TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】昼のバスは教会に似ている

執筆:うすいはるか

2026年9月19日

 到着が遅れているバスを待っていたら、列の前方にいたおばあさんが、その列を離れて私のもとへやってきた。
 知らない人だ。手に持っていたお茶のペットボトルをおずおずと私に差し出すと、

「これ固くてね、あけてくれる?」

 と恥ずかしそうにお願いしてくるので、はい、と受け取った。キャップは少し力を込めると簡単に回った。「ありがとう」と微笑んで、おばあさんは列に戻っていった。
 列にはもっと力のありそうな人も並んでいた。誰もが同じバスを待っていて、手持ち無沙汰な様子だった。それでも、おばあさんはこちらへ歩いてきた。まっすぐ、糸に引かれるみたいに。

 どうして私だったんだろう。答えのない問いを漂わせていると、バスが五分遅れで到着した。
 車内後方の、まだ誰も座っていない二人掛けの座席に座る。おばあさんはその手前にある優先席にいて、私が通り過ぎるとき、会釈をしてくれた。茎の細い花が風に揺れるような、やわらかな会釈だった。

 平日、午後三時。走りはじめた窓の向こう側は、水に溶かして薄めたような、淡いはちみつ色に染まっている。
 私鉄の駅前のバス停で、ひとりの女の子が乗ってきた。大人っぽいブラウンのランドセルを、大きな甲羅のように背負っている。少女は口をきゅっと結んで、まばらに席が埋まっている車内を見渡すと、あいたままだった私のとなりに座った。
 子どもがとなりに座ってくれたとき、まるで世界に受け入れられたような安心感を覚えるのはなぜだろう。バスはまた、走りだす。

 窓の外をぼんやりと見ている人がいる。スマートフォンや本に視線を落として、何かを静かに目で追っている人もいる。眠ってしまった人や、子どもと小声で話す人や、誰にも言えない秘密や罪を抱えた人も、もしかしたらいる。
 誰も彼も同じ方向に体を向けて、ひとつの静寂を共有している。ひとり、ふたりと人が増えては、気づけば誰かがいなくなっている。
 昼間に乗るバスがすきだ。少し、教会に似ているから。

《おります》ボタンを押すと、車内のランプがいっせいに赤く染まった。「おります」は「降ります」の意味だとわかっていても、「私はここにおります」と小さく手を挙げているような気持ちになる。
 そんなことを考えていたら、バスから降りるとき、交通系ICカードをタッチする場所に家の鍵を押し当てていて、自分でおどろいた。すみません、と慌てて定期入れを探した。

 バスが走り去ってゆく。花茎のような会釈も、ブラウンのランドセルも、町の向こうへゆっくりと消えていった。

プロフィール

うすいはるか

1987年生まれ、東京都出身。2024年頃から、SNSを中心に生活をつづりはじめる。2026年に初書籍『すこやかなひとりぼっちの守り方』(KADOKAWA)を上梓。

Instagram
https://www.instagram.com/usui.halka/

X
https://x.com/yako_halka