FOOD

アメリカン・ピザ、フォーエバー!

ピザはアメリカン・フードか? 11の映画で読み解く、アメリカン・ピザの世界。

2021.03.11(Thu)

illustration: Shuntaro Takeuchi
text: Kosuke Ide
2015年9月 821号初出

ハリウッド映画のあの名シーンの向こう側に、
アメリカ社会とピザの深すぎる関係があった……。

 数年前、ディズニーが版権を取得してアメリカ版の『ドラえもん』が放映されるというニュースが流れたとき、「北米版ドラえもんの好物はピザ!」とあるのを見て、「なんかそれは、ちょっと……違うんじゃないか?」と思った人は筆者だけではないだろう。まあそれは実際デマだったのだが(結局、どら焼きはそのままで「Yummy Buns」と名付けられた。なんじゃいそりゃ)、ともかくアメリカ人にとってのピザは日本人にとってのどら焼きとだいぶ違うことは間違いないが、じゃあ何だ、と言われるとなかなか困る。

 うーん、一番近いのはラーメンやカレーか。「外来の食文化でありながら独自の進化を遂げ、もはや国民食に近い存在になっている」という点でそれらはかなり近しいが、アメリカにおけるピザはさらに日常食に近い。強いて言えば〝おにぎり〟か。ハンバーガーとピザ、コーラはアメリカ人のソウルフードだ。

  見たことあるはずだ、ハリウッド映画で登場人物が冷蔵庫の中から食べ残しのピザを取り出して食べるシーンを。子供の頃、「え、チンしないの? アメリカ人はズボラだねえ」と思ったものだが、その極めつきがシルヴェスター・スタローン主演の迷(?)作『コブラ』の中で、帰宅したコブラ氏が冷蔵庫からピザを取り出し、黒革の手袋も脱がずにピザをハサミで切って食べるシーン。ワイルドすぎ! シビレたね。冷えたピザじゃなけりゃあハサミでは切れないだろう。

『コブラ』(1986)ロッキー人気で勢いに乗っていたスタローンの主演作。ハードボイルドすぎる刑事コブラの、一度見たら忘れられないインパクト抜群のピザシーン。

 とにかく、シンプル&イージーを愛するヤンキーたちがこのイタリア生まれのファスト・フードを見逃すはずもなかった。そんな彼らが世界で初めて〝デリバリーピザ〟を生み出したのもさもありなん。宅配ピザの1号店は1960年、ミシガン州発の『ドミノ・ピザ』だ。「到着が30分を超えた場合は50セント引き」という画期的システムは、この食べ物をビッグ・ビジネスへと変貌させた。『スパイダーマン2』では主人公のピーターがアルバイトのピザ宅配で遅れてしまい、スパイダーマンに変身して超速宅配するも間に合わず、バイト先をクビになってしまう。

『スパイダーマン2』(2004)ヒーローでありながら実は普通の大学生の主人公ピーターが冒頭からピザデリバリーで悪戦苦闘する。

 ともかく公園でもビーチでもどこへでも速攻で運んでくれるのがアメリカの宅配ピザである。『初体験/リッジモント・ハイ』ではショーン・ペン扮するダメ感溢れるサーフィン野郎のジェフが授業中に教室へ宅配ピザを呼び、『ミュータント・タートルズ』では地下に住む亀たちが下水溝の蓋の隙間からお金を渡しピザを受け取る。

『初体験/リッジモント・ハイ』(1982)1980s青春学園コメディの大名作に登場するピザは西海岸の高校生たちのリアルライフを感じさせる。何よりショーン・ペン(若い!)演じるナンパなサーファーがハマり役。
『ミュータント・タートルズ』(1990)お馴染みピザ好きの亀たちが大活躍するシリーズ。
『ミスティック・ピザ』(1988)ピザ映画ファンにはお馴染みのピザ・ムービーはジュリア・ロバーツのデビュー作。ピザハウス『ミスティック・ピザ』の最高に旨いピザが食べたくなる。(後出)

 『E.T.』では主人公エリオットら子供たちが集まって遊んでいるときに宅配ピザを注文する。その姿に「大人っぽくてカッケ~」とか思ったものだ。届けに来るのがバイクじゃなくて車(〈フォルクスワーゲン〉のラビット)ってのもアメリカらしい。ともかく『E.T.』が公開されたʼ82 年当時はまだ日本に宅配ピザはなかった。『ピザーラ』の創業者はこれを見て「これから日本にも宅配ピザの時代がクる!」と思いつき、ビジネスを起こしたという嘘のような本当の話もある。

