photo: Hiroshi Nakamura
text: Ryoma Uchida
edit: Kosuke Ide
2024年4月12日
豊丘村の”ムッシュ”が集めた宝物と出合いに。
長野県南部にある豊丘村。南アルプスと天竜川に挟まれた「河岸段丘」という階段状の地形が広がる、雄大な自然が魅力的なエリア。桃やりんご、松茸などの名産品が有名で、のんびりとした生活の時間が流れている。地元の人は「何にもないですよ」などというこの地に、ちょっと異質で怪しげなお店がポツンと佇んでいる。アンティーク雑貨とヴィンテージブック、レコードを扱うギャラリー兼ショップの『HAPPY DAYS』だ。一見「何もない」景色のなかで、その良さをわかる人にしか感知できない名店。運良く発見したなら、ぜひぜひ車を降りてみてほしい。素晴らしき偏愛でいっぱいの宝物たちとの出合いがここにはあった。
雑貨、古本、レコード、CD、VHS、ガラクタ、ポスターetc。小さな店内には収まりきらないほどの無数の品々が所狭しと並べられている。取材日はお店のコレクションの中からビートジェネレーションやヒッピー文化を中心にまとめて展示した『アングラ、サイケ、ヒッピー展』の最終日。天井桟敷などアングラ演劇にまつわる資料や、J・ケルアックやギンズバーグ、ケネス・レクスロスらの貴重な書籍、フランク・ザッパやムーンドッグら1960〜70年代のサイケロック、アヴァンギャルドな演奏のレコード、VHSなどが中心に置かれていた。
本棚には比較的最近の本や雑誌もあれば、検索しても情報がないような古本もあった。マニアックな美術書、ジャズにまつわるもの、『ガロ』系漫画から随分古い『マーガレット』や『フレンド』などの少女漫画誌なども散見。本棚からはみ出たものは平積みになっていて、それも大量だ。また、昔の旅行用パンフレットやライブイベントのチラシ、アンティーク雑貨なんかもズラリ。このお店の種類はなんと形容すべきか一口ではなかなか言いづらいが、とにかくあらゆる物がギュッと詰まっている。さっきまで見ていた豊丘村の景色とのギャップがありすぎて頭が追いつかないし、気になるものが多すぎて取材どころではないので、ひとまず物色を。
Living ”HAPPY DAYS”
店内には見渡す限りとんでもない物量の品々があって、1日では見終わらないのは確実だ。実はここにあるものは全て、店主の松尾晃さん(67歳)が長年蒐集してきたもの。しかもお店に並べている3倍ほどを自宅スペースに所蔵しているので、今見えているものは、そのコレクションの一部でしかないのだとか! 「生まれてからこの辺りを離れて住んだことがない」と語る松尾さんだが、一体なぜここで、こんなにも物を集め続けて、このようなお店をやっているのだろうか。
「音楽が全ての入り口でしたね。小学校4年生のときに自作したゲルマニウムラジオから、ビートルズの『イエスタデイ』が流れてきたんです。聴いたことのないメロディーに衝撃を受けました。そこから、ボブ・ディラン、アレン・ギンズバーグにハマって、ジャズもよく聴くようになりましたね。でも、ジャズを聴いていても、それにまつわる文化のような”本当のところ”がわからないんです。ファッションとか文学とか、そういうものも理解したいと思いました。そこで植草甚一さんに当たるわけです」
音楽や本が大好きだという店主の松尾さんは、作家であり評論家のJ・Jこと植草甚一さんに影響を受け、『宝島』や『話の特集』、『ニューミュージックマガジン』などの雑誌を読み、サブカルチャーへの造詣を深めていったそう。他の雑誌もくまなく読み、なかでも『Olive』を愛読していたそうで、「オリーブ”少年”なんです」と笑いながら語ってくれた。たしかに、店内の装飾にはフレンチな可愛さがあって、どこかガーリーな印象を受けた。松尾さんが高校2年生のころ創刊された『POPEYE』も2号から買って読んでいたそうで、豊丘村で(おそらく最初に)スケボーを乗り回したシティボーイでもあった。
「そのうち、隣接する飯田市で『モルグ社』という古本屋を経営しはじめました。文化を発信していくために、映画の上映や、友部正人さん、加川良さんのライブをやったこともあったんです。好きなことの延長線でしたね。しばらくして、今の場所で『駄菓子屋アート美術館』なるものを開こうと構想しはじめました」
