TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】他愛ないこと

執筆:うすいはるか

2026年9月26日

「ねえ、水色って何月のイメージがある?」

 その人は、なに急に、という顔をしたあと、水面に視線を落とすようにふっと静かな目になり、「二月」と答えた。少し無防備な声だった。
 私にとって水色は、七月の色だった。
 子どもの頃、夏によく着ていたTシャツや、暇さえあれば通った市民プール、今よりもずっとさわやかで眩しく見えた初夏の空を思い出す色だから。
 その人の二月という答えにも、きっといろんな背景があるんだろう。私の知らない季節や記憶が、水色という言葉の向こう側にある気がした。
 真冬のどこで水色と出会ったのだろう。寒い朝の空だったのか、水の冷たさだったのか。その季節に一緒にいた誰かのすきな色だったのか、それとも、もっと別の何かだったのか。聞いてみたい気もしたけれど、そこまでは聞かなかった。

 書店の隅にある文房具売り場で、ふたりで翌年の手帳を探していたときだった。月ごとに背景の色が異なる一冊を手に取り、偶然ひらいた六月のページの色が水色だった。それで、ふとその問いをしたのだった。

 正解も間違いもなくて、あるのは自分にとっての答えだけのような、そんなやりとりをするのがすきだ。
 地球最後の日に何を食べたいか、とか。いま、自分の隣に小さな動物がいるとしたら何、とか。感情に季節があるなら「懐かしい」はどの季節、とか。そんなことばかり。

「水色って、数学のイメージがない?」

 と、その人はほかの手帳をぱらぱらとめくりながら言った。五色入りのCampusのノートを思い浮かべながら、わかる、と私はうれしくなって頷く。
 何色を何の教科のノートに使うか。学生の頃、ルールや流行があるわけではないのに、自分のなかで自然と生まれていた秩序だった。
 そういう、自分でも説明できない小さな決まりごとがある。爪を切る順番だったり、着ないと決めている服の色だったり、玄関の人形を撫でてから出かけることだったり。人に話すほどでもないのに、それを破ると少しだけ自分ではなくなるような。

「赤が国語で、黄色が英語でしょ」
「黄色は理科だよ。それで緑が社会。あと一色ってなんだったっけ」

 私たちは顔を見合わせて、手帳を棚に戻してノート売り場へ移動した。
 残りの一色は紫だった。
 その色のノートにはたしかに見覚えがあるのに、何の教科に使っていたのかなぜかふたりとも記憶がなかった。私たちは同級生でも何でもなかったけれど、おそろいの記憶をなくしていて、それがおかしく、いとしかった。

 あの日、結局手帳は買ったのだろうか。思い出せない。取るに足らない、吹けば飛んでゆくような会話ばかり憶えている。
 今あなたと話したいのは、たとえばこんな他愛ないこと。
 ねえ、夏の終わりって、何曜日みたいだと思う? 私のそれは水曜日で、明日もつづくと当たり前に思っていたんだよ。

プロフィール

うすいはるか

1987年生まれ、東京都出身。2024年頃から、SNSを中心に生活をつづりはじめる。2026年に初書籍『すこやかなひとりぼっちの守り方』(KADOKAWA)を上梓。

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