カルチャー

今月の副読書。Vol.8/西井 開『転落男性論: 孤立、暴力、ホモソーシャル』

対話を積み重ね、臨床社会学の視点から紐解く新たな「男性論」と心のモヤモヤを解放させる「言葉」を与えてくれる3冊。

今月の副読書。

text: Ryoma Uchida
edit: Kosuke Ide
photo: Natsuki Ito
2026年8月 952号初出

2026年8月6日

「副読書」とは教科書の補助的教材として用いる資料集など、二次的に参考にするための書物のこと。本連載では毎回1冊の本を取り上げ、併せて読みたい「副読書」を著者が自らレコメンド! 理解を深め世界を広げる〈副〉読書のススメ。

今月の本

『転落男性論: 孤立、暴力、ホモソーシャル』

著者は投げかける。男性を縛ってきたのは、「男らしさ」を達成したい願望ではなく今いる場所から「転落」したくないという恐怖なのではないか。既存の図式では見えてこなかった「マジョリティ男性」の経験を、メンズリブ運動史、苦悶・葛藤する当事者の言葉の数々、「有害な男性性」概念の批判的検討など丹念かつ具体的な議論の積み重ねを通してつまびらかにする。様々な男性たちと対話し、語彙を蓄積してきた臨床心理士の著者による視点が興味深い。男性論の現在地を更新する必読の書。(金剛出版)

💬「自分自身の言葉を取り戻すことが大事だと思うんです」

従来の「男性論」からの
コペルニクス的転回。

 強靭な力こぶで髭もじゃの大男を倒し、ガールフレンドを優しく守る。この雑誌のタイトルにもなっているポパイ。素敵な「男の子」の象徴でもあり、長く愛されるキャラクターだ。でも今の時代、その男らしさを本気で目指しているボーイズは多くないだろう。「男らしさ」の鎧をまとわなければならないからこそ男性のつらさが生まれる、とは、従来の「男性論」でいわれていたこと。でも、それだけじゃないはずだ。むしろマッチョな感覚は前時代的になっているのに、なんで男はつらいのだろうか。いや、そもそも何がいかにつらいのだろうか。男である筆者もどう言葉にしていいか、よくわからない。

 だからこそ『転落男性論』で登場する重要なフレーズ「転落」が腑に落ちた。そもそも、男性は「男らしさ」を求めるだけじゃなく、その輪から“落ちる”こと、即ち社会から外れることが不安なのだと。「男らしさから降りる」ことが解決への道筋なんじゃなく「降りる」ことはむしろ不安を増幅させるのだ。「男性論」におけるコペルニクス的転回を提示しているといっていいかもしれない。本書は、男性が何に縛られているのかを丁寧に見つめ直し、もっと異なる発想から、オルタナティブな男性のあり方を模索する。そんな希望を感じさせる一冊だ。

痛気持ちいい経験が
自分を解放してくれる。

 著者・西井開さんは2000年代、リーマンショックによる就職難が襲った第二就職氷河期が青春時代にあたる世代となる。社会運動史と照らし合わせてみると、’70年代のウーマンリブ運動から’80年代の男女雇用機会均等法、そして’90年代のメンズリブ運動へと、戦後少しずつ積み上げられてきたものに対して保守派の政治家も巻き込んだ「バックラッシュ(反動・揺り戻し)」が起きていた頃だ。

「大学生時代は、社会がどうとか、ジェンダーがどうとか、今の仕事に繋がるようなことは特に考えておらず、むしろやかましいなあ、と思っていたんです」

 就職活動はうまくいかず、なんとか中小企業に採用され、勤め始める。

「“男性社員”が少なかったせいか『お前は将来の幹部候補なんだから、誰よりも早く来て遅く帰れ』という感じで。周りの同僚たちもそれを応援する。今では前時代的に思える空気が充満していました。その雰囲気についていけず、辞めてしまったんです」

 そんな西井さんの運命を変えたのが、東日本大震災時に行った岩手県陸前高田市での復興支援ボランティアの活動。

「その体験は強烈で、被災地での惨状を目にして心を動かされました。もう一度あの現場に関わりたいと考え、宮城県のNPOで貧困家庭の子供の支援に携わるようになり、ジェンダーの問題に突き当たりました。母子家庭の貧困率の高さや、母親の新しい恋人によるDV、それを学習してしまう子供、その循環……。活動するにあたり、社会構造の中でジェンダー問題がどのように作用しているかをちゃんと学ばないとダメだと思いました。学生時代『やかましいなあ』と思っていたことが、いかに大事なことだったか」

 自分の想像とは異なる現実は、“やかましい”話にヒントがありそうだった。暗中模索するなか、その学びの第一歩として手に取ったのが伊藤公雄『男性学入門』だ。

副読書①

今月の副読書。Vol.8/西井 開『転落男性論: 孤立、暴力、ホモソーシャル』

『男性学入門』伊藤公雄

刊行は1996年。男女を取り巻く環境をデータで分析しながら「男らしさ」とその実情を暴く。著者は’92年に京都大学で日本初の「男性学」の授業を開講し「メンズリブ研究会」を立ち上げたパイオニア。「社会学の中で初めて男性学を大々的に扱った本でもあります。なかなか手付かずだったマジョリティ研究を考えていく上でとても重要な一冊だと思います」。(作品社)

