カルチャー
今月の副読書。Vol.6/赤野工作『遊戯と臨界 赤野工作 ゲームSF傑作選』
臨界を超えたゲーム愛が炸裂したゲームSF短編集。“ルール”とは何かを描き、ゲームの神髄へとさらに導く3冊。
「副読書」とは教科書の補助的教材として用いる資料集など、二次的に参考にするための書物のこと。本連載では毎回1冊の本を取り上げ、併せて読みたい「副読書」を著者が自らレコメンド! 理解を深め世界を広げる〈副〉読書のススメ。
今月の本
『遊戯と臨界 赤野工作 ゲームSF傑作選』
ゲームの返品手続きの問い合わせとカスタマーセンターとのやりとりが思わぬ方向へと展開する「それはそれ、これはこれ」。月面で待つ敵プレイヤーとのタイムラグ1.3秒での格闘ゲーム対決を描く「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」。核燃料を用いてイカサマ賭博を行ったヤクザによる告白「ラジオアクティブ・ウィズ・ヤクザ」。「遊ぶと呪われる」と噂される曰くつきのゲームへ挑む「これを呪いと呼ぶのなら」など、ゲームを愛しすぎた人々へ贈る至高のゲームSF11編。(東京創元社)
あらゆることが便利すぎる現代。ちょっとした待ち時間でも暇つぶし方法は色々ある。とはいえ大抵のスキマ時間は、スマホでSNSやネットニュースなんかを延々とスクロールし続け、無為に時間を消費していることが多いのではないだろうか。恥ずかしながら筆者はそうだ。だからこそ、赤野さんのゲーム愛には驚かされた。ゲーム対戦相手とのマッチングの待ち時間もゲームのことを考え、ゲームについての物語を執筆。あらゆる時間をゲームに費やしている根っからの“ゲーマー”なのである。後に『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』の名で出版されたその物語は、未来の2115年に開設された「過去のレトロゲームを紹介するブログ」の体を成したSF小説だ。2020年代〜2115年の間に発売され「クソゲー」の烙印を押された低評価なゲームたち。ソフトはもちろん架空だが、どれも一癖ある品々で、それを“評価”するブロガーの主人公の偏愛と執念が面白い。いや、これを一つの作品としてまとめた赤野さんの偏愛と執念といえるかもしれない。そんなゲームに対する姿勢は昨年発売された著書『遊戯と臨界』でもより洗練された形で堪能することができる。
登場するのは、プレイヤー、開発者、配信者と、ありとあらゆるゲームにまつわる人物たち。SF的想像力と数多のゲームギミックを横断し、様々な時代、シチュエーション、スタイルで綴られる全11編の短編集。小気味良いテンポと飽きさせない展開、ゲームの楽しさを言葉へと変換する新たな感覚、趣向が凝らされたこの一冊に魅了された。それでもなお「作家というよりも、ゲーマーなんです」と話す赤野さん。ゲームとのそもそもの出合いから伺った。
「子供の頃、一番最初に父親から買ってもらったゲームが、さだやす圭さんの人気漫画を原作にしたメガドライブ用ソフト『ああ播磨灘』でした。相撲をテーマにしたアクションゲームです。親はたまたま買い与えたそうなのですが、とても面白くて。それ以来、ゲームの魅力に取り憑かれました。後年知ったのですが、実はこの『ああ播磨灘』は当時のゲーム雑誌のレビューでボロクソに言われるほど酷評だったんです(笑)。“いや、そんなわけはない。世間で何と言われようと面白いんだ”と反発する気持ちが湧きましたね。世の中には様々な評価を受けているゲームがあるけれど、ゲーマーたるもの、やはり自分の目で見て確かめないことにはいかんのではないか。そう考え始めました」
“本当の魅力”を知らないのに、レビューだけが先行し、ゲームソフトの将来を左右する。大事なのは他人の評価じゃなくて、自分の気持ちのはず。赤野さんは2009年頃から「ニコニコ生放送」を活動の場とした。配信したのは、世間では評判が悪いとされている「低評価ゲーム」を検証し、面白さを視聴者へプレゼンする動画。その意思が創作活動へと変貌を遂げたのは、先述した、ゲームでのマッチング待ちの時間だった。
「当たり前ですが、自分が配信している限り、そこで扱えるのは過去に制作されたゲームについてだけ。自分が死んで以降に発表されるゲームについては、何も言うことができないわけです。でも、未来のゲームについても、先んじて“面白いんだ”と反論しておきたくて。そんな思いから、少しずつ暇つぶしのように書き始めたのが『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』だったんです。それが『遊戯と臨界』に至るなんて思ってもいなかったですね」
かつて発売されたソフトだけでなく、未来のゲームをも保護する。過去と未来を行き来しながら、“本当の価値”を自分で考える。赤野さんのそんな一端が垣間見えるのが、副読書に挙げた『謎のチェス指し人形「ターク」』。舞台は18世紀にまで遡る。
「1770年に“発明”された、チェスを指す機械人形『ターク』の歴史について、約100年間、人々がどのように遊んできたかが描かれる。実は、見せかけの機械の中にチェスが強い人間が入っていただけなのですが、ヨーロッパどころかアメリカまで噂が広がって、ナポレオンやベンジャミン・フランクリンまで巻き込んでいきます。なかには、どう攻略するか苦悶する人もいれば、図解にして正体を解明してやろうと考える人もいる。ゲームをどのように遊ぶかが人によって全く異なっていて、その多様さに圧倒されました。これぞゲームの奥深さ。私が書きたいものっていうのはまさにこういうことなんだと感じましたね」
