カルチャー
『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』のジョシュ・サフディ監督にインタビュー。
2026年3月19日
1952年を舞台に、卓球選手として世界一を夢見る自己中なマーティが、まるで卓球台の上を飛び交うピンポン玉のようなスピード感でドタバタ劇を繰り広げる『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』は、今年最もハイテンションな作品といっても過言じゃない。マーティを嬉々として演じたのは、ティモシー・シャラメ。無名時代のティモシーのオルターエゴ、ラッパーのリル・ティミー・ティムのごとき破天荒さには、もう笑うしかない。そんな本作について、監督のジョシュ・サフディに話を聞いた。
ジョシュ
『ポパイ』との付き合いは長いよね?
POPEYE
おそらく最初の登場は2015年のスナップ特集で、あなたは〈スリーピー ジョーンズ〉のパジャマを着ていました。日本では未公開ですが、あなたの長編デビュー作『The Pleasure of Being Robbed』は、〈スリーピー ジョーンズ〉のアンディ・スペードと深く関わる作品でしたね。
ジョシュ
そもそも『ポパイ』は、18歳の頃から僕が一番好きな雑誌なんだ。他に定期購読している雑誌は、僕が所属している全米監督協会の会報誌と、『ザ・ニューヨーカー』だけなんだから。君たちは知っているだろうけど、『マーティ・シュプリーム』に出演しているタイラー・ザ・クリエイターもファンの一人で、僕のオフィスに『ポパイ』のステッカーが貼ってあるのを見て、「どこで手に入れたんだ!?」って興奮していたよ。
POPEYE
恐縮です! それはともかく、まずは本作のファーストカットについて聞かせてください。シューズボックスのサイズ表記のアップからこの映画は幕を開けますよね。のちにこの場所が、主人公マーティが働く靴屋のバックヤードであることが判明するのですが、なぜ彼の顔でもなく、靴屋の全景でもなく、サイズ表記から始めたのでしょうか?
ジョシュ
当初、オープニングでは『ニューヨークの女達』っていう1954年の映画のアウトテイクを使用する予定だったんだ。『マーティ・シュプリーム』のプロデューサーの一人で、僕の妻でもあるサラ・ロセインが見つけてきたんだけど、それはヘリコプターでニューヨークのスカイラインを空撮したもので、その映像にティアーズ・フォー・フィアーズの「チェンジ」が流れた後、1952年に作られたレンズで撮った靴屋にズームインするつもりだったんだ。見るかい?(スマホを取り出し、お蔵入りしたオープニング映像を見せるジョシュ)
POPEYE
クラシックなオープニングだったんですね。
ジョシュ
そう、それこそが問題だった。編集中、これじゃあ何だか“昔々あるところに……”って感じで、緊張感に欠けるだろ? 僕はノスタルジーに興味はない。『マーティ・シュプリーム』は1952年を舞台にした現代映画であって、時代劇じゃないんだ。だから、靴を売るという些細な行為から始めることにした。9½ とか8½とか、彼にとっては憎むべき対象でしかないサイズ表記に、ニューヨークのスカイラインより遥かに強力な何かがあると思ったんだ。そして、ティアーズ・フォー・フィアーズの「Change」の、”チェンジ”という歌詞だけを乗せて、映画は幕を開ける。なぜなら、これは変化についての映画だから。
POPEYE
あの”チェンジ”には、すごくワクワクしました。ちなみに、サイズ表記として映し出される9½ とか8½という文字列を見ると、ミッキー・ロークが出演した『ナインハーフ(原題“9½ Weeks”)』やフェデリコ・フェリーニの『8½』を思い出しちゃうのですが……。
ジョシュ
別の人にも同じ質問をされたけど、偶然の一致に過ぎないよ(笑)。
POPEYE
ですよね……(笑)。その靴屋のシーンでは、ファッション・コンサルタントのモデカイ・ルビンスタインが店員役のエキストラとしてチラッと映っているとかいないとかいう噂もあります。
ジョシュ
あれは確かにモデカイだよ。彼も『ポパイ』と縁が深かったね。他のシーンについても言えるけど、物語の背景をなすエキストラは、シーン自体の質感を左右するから、キャスティングの手を抜けない。それがうまくいっていれば、メインの俳優たちも役に入り込める。その点、靴の美しさを理解しているモデカイは、あの役にピッタリだったってわけだ。実際、ティモシーも彼がいたことで、靴屋の販売員である自分をリアルに感じられたと思う。それにモデカイは顔がいい。
POPEYE
モデカイは『グッド・タイム』で衣装を担当していたので、単なる友情出演かと思いきや、そこにも監督なりの意図があったんですね。その後、映画はアルファヴィルの「Forever Young」が鳴り響くクレジット映像に突入していくわけですが、本作は1952年が舞台なのに、どうして「Forever Young」や「Change」といった80年代のポップスが流れるんですか?
