カルチャー
サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?
日系アメリカ人デザイナーが日本で感じたデザイン業界に残る差別表現について。
2021年5月22日
photo : Kazuharu Igarashi
text : Keisuke Kagiwada
撮影協力 : 終日one
「面白い人いるよ!」。ある日、POPEYE Webのデザイナーである白石洋太くん(aka せんとくん)から連絡があった。そんなこんなで紹介してもらったのは、グラフィック・デザイナーとして活動する真崎嶺さん。なんでも真崎さんは、“日本のデザイン業界にはびこる白人至上主義の歴史”という興味深いテーマについて綴った書籍『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』を自主制作中だそう。制作資金を集めるためのクラウドファウンディングも実施中とのことなので、インタビューを遂行した。
——まずは自己紹介からお願いします。
真崎嶺と申します。NYで生まれ育った日系アメリカ人で、今は31歳。グラフィック・デザイナーとして活動した後、27歳で日本に移住しました。
——NYにいた頃はどんな仕事をしていたんですか?
いろいろやっていましたが、日本に来る直前はGoogleです。マテリアル・デザインというデザイン・システムの中で、タイポグラフィをルール化することが主な仕事でした。通っていた美大のクーパーユニオンではタイプデザインとタイポグラフィを中心に勉強していたこともあって、タイポグラフィが好きなんです。他にも、スタートアップでアートディレクションやブランディングをやったり、フリーランスでの仕事もいろいろやっていましたね。
——Google!! そんな素晴らしいキャリアを捨てて27歳で日本に来た理由は?
もともと両親が東京の人なので、小さい頃から東京へはよく来ていたんです。だけど、大人になるにつれてどんどん日本語が話せなくなってきて、このまま完全に忘れるのはもったいないなと思って。まぁ、ちょうど彼女と別れたっていうのも大きかったんですけど……(笑)
——ラブコメみたいな話ですね(笑)。日本に来てからはどんなお仕事を?
最初はフリーランスでやろうかなと思ったんです。だけど、まったくコネクションがないから難しくて。そんなとき、たまたま長嶋りかこさんのデザイン事務所が募集しているのを発見して、思い切って応募したら採用してもらえました。当時はまだ日本語があんまり話せなかったから、ビジネスメールには苦戦しましたね。「お手数をおかけしますが」とか(笑)。だけど、長嶋さんはそれまでデザインを仕事として捉えてなかった自分に、新しい視点をくれました。そこで働いた1年半は、僕の中でもっとも大事なもののひとつです。
——長嶋さんの事務所を退職した後は?
Takramというデザイン事務所に就職し、今もそこで働いています。長嶋さんのところでは、ガチのグラフィックデザインをやっていましたが、僕は他にもいろんなデザイン経験があったし、バイリンガルでバイカルチャーなところも含めて、もっと自分の特性を活かしたいなと思って、ロンドンにも拠点があるTakramを選んだんです。と同時に、最近はVCFAというバーモント州にある美大大学院にも通っています。もちろん、リモートですが。そこではデザイン・リサーチやデザインの歴史について研究しています。
——さて、そろそろ本題であるご著書『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』についても聞かせてください。本書を書こうと思ったきっかけは?
2020年の5月、ミネアポリスでジョージ・フロイドという黒人が白人警官に殺害され、ブラック・ライヴズ・マターという抗議運動が、アメリカ全土で再び活発化しました。アメリカに住んでいる僕の友達もみんな参加していました。僕もみんなと気持ちは同じだけど、日本にいるから参加できない。それが悲しくて、僕なりの方向でこの問題に向き合いたいと思ったんです。かつ、日本社会では政治的な話をカジュアルにできない雰囲気もありますよね。会社なんかでもそう。アメリカの会社だったら、「昨日、トランプがこんなこと言っていたよね」なんて雑談が普通に朝からあるけど、日本ではそういうことってほとんどない。だけど、それっておかしいなと思うんです。きっかけはそんなところですかね。
——それでまず社内でディスカッションの場を設けたとか?