副読書①
『謎のチェス指し人形「ターク」』トム・スタンデージ
18世紀ウィーンに現れたチェス指し自動人形「ターク」。チェスの達人たちを次々に打ち負かし、ナポレオンやベンジャミン・フランクリンともまさかの対局。当時の雑誌記者エドガー・アラン・ポーまでも取材にかけつける。歴史的人物を数多く巻き込みながら勢いはヨーロッパからアメリカへ。知られざる「AIの祖先」の世にも数奇なノンフィクション。(早川書房)
戦争、疫病、革命……世界の歴史で見れば、ゲームの話題は些細なことだ。それでも、小さなテーマだからこそ、そこへこだわる人間たちのおかしさが滲み出てくる。たった一つのゲームに挑む人々の、多様な考え、多様なコミュニティ、多様なくだらなさ。
「ゲームとは、“楽しみのためにだけ守られるルール”のことだと思います。ルールは人それぞれに解釈が分かれるから、そこに多様さが生まれる。例えば格闘ゲームで勝つために、相手のSNSに悪口を送って士気を下げてやろうとする人もいれば、弱いキャラをあえて使ってなんとか頑張ろうとする職人気質の人もいる。美しい技を決めたい人もいる。同じルールであっても、どのように捉えるか人それぞれ信念の違いが露呈するんです。それは法律や経済概念や宗教など、他の“ルール”においても通じるところがありますよね。ゲームに向き合うことで、社会における人間と規則との関わりが見えてくる。だからこそ、ゲームのことを題材に小説を書いたら面白いに決まっているんです」
国によって法律が違うように、自分にとって大事なルールも、別の人にとっては大切じゃないこともある。その違いこそが人間らしさであり、多様な生き方にもつながる。星新一や筒井康隆も影響を受けたショートショートの名手フレドリック・ブラウンの短編は、そんな凸凹な現実を鮮やかな手腕で描き出す独特の妙味がある。
「短編集『スポンサーから一言』に収録の表題作は見事。舞台は1950年代。8時20分に一斉にラジオから『続いてスポンサーから一言です』と流れ、続けて唐突に『戦え』という一言が放たれる。それを聴いた人々は呆気に取られ、気持ち悪さすら感じる。急にみんなが引いちゃったから、戦争をはじめそれまで社会に存在した『戦い』がなくなっていく……という筋書き。よくわからない“ルール”に対してなぜ我々はマジになっていたんだろう、本当に守らなきゃいけないことってあるのだろうか。最後にはそんな突き放し方と余韻を残して話が終わる。読むたび、自分の作品でもこの境地に到達できているだろうかと比較して、いつも悔しく思っている作品なんです」
副読書②
『スポンサーから一言』フレドリック・ブラウン
1940~’50年代のアメリカSF小説の黄金時代を象徴する一人。ショートショートの名手とも称される小説家、フレドリック・ブラウン。『シカゴ・ブルース』や『真っ白な嘘』など多くのミステリ、SF、ファンタジーを発表した著者によるSF短編集。表題作はじめ全21編を収録。「オチが綺麗におさまりきらないところがいい」と赤野さん。中村保男訳。(東京創元社)
社会という名のゲームにのめり込みすぎると、自分で物事を判断しているようでいて、実は見えざるルールを勝手に課していたり、妄信していたりする。それがたとえ常識とかけ離れ、他人から狂気的だと思われても“自分だけのルール”を優先させる人間もいる。
「『二階堂地獄ゴルフ』はゲームにオールインした人間の人生を描いている。主人公はもはや壮年期にあるにもかかわらず、10年以上もゴルフのプロ試験を受け続け、落ち続けている。『プロになる』ということに異常に執着し、人生の節目節目で転機が訪れても、結局はゴルフを優先してしまう。それなのに、ようやくゴルフが上達してきたときには『もしこの世にゴルフなんてモノが「ない」としたら(自分は)鉄の棒を日がな一日振り回しているおかしなやつ』と突然泣いたりする。“ルール”を大切にするってどういうことなのか。非常に考えさせられるんです」
副読書③
『二階堂地獄ゴルフ』福本伸行
『カイジ』『アカギ』で知られる福本伸行が2023年より『モーニング』にて連載中の完全新作。主人公は二階堂進、35歳。キャディとして働く中でプロゴルファーを目指すことに。しかし現実は厳しく、年齢を重ねてもプロテストには不合格。そこにあるのは勝つか負けるか、ではなく自分との闘いだった……。地獄の道をゆく苦闘のゴルフ道の行く末やいかに。(講談社)
一般社会からは取るに足らないと思われているようなルール、他の人からは軽んじられているものを重んじている人。ある面から見れば滑稽だけれど「自分はこうして生きていきたい、と真剣に自分だけの“ルール”を守って生きる姿は美しい」と赤野さんは言う。
「もし目の前の人と違うルールを持っていても、ゲームで遊ぶときは、そのゲームのルールを他人と共有しなきゃいけない。ただ娯楽のためだけに。だから同じルールを守れる人間同士になれるし、そんなゲームを通して相手が何を重んじているか共有できる。これこそが、ゲームという“ルール”の独自性であり、面白み。僕は世間で言う『クソゲー』は存在しないと思っているんです」
プロフィール
赤野工作
あかの・こうさく|ゲーマー、作家。『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』(KADOKAWA)でデビュー。訳書に『台湾老卓遊 台湾レトロテーブルゲーム図鑑』(陳介宇、陳芝婷著)。
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