ジョシュ
理由はいくつかあるんだ。スクリプトを書く前にティモシーに送ったのは、ピーター・ガブリエルの「I Have the Touch」が流れる、1949年の全英オープンの映像だった。そのリリックは、じっとしていられない、若くてひょろっとした、エネルギーに満ちた男を象徴する音楽としてぴったりだったんだ。その80年代と50年代が混在する時代錯誤感が「幽霊」のように感じられたというか、過去という幽霊に取り憑いた現代のように感じられたというか。時代を超越しているように感じられるがゆえに、切迫感も感じられたんだ。僕はヴェイパーウェイヴが大好きなんだ。だからこそ、OPN、つまりこの映画の劇伴を手掛けているダニエル・ロパティンと仕事をしているんだけど、ヴェイパーウェイヴっていう音楽も過去が未来に、未来が過去に、幽霊のように取り憑くというコンセプトで……。
POPEYE
イギリスの批評家マーク・フィッシャーがジャック・デリダからインスピレーションを得て提唱した「憑在論」とも通じる発想ですね。
ジョシュ
そう、この映像で起こっていたのはまさにそれ。より具体的に言えば、この映画は、1986年のマーティの視点で語られている節があるんだ。孫娘を肩に乗せ、ティアーズ・フォー・フィアーズのコンサートで「Everybody Wants to Rule the World」を聞いている彼は、50年代の若き日を回想している。「若い頃は誰もが世界を支配したいと信じているものだ。しかし、誰もが支配できるわけではない」って。そして彼は、人生に勝者と敗者が存在するという現実の憂鬱さを悟るんだ。あの曲は、歌詞にせよコード進行にせよ、憂鬱な不安を誘う。そして、観客もきっと、その憂鬱を共有しているはずなんだ。マーティの輝かしい未来を願っているのに、その希望には不安がつきまとっている。まるで実現しないかのように、未来は過去を脅かすためにここにある。一方で過去は未来に向かって言う。「できる」と。音楽の奔放さがまさにそれを体現しているんだ。
POPEYE
つまり、この映画にとっては、80年代も重要なんですね。
ジョシュ
80年代のアメリカ合衆国は、それまでの文化が自らを反復するようにして進行したと言える。大統領のロナルド・レーガンは、ベトナム戦争をめぐるあれこれを脱却し、50年代の豪華さと繁栄と活気、かつて信じられていたアメリカン・ドリームを再び取り戻そうと試みたんだ。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と言わんばかりに、1986年において、1954年に夢見られた未来を回帰させようとした。「Make America Great Again」と最初に言ったのがレーガンだったことを忘れちゃいけない。
POPEYE
「幽霊」といえば、マーティがロンドン世界大会で初めて日本人選手エンドウと戦う際、彼が使用するスポンジラバーのラケットは、その音の静かさから「幽霊みたいだ」と表現されていましたね。
ジョシュ
エンドウのラケットは「未来」そのものだよ。日本軍が燃料タンクを防弾するために使用していたスポンジを、卓球ラケットに転用したものだったらしく、アメリカでは「アトミック・パドル」と呼ばれていた。そのことからもわかるように、あれは戦後日本の卓越した技術の象徴のひとつ。さらに強い象徴が、ソニーだね。ソニーは物質主義社会で最高にクールだったんだ。実は、僕が映画作家になったのもソニーのおかげと言えるかもしれない。1988年、父がソニーのビデオカメラを買ったんだ。最初に撮ったもののひとつは、鏡の前で「俺はジャン=リュック・ゴダールだ。すべてが映画だ」って言うシーンだったよ(笑)。父はそれが日本のカメラだと教えてくれた。僕にはそれが、まるで未来から来たもののように見えたんだ。
POPEYE
素晴らしいエピソードをありがとうございます。最後に、あなたにとって映画監督という仕事とは何かを教えてください。
ジョシュ
映画は最も強力であると同時に、最も低俗なアートフォームだと思う。人間の人生を模倣するしかないんだから、技術的にも最も邪悪なアートフォームだよ。誰かの人生を覗き見るなんてことは、すべきじゃない。だけど、レーニンは、人生をシミュレートできるだけにとどまらず、観客の共感を誘う映画は、最も強力なアートフォームだと言った。じゃあ、芸術の目的とは何か? 他者の経験を理解し、人間の経験を拡大することだと僕は思う。映画は文字通りそれを実現できる。だから、映画製作者の仕事とは、第一に研究者であること、第二に何らかの形で人生を捉えること。もちろん、そこには責任、作品に生命を吹き込む責任が伴う。遥か未来を舞台にしたSF映画であってもそれは同じ。もちろん、生命は常に不完全なものではあるけれど……。
35ミリ、16ミリ、8ミリ、70ミリ……物理的なフィルムで撮影するか否かも重要になってくる。遠い未来、ハードドライブは意味をなさなくなるはずだから。未来人がハードドライブが何かを理解するためには、コンピューやケーブルなど必要なものが多すぎるんだ。一方、光をかざせば画像が見えるフィルムは、世界がどれだけ変わろうとも、私たちがここに存在したことを証明してくれるだろう。
いつか来るそんな日のためにも、映画には本質的な真実を組み込まなきゃいけないと思う。映画はいくらでも嘘で塗り固めることができるけど、そこにはひとつの真実が存在しなければならないんだ。
プロフィール
ジョシュ・サフディ
1984年アメリカ・ニューヨーク州生まれ。弟のベニー・サフディと共に共同で映画製作に携わる。兄弟で初監督した『Daddy Longlegs』がカンヌ国際映画祭の監督週間に出品される。兄弟での主な監督作に『神様なんかくそくらえ』『グッド・タイム』『アンカット・ダイヤモンド』など。
『マーティ・シュプリーム』
卓球で世界一となり人生一発逆転を夢見るマーティをめぐる、はちゃめちゃな悲喜劇。マーティを演じたティモシー・シャラメは、ゴールデングローブ2026でコメディー/ミュージカル部門男優賞に輝いた。その他の出演者に、グウィネス・パルトロウ、タイラー・オコンマ(タイラー・ザ・クリエイター)など。公開中。
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