カルチャー

ぼくの好きなホラー/細野晴臣

2021年8月18日

真夏のホラー大冒険。


illustration: ONO-CHAN
text: Yusuke Monma
2021年9月 893号初出

映画『赤い影』
赤い影 ニコラス・ローグ 1973年|イギリス、イタリア|110分 娘を亡くしたバクスター夫妻。ヴェニスを訪れたふたりは、霊感を持つ盲目の老女から、「ヴェニスを去らなければ夫の身に危険が及ぶ」と警告される。©︎REX/aflo, ˝️1973 NATIONAL FILM VENTURES. ALL RIGHTS RESERVED

 ホラーはけっこう観てますね。きっかけは小学生の頃に観たヒッチコック。なにかの映画を観に行ったら、そのときの予告編がアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』だった。本人が出てきて、不気味な館の中を歩きながら、「ここで恐ろしい事件がありました」とか言うんです。それがとぼけていて面白かったので、封切られてすぐ観に行くと、予告編とは裏腹にすごく怖い。そこからヒッチコック・ファンになりました。『鳥』にも衝撃を受けましたね。鳥が人を襲う映画なんて、それまで観たことがなかったから。

 ただ1950年代、’60 年代は、ホラーの名作って少なかった気がするな。たしか『双頭の殺人鬼』というC級映画を観た記憶があるけど、あれはくだらなかった。そんな中、素晴らしかったのが『回転』です。モノクロで、デボラ・カーというきれいな女優さんが主演した、屋敷にまつわる霊的な話。観たのは公開後、ずいぶんたってからだったけど、怖かったな。オカルト的っていうかね。

映画『回転』
回転 ジャック・クレイトン 1961年|イギリス|100分 幼いきょうだいの家庭教師になった女は、古い屋敷で男女の幽霊を目撃する。ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』を、トルーマン・カポーティらの脚色で映像化。©︎AFLO 

 ホラーの名作がたくさん出てきたのは’70 年代だったと思います。その時代の映画でいちばん怖かったのは『赤い影』。いまだにいちばん怖い映画かもしれない。リアルタイムで観たのか覚えてないけど、監督のニコラス・ローグが音楽的な作品をいろいろ作っていたので、興味があって観に行ったら本物のホラーだった。しかも怖いだけでなく、すごく美しい。

 ざっくりあらすじを言うと、水の事故で娘を亡くしたイギリス人の夫婦が、傷心のままヴェニスに向かうんです。夫は建築家で、ヴェニスにある教会の修復依頼を受けたんですね。ところがヴェニスに行くと、赤いレインコートを着た女の子の後ろ姿を、何度か見かけては見失う。実は娘が亡くなったときに着ていたのが赤いレインコートなんです。そして幻覚なのか、夫が自分の葬儀船に乗る妻の姿を見たり、盲目の老女が彼らに忠告を与えたりする。

 観る人によっては、どこが怖いのかという映画かもしれません。でもすべてが予兆に満ちていて、最後の瞬間に恐ろしいことが起こる。その最後のシーンにズキーン、ドキーンとして、あ、これは二度と観られない映画だと思った。何度も観たけどね、その後(笑)。あとで調べたら、『赤い影』の原作を書いた小説家のダフネ・デュ・モーリアは、ヒッチコックの『鳥』や『レベッカ』の原作者でもあるんです。全部好きな作品だから驚きました。彼女の小説には映画作家を惹きつけるものがあるんだろうね。

 スプラッターは苦手だな。血だらけの映像は恐ろしいけど、脅かされるのはむしろ音響で、聴覚へのアタックが心臓に悪い。ホラーでも心に残る映画はあるわけでね。例えば『アザーズ』は、古い屋敷を舞台にした画面の雰囲気が『レベッカ』に似ていて好きでした。アレハンドロ・アメナーバル監督作。でもヒッチコックみたいに耽美的なところがあって怖かった。この映画もそうだけど、脅かして怖がらせるわけではなく、本当の怖さとは何かを教えてくれるホラーが好きなんです。そういうものはいつ観ても色褪せない。ときどきあるね、そういうホラーが。

映画『アザーズ』
アザーズ アレハンドロ・アメナーバル 2001年|アメリカ、スペイン、フランス|104分 屋敷にふたりの子供と暮らす女。新たに3人の使用人を雇った日から、屋敷で不可解な出来事が次々に起きる。最後に明かされる真相は感動的。©︎2001 SOGECINE Y LAS PRODUCCIONES EL ESCORPION. 

 SFホラーが好きだから、曲を作ったこともある。

 小学生の頃、ハヤカワ・SF・シリーズばかり読んでいたせいか、SFホラーも好きです。’70 年代の終わりに『エイリアン』を観たときは怖かったな。それまでにはなかった映画でしたね。

 そもそもSFにはホラー的な要素が多いんです。SFホラーの中で特に怖かったのは、『ウエスト・サイド物語』のロバート・ワイズが監督した『アンドロメダ…』。古典的名作ですね。パンデミックものの先駆けと言っていいんじゃないかな。当時、この映画で有名になったのが原作者のマイケル・クライトンで、彼はこのあと『ジュラシック・パーク』などで知られるベストセラー作家になりました。『アンドロメダ…』はたまに観直します。

映画『アンドロメダ…』
アンドロメダ… ロバート・ワイズ 1971年|アメリカ|131分 人工衛星が墜落し、住人が死滅した街。未知の病原体が原因だと考えた4人の科学者は、細菌汚染の拡大を防ぐために奮闘する。©︎1971 Universal Pictures. All Rights Reserved.

 SFホラーが好きだから、それをもとにして曲を作ったこともある。「ボディ・スナッチャーズ」という曲です。’50 年代に作られた『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』と、’70 年代のリメイク版『SF/ボディ・スナッチャー』、そのどちらもすごく好きでした。『SF/ボディ・スナッチャー』はオリジナルに敬意を表していて、オリジナルの最後の場面で俳優が逃げ惑うところから始まります。その当時の俳優がちゃんと出てきてね。そういう演出も好きだった。

映画『SF/ボディ・スナッチャー』
SF/ボディ・スナッチャー フィリップ・カウフマン 1978年|アメリカ|105分 宇宙から飛来した侵略生物が、人体を複製し、入れ替わっていく。その事実を知ったマシューは……。©︎INVASION OF THE BODY SNATCHERS ©︎1978 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

 最近のホラーも観てますよ。でもがっかりすることが多いかな。2018年にロンドンへ行ったとき、映画館の前を通ると怖そうな映画を上映していて、それが『ヘレディタリー/継承』だった。帰国後に観たんだけど、定石どおりで怖くなかった、と思うのは少数派か……。悪霊ものは出尽くしたと思いますね。その点、『哭声/コクソン』は斬新でした。悪霊の本質を描いていたのは『エクソシスト2』。リチャード・バートン主演。名優の出ているホラーは逸品です。

プロフィール

細野晴臣

ほその・はるおみ|1947年、東京都生まれ。音楽家。はっぴいえんど、YMOでの活動やソロワークスを通じて、多彩な音楽を生み出す。7月にはSKETCH SHOWの過去作品がアナログで発売された。