髪の毛の足りないオバQや出自のわからない人形など、ちょっとチープで昭和レトロな、いわゆる”バッタもん”といわれる愛嬌のあるおもちゃのことを、松尾さんは敬意を込めて「駄玩具」と呼ぶ。大量に集まったそれらを展示しようと考えたのが「駄菓子屋アート美術館」だった。美術館は計画通りにはいかなかったようだけれど、場所を持って展示するという発想が『HAPPY DAYS』に繋がったのだとか。
「お店を始めたのは、1999年の11月です。スタイルは今と違いました。『インスタントカフェ』と勝手に呼んで、入場料だけ貰ってコーヒーなど飲み放題で提供する、のんびり過ごせるギャラリーみたいにしていました。お客さんも半日くらい居て、ゆっくりコレクションを見たり、外のベンチに座って景色を眺めたりしていましたね」
そんなコミュニティスペースのような空間が、本を多く置いたり、展示を開催したりするなど、少しずつ形を変えながら今の業態になっていったのだ。普段は「ムッシュ松尾」という名前でアーティスト活動もしている松尾さんは、お店に来たお客さんと交流しながら、音楽や手品を披露したり、レコードのジャケットにツッコミを入れる独自のフリップ芸である「レコード漫才」を披露したりしている。ここは、松尾さんの表現の場でもあるのだ。
「田舎ですから、基本的に誰も来ませんよ。この辺りでは変人だろうし、こういう趣味を続けていてもずっと孤独で。今でも東京と戦っています(笑)」
「田舎には何もないじゃないですか。だから東京でライブハウスへ行ったら、チラシひとつとっても沢山置いてあってびっくりしますね。そういうのを片っ端から持って帰るんです。チラシなんて僕以外誰も見てないですよ。でも、それらが集まって、10年、20年、30年経って、日本のある一部のライブシーンの歴史が見えてくるわけです」
価値がないは価値。田舎者で、と松尾さんは謙るが、その松尾さんだからこそオリジナルな視点でものを見つけ、コツコツ集め、何十年と熟成した大量の宝物を手にすることができたのだ。自分の”好き”に対する情熱を持ち続けた結果たどりついた『HAPPY DAYS』。こんな場所、どこを探したってない。
「ガレージセールなんかもこの辺では初めてやってたんじゃないかな。要らないものを売るんじゃなくて、私はカルチャー的な楽しみでやるわけですよ。みんな素通りでしたけどね(笑)。親父にも『みっともないからそんな店辞めろ』とか言われたこともありました。でも、みんな好きならやればいいんです。それに、やっぱり自分が好きなことをし続けるのは、地元が一番でしたね」
周りに理解されなくても、孤独でも、それがどんな場所でも、とにかく自分で自分の好きなことを貫きやり続けた。そして、それを伝えたいという情熱が、他のお店とは一線を画している所以だ。だからこそお店に入るというより、松尾さんの部屋にお邪魔しているような気持ちになる。松尾さんと話しているうちに、僕らもその熱に徐々に感染していくのが分かった。
「店名の『HAPPY DAYS』は、誰でも分かりやすいものにしようと思い付けました。大衆性を大事にする精神は『POPEYE』に学びましたよ」
みんなに向けて、自分の好きを深く追求していく素晴らしさ。流行や風潮などを追うのもいいが、自分の感受性を刺激し突き動かすのは、世が決めた「最適解」のものだけではない。そんなことを感じたけど、なんだかどうでもよくなるくらいにお店にいるのが楽しかったし、もう一度行きたい。パーフェクトよりもハッピーがいいね。
インフォメーション
HAPPY DAYS
1999年11月にオープンしたアンティーク雑貨とヴィンテージブック、レコードを扱うギャラリー。駄玩具、古本、レコードなどなど、店主の松尾さんが蒐集したものが広がる。隣接する郵便局にもかわいい駄玩具が置いてある。POPEYE Webチームが購入した物は、ポッドキャスト番組『これDOW!?』にてご紹介予定。◯長野県下伊那郡豊丘村神稲9075-1
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