『E.T.』(1982)言わずと知れた超名作の宅配シーンで出てくるピザはドミノ・ピザ。受け取りに来た主人公のエリオットは物置小屋で謎の音を聞く……。

 この映画で主人公が物置に隠れたE.T.を「ハーシーズ」のピーナツバターチョコレートで誘い出す有名なシーン、これは映画コンテンツ内に商品を登場させて宣伝する「プロダクト・プレイスメント」(以下PP)と呼ばれる広告手法だ。このハリウッド映画の常套テクニックをパロディにし、皮肉な笑いに変えたのが『ウェインズ・ワールド』。テレビプロデューサーにうるさく契約について言われるウェインが、ピザをつまみながら「俺はどんなスポンサーにも媚びないぜ!」と言いつつ宅配ピザの箱を画面に向け、カメラ目線でにっこり笑う。露骨なPP手法を揶揄したギャグだが、これも実際『ピザハット』のPPなのだから恐るべし。

『ウェインズ・ワールド』(1992)主人公ウェインがピザハットのボックス片手に満面の笑みで、アメリカのスーパーキャピタリズムをアイロニカルに表現。

 さて、実際のところアメリカにおいてピザを広く宣伝した人は誰だったのか。ピザがアメリカに伝わったのが19世紀後半。イタリア移民の多かったシカゴやニューヨーク、フィラデルフィアあたりの東部を中心に広まったのが始まりだとか。コネチカットのニューヘイブンもイタリア系移民が多く、そのルーツのひとつとされている。ピザ映画の大傑作『ミスティック・ピザ』はコネチカット州の田舎町にあるピザハウスで働く3人の女の子たちを描いたラブコメディ。その一人キットは、ニューヘイブンにある名門エール大学に通っている優等生。ちなみにこのエール大学の学生が、「フリスビー」という会社のパイ皿を投げて遊んだのがフライングディスクの始まり、ってのも嘘のような本当の話。

 ピザが本格的に食べられるようになるのは第2次世界大戦後。イタリア半島に駐留した連合軍の帰還兵がピザを食べ始めた他、フランク・シナトラやジョー・ディマジオといったイタリア系のスターたちもその宣伝に一役買ったらしい。『ドゥ・ザ・ライト・シング』の舞台、ニューヨークのブルックリンは民族的多様性に富んだ地域で、イタリア系も多いがアフリカ系も多い。主人公の黒人青年ムーキーはイタリア系のサルが経営するピザ屋で働いているが、壁に掛けている写真がシナトラやデ・ニーロなどイタリア系のスターばかりだと怒り出し、「黒人の偉人の写真も飾れ」と絡み始めるのが何とも面白おかしい。

『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)ブルックリンのピザ・パーラーを舞台にアメリカにおける人種間の複雑な群像を描いた超名作。スパイク・リー監督自ら演じる主人公の黒人青年の周辺で起きたトラブルが暴動に発展する……。オバマ大統領が妻のミシェルと初めて観に行った映画だというのは嘘のようでもない本当の話。

 同じくブルックリンのイタリア系青年が主人公の青春映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のオープニングでは、ジョン・トラボルタ演じるトニーが、実在する『LENNYʼS PIZZA』で買ったピザを歩きながら食べる。店員とのやりとりから、ペンキ屋稼業の彼にとって、この店が行きつけであることがわかる。この〝歩き食べ〟がまた実にアメリカンなフードカルチャーだ。そういえば数年前、ニューヨーク市長のビル・デブラシオが市内スタテン島のレストランで出てきたピザをナイフとフォークを使って食べる姿がSNSを通じて拡散、生粋のニューヨーカーたちから「縦に折り曲げて手づかみで食べるべき」とマナー(?)批判が続出するという珍事もあった。ここではピザは寿司と同じく手づかみが粋なのだ。

『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977)土曜の夜のディスコでだけヒーローになるしがないペンキ屋見習いの主人公が頬張るのは2枚重ねのピザ。片手にはもちろんペンキだ。

 さて、チンピラのトニーはダンスパートナーの女性に出会い、住み慣れた街を捨ててブルックリン橋を渡り、華やかなマンハッタンへと移り住む。そこに住んでいるのはまさにウディ・アレンが演じてきたヤッピーたちだろう。彼らの心理的苦悩を繊細に描いた、タイトルもズバリの映画『マンハッタン』にも実在のピッツェリアが登場する。17歳のトレーシーが中年オヤジのアイザックに別れ話をするブリーカー通りのピッツェリア『JOHNʼS』だ。

『マンハッタン』(1979)トレーシーとアイザックが訪れるピッツェリア『JOHN’S』は『アニー・ホール』にも登場する名店。

 ……とまあ色々見てきたけれど、とりあえずアメリカ人ほどピザを食べまくり、また独自に進化させまくってきた人たちは世界中のどこにもいない。そのうち、『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』の未来シーンみたいに、手のひらサイズの乾燥ピザをレンジに入れれば一瞬で大きなほかほかピザが完成、なんて技術も生まれるに違いない。フォーエバー、アメリカン・ピザ! ユナンセーン?

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