そうですね。Takramには“T2T”という制度があるんです。これは社員が自主的に開く勉強会のことなんですが、そこでBLMについてのディスカッションの場を設けました。けど、僕だけが一方的に話しているように感じて、議論に発展しなかったというか。それはたぶん、日本語の情報が少なかったり、間違ったことを言ったらどうしようっていう不安だったりのせいだと思ったんです。少しでもディスカッションをしやすくするためにバイリンガルのエッセイを書き始めました。とはいえ、直接的にブラック・ライヴズ・マターについて書いたものではありません。僕は専門家でもなければ、黒人でもないし、ましてやアメリカにも住んでない。そういう人が語れるものではないと思っているので。しかし、その一方で、僕らがやることは、今の世界では全部がつながっているのも確か。その責任をみんなが理解する必要があるはずで、そのことをデザインの領域で指摘することが目的の文章でした。白人至上主義的な考え方が、日本のデザイン業界にも現れているということを、歴史をさかのぼりながら解説したり。
——そのエッセイがこの本の原案に?
はい、東京に住むイアン・ライナムというデザインの教育者に、そのエッセイを送って感想を聞いたんです。そしたら「コンセプトとアイデアはすごくいいから、歴史の部分をさらに深掘りすれば、もっと効率的な議論につながると思うよ」って言ってくれて、たしかにそうだなと。それで1年間、歴史の部分をさらにリサーチして書いたのが、この本です。ただ、日本人は差別的だとか、アメリカが悪いとか、そういうタイプの本ではありません。それは僕が日系アメリカ人で2つの文化がある人だからかもしれないけど、ひとつの明確なスタンスを提示するというよりは、事実を僕自身の意見もときどき加えながら解説している本です。
——今の日本における白人至上主義的なデザインって、例えばどんなものなんですか?
わかりやすいのは、町中でよく見かける証明写真機。だいたい美白モードというのがありますよね? その説明のところには、日本人女性の写真を例に、このモードを使うとどんな効果が出るかが表現されているんだけど、なぜか一番大きく貼られている写真は日本人女性ではなく白人女性。つまり、美白モードを使うと、白人女性になれるかのようにデザインされているわけです。それは日本人にとって白人女性が理想像ってことの証明のように僕は見えたけど、単純におかしいですよね。例えば、そんなところです。
——それはよくわかります。美容院業界でよく見かける「外国人風パーマ」という表現なんかと同じ問題ですよね。本の中では、どんな事例が取り上げられているんですか。
この本の中で、もっとも批判的に取り上げているのが、去年タクシーの中で見たCM。ボブ・サップが、まるでドンキーコングみたいに描かれていたんですよ。これはアメリカ人から見たら、めちゃくちゃ差別的に映ります。実際、アメリカの歴史には、黒人をモンキーのように扱うという差別がありましたから。しかも、このCMでは機動隊みたいな格好をした上司が、凶暴化したボブ・サップを取り押さえるシーンまであって、黒人が警官に殺されるシーンを思い出しもしました。もし黒人がタクシーの中でこれを見たら、日本人は黒人のことが嫌いなんだと思うはずですよ。この内容が社内で誰も違和感を覚えなかったことが同じデザイナーとして恥ずかしいし、覚えていたのに言えなかったんだとしたらそれもそれで問題。どちらにしても衝撃的なCMでした。
——最近、SNSなんかで差別的なCMがよく炎上していますが、にもかかわらず続々と作られてしまうのはどうしてなんだろうと僕もよく考えます。この本ではどのくらい昔まで歴史をさかのぼっているんですか?
日本人が西洋文化に憧れて、「西洋的なもの=ラグジュアリー」という価値観が作られ始めた明治以降からですね。それが悪いというわけではないけど、そういう価値観が日本のデザインを変な方向へと導いているのは確かなので。例えば、「レーズンサンド Raisin Sand」ってありますよね? あれは英語を話す人から見ると、本当に変なんです。だって、「Sand」って「砂」って意味ですから。全然美味しそうじゃない(笑)。意味じゃなくて、日本人に西洋のイメージを売っているんです。そういう事例が、日本社会には他にもたくさんある。もちろん、いろいろな考え方が複雑に絡み合った結果だから、この本だけで解決できるとは思っていません。あくまでスタート地点として、友達や同僚と「これってどう思う?」と話すきっかけになればと思っています。
——この本を制作する上でもっとも悩んだ点は?
