カルチャー

今月の副読書。Vol.9/山田由梨『ぜんぜんダメで パーフェクトなわたしたち』

人生の酸いも甘いも赤裸々に綴ったエッセイと、正直でいる勇気を与えてくれた3冊。

今月の副読書。

text: Ryoma Uchida
edit: Kosuke Ide
photo: Natsuki Ito
2026年9月 953号初出

2026年9月7日

「副読書」とは教科書の補助的教材として用いる資料集など、二次的に参考にするための書物のこと。本連載では毎回1冊の本を取り上げ、併せて読みたい「副読書」を著者が自らレコメンド! 理解を深め世界を広げる〈副〉読書のススメ。

今月の本

『ぜんぜんダメで パーフェクトなわたしたち』

29歳でうつと診断され、30歳以降は毎年冬季うつを繰り返すようになった山田さん。元気な夏と元気になれない冬を行き来する心持ちを赤裸々に綴った、’25年の初春から夏にかけての記録。「本書を発売してから、なんで私の気持ちがわかったんですか? と言ってもらえることが多くて。正直にエピソードを書いてよかったなと思います。トークイベントやサイン会で、『実は私も免許失効しているんです』と打ち明けてくれる人が意外と多いんです(笑)」。(KADOKAWA)

💬「正直に書かないと、意味がないんじゃないかって思ったんです」

「ブルシット・ジョブ(Bullshit Jobs)」という言葉がここ数年で広く知られるようになった。「クソどうでもいい仕事」と訳されるこのワードは、人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した概念。働く本人でさえ、本当は必要ないと内心考え続けている業務に、人生の時間のほとんどが割かれてしまうこと、社会的な体裁が良くたって、いつだって誰にでも代替可能だと思える仕事のこと。誰もが陥る可能性がある、現代社会の落とし穴。じゃあ、自分にとって“どうでもよくない”やりがいのある仕事を手にしたら? 少しでも休んだら、誰かに取って代わられてしまうんじゃないか。もっと働かないと、成長できないんじゃないか。後れを取ったら、またどうでもいい仕事をたくさんこなさなきゃいけないんじゃないか。そんなふうに追い詰められてしまう。クソどうでもいいことも、クソ大事なことも「仕事」の強固な仕組みから逃れることは難しい。

 作家、演出家、俳優として活動し、劇団「贅沢貧乏」を主宰する山田由梨さん。第62・64回岸田國士戯曲賞候補に選ばれた他、NHKドラマ『作りたい女と食べたい女』の脚本を手掛け、劇団ではパリ公演も成功させるなど、まさに順風満帆、第一線で活躍し続ける才気溢れる姿が印象的だ。だから昨年末発売したエッセイ『ぜんぜんダメでパーフェクトなわたしたち』に綴られた話の数々に驚いた。30歳目前に冬季うつを発症したこと、人とのコミュニケーションに失敗してしまうこと、免許の更新を忘れてしまったこと。日常の恥ずかしい話から、深刻な話題まで、仕事の陰に隠された悩ましい日々が赤裸々に記される。仕事に勤しみ、結果として身体に不調をきたしてしまった20代。「今思うと、遠くへ来たなと実感します」と振り返る。

仕事と自分の本当の
価値を確かめる難しさ。

「当時は社会の中での自分の位置付けに迷っていたと思います。俳優や作家といってもフリーランスなわけで。一つ一つの仕事において、どんな成果を収めた、こんな場所で公演ができた、こんな賞をもらったとか、目に見える数値や情報を並べて、自分の価値を確認していましたね。言い換えれば、トロフィーを集めるような感覚があったんです。特に駆け出しの頃は何をやっているか人に聞かれて『演劇?』と一歩引かれるというか……皆が就活や就職をして社会人として働いている中で、自分の好きなことを優先して行動していることが、どこか少し下に見られるように感じる瞬間もあって、他人の目を気にしていたのかもしれません。周りの劇団が新作公演を年に2回発表すると聞けば、自分もそれ以上に何かやらなきゃと思っていましたし、やりたいことも目標も次々にあったので、そのペースについていこうとして。“周り”が基準だったんですよね」

 フリーランスだから、自分が今いる場所を目に見える形で確認できるわけではない。人に依頼され、評価され、初めて理解できる「仕事」の価値。そのまま“自分”の軸が薄れていくことに、心が追いつかなかった。変化が訪れたのはコロナ禍でのことだ。

「劇場からオファーをいただくようにもなり、この波に乗れば、集客も劇場も広げていける、劇団として次のステップに差し掛かっていた時期で。半面、これまでのようなペースと規模で続けていくことは辛くて、周りに言えない気持ちを抱えていました。そんなとき、コロナの影響で物理的に演劇ができなくなって。集まると命に関わる特殊な空気の中で、演劇は、幸せな人生のためにあるのであって、何かを犠牲にしてやることではないっていう、ある意味で当たり前のはずだったことに気づいたんですよね。うつを発症したのもその頃のことでした。どちらも、自分ではどうすることもできない要因から、強制的に休まなくてはいけなくなった。決定していた公演も中止して、通院と治療に専念することになりました」

