カルチャー
映画の”革命”について考える。Vol.1/小泉義之
『アルゴ』(ベン・アフレック)
2026年5月1日
illustration: Shigokun
text: Yoshiyuki Koizumi
edit: Keisuke Kagiwada
毎月ひとつのテーマを掲げ、4人の執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。今月のテーマは、1968年にパリで巻き起こった五月革命にちなんで”革命”。1週目の執筆者は、ポップカルチャーにまつわる論考も数多く手掛ける哲学研究者の小泉義之さん。アカデミー賞で作品賞他に輝いたベン・アフレック監督の『アルゴ』を取り上げてくれた。
『アルゴ』/小泉義之
スパイ映画が好きで、『ロシア・ハウス』(1990年)、『裏切りのサーカス』(2011年)は何度も見てきた。ジョン・ル・カレの映画が好きなだけでなく、『顔のないスパイ』(2011)なども、『M: I』シリーズ、『ボーン』シリーズも何度か見ている。しかもスパイ映画と銘打たれると、どんなに下らぬものでも見てしまう。『シリアナ』、『ミュンヘン』(ともに2005年)などは政治的に不快ではあるが、それでも楽しんでしまう性癖である。
ところで、スパイ映画は革命と相性がわるい。革命ではスパイの出る幕はない。映画化しにくいのである。だから東欧革命以後のスパイ映画は、元スパイやスパイ残党を登場人物として、過去の清算を基調とするものが多い。ところが、『アルゴ』(2012年)は、あくまで米国側から見てだが、革命を映画化したスパイ映画である。
1975年のベトナム戦争終結に続き、1978年のイラン革命は、米国の威信・権益を大きく低下させた。その敗北を映画化し物語化するため、ベトナム絡みでは『ランボー』(1982年)や『プラトーン』(1986年)が作られたが、イラン革命は手つかずのままだった。米国大使館人質事件での失態もあり、イラン革命は米国のトラウマになったと言える。しかしそこに救い手が現われる。しかもスパイ機関たるCIAからである。人質事件の際、六人の大使館員がカナダ大使公邸に逃げ込んでいた。そこで米加両政府の下、CIAのトニー・メンデスが、六人をニセSF映画『アルゴ』の撮影スタッフに偽装させイランを脱出させていたのである。当初カナダ政府の功業として公表されたが、その後CIAの関与が公表され、機密指定解除後の2007年に『WIRED』で作戦の詳細が明らかにされる。ここにいたって『アルゴ』が製作されることになる。
映画そのものは、パフラヴィ―(パーレビ)体制が英米の介入で成立した政権であり、親欧米的であるが独裁的で腐敗していたと語り、イラン革命を肯定的に受け止めてもいる。もとより革命防衛隊の描き方などイスラムフォビア的だが、中東が舞台の米国映画としてはマシな方だろう。オリエンタリズム的とも言われるが、ニセ映画がそもそもオリエンタリズム的であり、いかにも欧米諸国が作りたがると思わせるようになっており、そこもうまく作られている。
『アルゴ』はアカデミー賞作品賞を得ており、ミシェル・オバマ大統領夫人がホワイトハウス外交官応接室からの中継で授与している。まるでそれで当時の政権の落ち度が消えたかのように。米国がイランに負う罪責が払拭されたかのように。そしてCIAとハリウッドの協同が正しいことであるかのように。
近年の欧米の対中東政治は、民主化の名の下に革命を輸出して政権打倒を謀るか、実のところ内戦化させるかに終始してきたが、いまや剝き出しの政治が行使されている。振り返ると、『アルゴ』がトラウマを癒したからこうなったと、スパイ映画好きとしては言ってみたくなる。
プロフィール
小泉義之
こいずみ・よしゆき|立命館大学先端総合学術研究科特任教授。著書に『あたかも壊れた世界 批評的、リアリズム的』『ドゥルーズの霊性』『厄災と性愛 小泉義之政治論集成Ⅰ』『闘争と統治 小泉義之政治論集成Ⅱ』『弔い・生殖・病いの哲学 小泉義之前期哲学集成』など。
作品のあらすじ
『アルゴ』
ベン・アフレック監督
1979年、イラン革命が激化するテヘランで過激派がアメリカ大使館を占拠。52人が人質になる中、6人のアメリカ人が自力で脱出。カナダ大使の自宅に身を潜める。CIAで人質救出を専門とするトニー・メンデスは、『アルゴ』という架空のSF映画を企画し、6人をその撮影スタッフに偽装して出国させようとする。
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