カルチャー

Cook the Books – イルマティック読書案内。 – Vol.1

『ZASSHI』という名の究極の雑誌。/文・井出幸亮

2021年3月9日

photo: Ken Miyamoto
text: Kosuke Ide
logo design: Yota Shiraishi
edit: Yu Kokubu

第1回:『ZASSHI』
野坂昭如+東西南北縦横斜めの会・編(集英社)/1997年

ZASSHIという名の究極の雑誌。

 シティボーイズ&ガールズのみんなに向けて、good & illな本を紹介する新連載、「Cook the Books」。第一回目はやはり雑誌、それも究極のZASSHIを取り上げたい。

 とことん凝りまくった装丁の雑誌と言えば、やはり1991年にファッションフォトグラファーのスティーブン・ガンらが始めたアート&ファッションマガジン『ヴィジョネア(VISIONAIRE)』こそが孤高にして頂点の存在だろう。さまざまな世界的アーティストを起用し、毎号まったく異なるアートディレクションにより制作されるそのデザインは革新的で驚きに満ちており、インクを一切使用しない雑誌、2メートルの雑誌、レコード雑誌(プレーヤー付き)、植物の種を埋め込んだ紙の雑誌などなど、何でもアリで30年経った今も続いているのだから脱帽だ。

 2001年の『ヴィジョネア』37号は、1962~71年まで『ヴォーグ』編集長を務めたダイアナ・ヴリーランドによる当時のメモをひたすら複写し、大量の紙を綴じた一冊だったが(赤いリボンとケースが実に洒落ていた)、その号に先駆けること数年、我らが日本のアナーキーな文豪が、それを超えるとんでもないエクスペリメンタルな雑誌をドロップしていた。

巨大な板の表紙に、黒田征太郎によって一枚ずつ違った絵が描かれている。

 1997年に発行されたその雑誌タイトルは、その名も『ZASSHI』。責任編集を務めるのは、かの名作『火垂るの墓』原作者にして作家、歌手、作詞家、タレント、政治家、放送作家、落語家まであらゆる分野で活躍した昭和のトリックスター、野坂昭如だ。ダンディ&フリーキーなキャラクターで知られた氏が、これまた型破りな盟友イラストレーター黒田征太郎をアートディレクターに迎えて作った本誌は、当然ながら頭から尻尾までブッ飛んでいる。

 48cm×38cmの大判サイズの段ボール箱に収納された本誌カバーは何と木製! その表紙には、黒田が一冊ずつ手描き&手彫り(!)のアートワークを提供している。

板の表面を削った跡が生々しい。

 中身はさらにヤバい。まず寄稿者は野坂を筆頭に、司馬遼太郎、吉行淳之介、田辺聖子、石原慎太郎、青島幸男、村松友視、黛敏郎、石川淳、大岡信、丸谷才一、立松和平ら20名超。文学界の重鎮が並ぶラインナップもさることながら、何と彼ら全員の原稿を、手描きの原稿用紙、そしてそれを野坂宛てに送付した際の書留や速達の封筒まですべて複写(カラーコピー)によって完全に再現した上で、それらを束ね、半ば無理やり綴じて製本しているのである。

20名分超の手描き原稿と封筒類のコピーをファイリングし、各作家のページに目印の付箋を付けた仕様。超絶面倒くさそうな手作り感満載の装丁は、ADの黒田征太郎+長友啓典(K2)の仕事。

 エッセイ、詩、俳句、楽譜まで、幅広い原稿を寄せている文豪たちの、普段なかなか見る機会のない「肉筆原稿」は、書き文字のクセから修正の形跡、推敲の過程までが生々しく伝わってくる。「司馬遼太郎ってこんなにしつこく書き直すんだ」「青島幸男は清書を送ってきて几帳面だな」「立松和平の字がめちゃかわいい」「田辺聖子の封筒にはやはりスヌーの絵」などなど、興味深い発見だらけ。中でも極めつけはやはり、石原慎太郎の原稿。氏の悪筆は業界でも有名だったようだが、実物を見ればその凄まじさに驚く他ない。まったく読めない。各出版社にこれを解読する専門家がいたとかいう噂があるのもさもありなんだ。

石原慎太郎の原稿。読める人、いますか?

 本誌が刊行された97年当時、すでに多くの作家がワープロでの執筆に移行していたはずだが、あえてこうした雑誌を制作した理由について、野坂自身が本誌の「前口上」の中でこんな風に説明している。

「編集の仕事など何も知らなかったが、校正の赤い色の入った、ミもフタもなくいえば文反古が、ありがたい存在に思えた。ぼくにはかなりアニミズムの傾向がある。」

「ワープロを使うと、つい小説の場合、長くなってしまう、書き出しが楽という、なにより読み易い、ワープロも鉛筆も道具、どちらでも良いと思う。ただぼくは、肉筆に、あえていえば『神性』を感じ、『ZASSHI』の刊行を思い立った。」

 字も原稿用紙の大きさも一人ひとりすべて異なるその紙面から、作家たちの性格が伝わってくるよう。クセのあり過ぎる文字を少しずつ読解しながら読み進めていくのは、現代のメディア環境においては異常に新鮮な体験だ。

 装丁がすごすぎてほとんど文章の中身に目がいかないが、内容も実に雑多で、良い意味で適当、だが文章の質は高い。これぞ雑誌。昭和の文豪のアヴァンギャルド・スピリットにリスペクトを捧げるしかない。ちなみに、当時の定価52,500円。このZASSHIはいったい何部、制作されたのだろう?

文・井出幸亮

おまけ

こちらは集英社の『ZASSHI』が出るよりも前、1994年にモノクロコピー&手彩色によって刊行された、幻の創刊号。
発行元の「東西南北縦横斜めの会」とは、野坂昭如が『火垂るの墓』で得た印税を注ぎ込んで自ら発起人となり「わが国の主に現代小説、詩、絵画、音楽を外国に紹介することを目的として」1989年に作った団体。