 そんなうつの経験は、’24 年に上演した舞台『おわるのをまっている』に反映された。その準備中、欠かさず見ていたSNSのアカウントがあったという。

「批評家の杉田俊介さんが、SNS上にてリアルタイムで更新していた日記です。それは『鬱病日記』としてまとめられ、昨年刊行されました。読んでいて気づかされたことは、『うつ病は定型的だ』ってことで。夜は少し元気になるとか、味覚が感じられなくなるとか、本が読めなくなるとか、脳に霧がかかったようになるとか。自分は杉田さんが書かれていることと全く同じ経験をしていたんです。うつの人は、みんな同じように苦しんでいるのに、それが見えなくて孤独なんです。その一連の文章に、すごく安心しました。うつについて、当事者の内情を書いた本って少ないんです。それは、文章を書こうという気力がないからなんですよね。死の恐怖を前にして、書けない。だけど杉田さんは素晴らしい文章でそのときの自分をどうにか描写してるわけです。そのすごさと救われた経験が、『私も記憶があるうちにエッセイで書こう』と思わせてくれました」

副読書①

今月の副読書。Vol.9/山田由梨『ぜんぜんダメで  パーフェクトなわたしたち』

『鬱病日記』杉田俊介

著者は『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)、『人志とたけし』(晶文社)などで知られる批評家。SNSを通して、オンタイムでWeb上に公表してきたうつ病の体験記をまとめた一冊だ。「それまでうつ病は、自分だけの苦しさを抱えて悩むことだと思っていた。でも実はそうじゃなくて、この病は、皆に同じことを考えさせるんです」。(晶文社)

弱さに向き合うことで
〝呪いの言葉〟もはね除ける

 励ましや医学的な説明じゃなく、当事者のリアルな声だからこそ救われるものがある。だからこそ、山田さんのエッセイでは“弱い部分”が正直に記される。

「フリーランスだと安定した収入もない中で働くから、弱みは見せたくないものです。もしも病気があるって知られたら『あの人には頼まないほうがいいかな』と思われる。すごく怖いですが、うつについて扱うのなら、日々のことを正直に書かないと、意味がないんじゃないかって思って」

 その書きぶりに影響を与えたのが、『いちばんここに似合う人』『話し足りなかった日』の2冊だ。

「『いちばんここに似合う人』はフィクションの短編集ですが、登場人物の言動が不器用だったり、社会不適合だったりする。忌憚なく素直な目で世界を見て、思ったことが書かれているなって感じるんです。社会的には正しくない行動をしちゃう登場人物たちに、自分を投影したくなってしまうし、おこがましくて本当は言えないけど、著者に『ミランダさん、あなたは私ですか?』って言いたくなる(笑)。イ・ランさんもマルチに活躍されている方ですが、言ってみれば私と同じフリーランスです。本書の中で、自分の仕事の単価についてとか、無料の打ち合わせに時間を取られた話とか、“女性枠”として穴埋め的にオファーされた話とか、ある種“タブー”的な話題に切り込む。私も仕事と生活の両立や、自分のポリシーについての悩みが絶えません。そんな葛藤もすべて書いちゃっていて。自分は一人じゃないんだと感じますし、これは、仕事を通した、“リアルな生活”についての話だと思うんです。びっくりするほど正直に綴られる“勇気の書”ですね」

副読書②

今月の副読書。Vol.9/山田由梨『ぜんぜんダメで  パーフェクトなわたしたち』

『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ

『君とボクの虹色の世界』で知られる映画監督であり、エッセイスト、パフォーマンス・アーティストのミランダ・ジュライによる短編小説集。奇妙でシュールでリアルな16編を収録。「著者のミランダ本人がSNSでたまにアップしている動画があって。ほぼ裸の状態で変な踊りをしながら自撮りしているんですよ。その姿も素敵で自由を感じるんです」。(新潮社)

副読書②

今月の副読書。Vol.9/山田由梨『ぜんぜんダメで  パーフェクトなわたしたち』

『話し足りなかった日』イ・ラン

’21年発売のエッセイ集。「韓国大衆音楽賞授賞式」のトロフィーをオークションにかける話から、赤裸々な金銭事情、#MeToo運動、友人との別れなど、フリーランスを取り巻く環境が克明に記される。「生活を支えるために仕事がある。本書は仕事の話をしているんだけど、全部ちゃんと生活の話に繋がっている。生活至上主義の本だと思うんです」。(リトルモア)

 社会で固定化された仕組みを破り、自分の本当の気持ちを言うことは勇気がいる。休むこと一つとっても“圧”を感じるのが実情だ。

「『それって何の意味があるの?』って呪いの言葉だと思うんです。その『何』とは、社会にとっての生産性だったりお金のことだったりすると思うのですが、私たちは社会にとって有益な存在になるために生まれてきたわけではないはず。いつの間にか社会的価値とかお金を気にして、自分を商品として考えるようにされてきた。今日、何をしたいかなんて、起きてから決めたっていいはずで、誰かにオファーされたからとか、そこに合わせて納品するとかじゃなくって『こういうことやりたいかも』という純粋な興味や気持ちを大切にしていいと思うんです。なかなか難しいし、みんないろんなハードルがあると思うけれど、自分の心地よさを大事にして、辛かったら、別の道も諦めないでほしい」

 ここ以外の世界だって可能なはず。“なんでこんなことをしなくちゃならないんだろう”というブルシットな状況に蓋をせず、自分の気持ちに誠実でいること。それはきっと未来を想像する力を与えてくれるはずだ。

「正直さに人は助けられる。だからこそ、私もごまかさずに書いたし、この3冊に対して『本当の気持ちを書いてくれてありがとう』って伝えたいんですよね」

プロフィール

山田由梨

やまだ・ゆり|1992年、東京都生まれ。作家、演出家、俳優としてマルチに活動。Podcast『山田由梨の眠れないなら茶をのんで』配信中。

Instagram
https://www.instagram.com/yamadayuri_v/