それこそデザインかも。僕は2つの文化を持っていて、この本はその2つをつなげるような内容になっているわけだけど、それをデザインでどう表現したらいいのか、まだ答えは見つかっていません。僕自身がデザインを学んだのはアメリカなわけだし。たぶん答えは見つからないんだけど、そういうことも当たり前にしないで、疑問視していきたいと考えています。
——今日は本書を書く上で影響を受けた書籍もたくさん持ってきていただきました。何冊か紹介してもらえますか?
「The Politics of Design: A (Not So) Global Design Manual for Visual Communication」は、デザインの持つ政治性は、表面だけじゃなくて、その方法論にも現れるということを、たくさん事例を用いて解説した1冊。特に面白いと思った事例は世界地図。多くの国が、自国を中心にした世界地図を持っていて、ものによってはスケールがおかしいものもある。グリーンランドがアフリカくらいのサイズになっていたり。そんな中、バックミンスター・フラーが作ったダイマクション地図は中心がない。これを含めて、おかしいことを気づかせてくれる本で、ちょっとインスピレーションになりました。
——この『The Thing』というZINEは?
これはさっき言ったイアン・ライナムの作ったものです。テーマになっているのは、デザインやデザイナーが抱える問題。僕の本でも取り上げたけど、亀倉雄策さんのことなどが書かれています。亀倉さんは東京オリンピックのシンボルマークをデザインしたことで有名で、今にまでつながる日本のデザインの基礎を作ったような人。だけど、戦中は『日本工房』という雑誌のアートディレクターを通して、プロパガンダに加担していた。もちろん、戦時中にプロパガンダに参加したことを、亀倉さんだけのせいにはできないけど、問題だと思うのは、今の日本のデザイン界が、彼の過去を見て見ぬふりをしている気がすることで。それを指摘したら、日本人デザイナーとしてのアイデンティティを喪失しちゃうという不安からかもしれませんが、それはどうなんだろうなって思います。
——『The form of the book book』は可愛らしいデザインの1冊ですね。
ヤン・チヒョルトという人が書いた『The form of the book』という本があるんですね。これはタイポグラフィックの考え方の基礎を作った1冊なんですが、その本についての本だから『The form of the book book』。ヤン・チヒョルトの本が書かれた1991年から、さらに進化した考え方がまとめられていて、いろいろ勉強になります。中でも、個人的に好きなのが、ジェームズ・ゴギンというデザイナーが書いたエッセイ。彼はアートブックとかをよくデザインする人なんだけど、そのときに何を大事にすべきなのかが書かれています。内容を簡単に説明すると、デザインはあくまでコンテンツを強調するためのものであって、デザイナーの作家性は出すべきじゃないということ。僕自身、作家性が全面に出たデザイナーは興味ないので、とても共感します。僕が長嶋さんのデザインを好きなのも、そういうところで。絶対に格好つけないし、コンテンツのコンセプトをとても大事にしてデザインをしている。そういう姿勢には、今もなお影響を受けています。
——最後にメッセージをお願いします。
この本はあくまでぼくだけの意見です。そして、この1冊で業界が変わるとは思ってません。だけど、とりあえずでもいいから議論をできないと、日本社会は変わらないと思うんです。この本ではデザイン業界の差別のストーリーを語っているんだけど、この本のような視点で見れば他にも同じような問題は見つかると思うんです。例えば、僕は今、大学院で日本のフェミニズムやジェンダーギャップについても勉強しているんだけど、漢字の由来とかって調べれば調べるほど差別的なんですよ。去年、結婚したんですけど、パートナーのことを日本語で何と呼べばいいかまだわからない。「奥さん」とか「嫁」とか、すべて女性を家の中に縛りつけるような意味なんですから。それってめちゃくちゃ失礼でしょ。言葉の成り立ちからしてすでにそうなんだから、それが日本人の考え方に影響を与えているのは間違いない。漢字を今さら変えるのは難しいだろうけど、とりあえず違和感を覚えて、議論をしてみることは大事だと思う。この本はそのきっかけになればいいなと思っています。タイトルについては複雑な話になるので読んでいただければと思います!(笑)
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『サラリーマンはなぜサーフボードを抱えるのか?』
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