることになったのかと思う。「本屋がなくなったら寂しいなと感じるけど、自分がどれだけその店で本を買ってきたのかを考えると何も言えない。しっかりお金を使ってきた人は最後まで見届けた感があるから、『お疲れさま』って言えるのではないか」。帰京の道中、先日話を聞いた『COW BOOKS』の松浦さんの言葉が頭をよぎる。今さんも塚田さんも街の本屋に愛情もお金もとことん注ぎ込んできたから、〝見送る〟を超えて、呼び戻すための行動を取ることができたのだろう。では、そのとき、留萌の若者たちはどうだったか。〝先輩たち〟の本への思いと情熱的な行動で取り戻したものの価値に気付かなければ……。これはきっと、どんな街でも起こりえる話だ。

 僕らにできること、それはまずは本屋に行くこと、そして本を買うことだ。とてもシンプルな答えだけど、街の本屋にはそれだけの意義があることを教えてくれた。

プロフィール

今拓己

こん・たくみ|1949年、北海道生まれ。東京で水道関係の仕事などに従事した後、故郷の留萌市に戻り、本好きが高じて『誠文堂書店』に就職。約35年ほど務める。’11年『留萌ブックセンターby三省堂書店』の店長に。

インフォメーション

留萌ブックセンター by 三省堂書店

◎北海道留萌市南町4-73-1 0164・43・2255 10:00〜20:00 無休

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