TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】「いなくなった存在」

執筆:石川紅奈

2026年9月27日

好きだったお店がなくなってしまう経験は、年齢を重ねたらそれだけ増えてくる。

お店に入った瞬間の空気、床や壁の感じ、匂いや、そこでしか味わえない味を、もう体感することができなくなる。何度経験しても、その別れを簡単に受け入れることは難しい。
通学路の途中にあったお店は、ずっと見ていた風景の中に、当たり前のように在ってくれた。だから、なくなってしまったときに風が吹き抜けすぎてしまって寂しかった。

考えてみると、旅先で出会って入った小さな喫茶店や、遠くの田舎道にあった個人経営のガソリンスタンド、ほかにもたくさん、名前も場所も覚えていない場所がある。まだそこにあるのか分からないし、もう二度と辿り着けないかもしれない。
それも、出会いでありながら、別れなのだろうか。

でも、例えば凍えた身体の中をホットコーヒーが通っていくとき、高速道路の灯りを追い越していくのを後部座席から眺めているとき、季節が始まる匂いがしたとき、生活のなかで突然何かが込み上げてくることがあるのは、きっと自分の中に残っているいつかの記憶とつながっているからなのではないかと思う。

去っていった時間、関係、いなくなった存在、別れ、と言うとまるでなくなってしまったもののように感じるかもしれないけれど、人、動物、場所も、これまで出会ってきた存在が自分に与えたかけらがある。それは形を変えながら、生きていくなかで新しく出会った何かと突然共鳴したり、思いがけない瞬間に花を咲かせることもある。

いなくなったのは、ひとつの形だけなのかもしれない。その存在はもっとたくさん自分の中にあって、これからも在り続けると思う。

愛犬と散歩をした9年前の思い出。

プロフィール

石川紅奈

いしかわ・くれな|高校1年生の夏にウッドベースを始める。国立音楽大学ジャズ専修に入学し、ベースを井上陽介氏、金子健氏に師事。2021年、『Off The Wall』(マイケル・ジャクソン)の演奏動画がYouTubeで250万回以上再生され一躍注目を浴びる。
2023年3月、ジャズの名門ヴァーヴ・レコードより小曽根真プロデュースの1stアルバム『Kurena』でメジャーデビューを果たし、ソロ活動の傍ら2022年にはピアニスト・壷阪健登とポップスユニット「soraya」を結成。2024年sorayaにて「FUJI ROCK FESTIVAL」に出演し、これまで2枚のアルバムをリリースするなど、ポップスのフィールドでも頭角を現す。
2026年9月16日にセルフプロデュースとなる2ndアルバム『Garden』をリリース。その後、全国を巡るアルバムリリースツアーも決定している。

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