「本書でジェンダーの視点から男性の経験を追っていくことで『モヤモヤ』が言葉になっていく感覚がありました。男子グループの中でいじられて傷ついているのに笑って誤魔化してしまう、無職時代、平日の昼間に美容室に行くことがなぜか恥ずかしい、とか。無意識に抑圧されていた男性としての気持ちに向き合えた。耳の痛い話も多かったですが、自分がちょっと解放されるようで“痛気持ちよ”かった。そこで得た知識を元に男性同士が語り合う対話グループを立ち上げました。でも、みんな自分の内面を話すのが苦手で、すぐに肩書や一般論の話になってしまうんです。引退しているのに“元・〇〇”と役職を書いた名刺を出して話したり、『男っていうのはさ……』と表面的な議論になってしまったり。主語が“自分”にならないんですね」

「自分」を開示して、本当の気持ちが話せない難しさにこそ「男性論」における問題の核心が潜んでいる。コミュニケーションをうまくすすめるため工夫を凝らし立ち上げたのが、本書にも登場する「ぼくらの非モテ研究会」だ。

「SNSを見ると、男性たちが『非モテ』というワードで自分の劣等感をとうとうと語っていた。これをキーワードに呼び込めば、男性が“自分の内面”を語ってくれると思いました。対話の形式も工夫し、ホワイトボードを用いて話を板書し可視化することで、視線が『話している本人』ではなく『ボード』に向くように仕向ける。すると、本人も自分を客観視できて、より深い話が出てくるようになったんです。これは、対話を通じた支援を行う当事者研究の手法なんです」

複雑な人間の心の動きは
「言葉」が教えてくれる

 現在、社会学者として研究にも取り組んでいる西井さん。どうすれば対話グループの参加者たちを、単なる“研究対象”として扱わず、心の通った対話を維持しながら、彼らの経験を書き留めることができるのか。そのありかたにおいて影響を受けたのが小野和子『あいたくてききたくて旅にでる』だ。

副読書②

今月の副読書。Vol.8/西井 開『転落男性論: 孤立、暴力、ホモソーシャル』

『あいたくてききたくて旅にでる』小野和子

50年間、東北の家々を訪ね歩き、伝えられてきた民話の数々を「採訪」してきた小野和子。その旅の日記と民話、手紙、文献の全18話を収録。濱口竜介、瀬尾夏美、志賀理江子ら豪華執筆陣による寄稿も読み応えあり。「人々と深い交流をして、そこで起きたことも丁寧に書き留める。こんな誠実な他者との関わり方があるんだと勉強になりました」。(PUMPQUAKES)

「学術研究は対象と距離をとって、鳥瞰的に執筆することが重視されてきました。でも自分の場合の対象は、長い時間をかけて語り合った友人といっていい間柄です。客観的な文体で彼らについて書くと、いきなり突き放すようで暴力的になってしまう。著者の小野さんは宮城県の民話を採集しているのですが、相手を単なる『観察対象』として見るのではなく、その関わりの中に身を置いて、時には喧嘩するほどコミットし正直に書いている。一人称でも三人称でもない、“私とあなた”の関係を『二人称的』に書いていて、その距離感と文体を参考にしました」

 だからこそ『転落男性論』には西井さん自身のエピソードや立場が具体的に示されている。誰に向けて書くかを明確にした本書は、“臨床社会学”として、実験や観察じゃない人間の営みと向き合っているのだ。

「大切にしているのは芥川龍之介『羅生門』の下人のような人間観です。最初は『盗みなんて許せない』と正義感を持っていた下人が、老婆をねじ伏せた瞬間に支配の快感を覚え、最後はあっさりと『生きるためなら盗んでもいい』と悪に転じる。人は一貫していないし、矛盾している。私がカウンセリングやグループワークの実践に携わっているDV加害をした男性たちも、世間で言われるような『モンスター』ではないんです。一人一人の社会的背景や、心の複雑な作用をちゃんと見ていかないと、問題の本質は見えてこない。『羅生門』は広く知られた名作ですが、改めて読んでみてほしい作品です」

副読書③

今月の副読書。Vol.8/西井 開『転落男性論: 孤立、暴力、ホモソーシャル』

「羅生門」芥川龍之介

飢饉でさびれ荒れ果てた「羅生門」で死人の髪の毛を引き抜く老婆。その姿を目撃した下人が、自らが生きのびる道を探し苦悶する。芥川龍之介による商業デビュー作であり、不朽の名作。「スパッと終わらせる幕切れも美しい。この難解な題材が教科書にも掲載されているって改めてすごいですよね」。「鼻」「芋粥」など全8編を収録。『羅生門・鼻』(新潮文庫)

 人間は複雑だ。簡単な言葉や理解で割り切ってしまうと、相手のことも、自分のことも見誤る。「個人的なことは政治的なこと」とは’60年代以降のフェミニズム運動で掲げられた言葉だ。身の回りで起きていることと社会との関係を考え直し、自分の言葉を獲得する。その重要性を改めて感じる。男性について学ぶことは女性の置かれている環境を軽視しているわけではない。これまでの社会運動に敬意を払い、現在のマジョリティの特権とその実情に分け入って、気づくことがあるはずだ。

「現代では、『費用対効果』や『コンセンサス』といった企業用語が日常の会話として使われ、家族や友人などの関係においても持ち込まれるようになっています。でも、効率や業績だけで測れないのが人間関係です。SNSや会社で覚えた刺激の強い誰かの言葉ではなく、自分の感情が本当はどこから来ているのか、何が不安で、何がつらいのか。自分自身の言葉を取り戻すことが大事だと思いますし、読書はそのための一歩として、とても大事なことだと思うんです」

プロフィール

西井 開

にしい・かい|1989年、大阪府生まれ。臨床心理士、公認心理師。臨床社会学、男性・マジョリティ研究を専門にする。著書に『「非モテ」からはじめる男性学』(集英社)など。