カルチャー

映画の“嘘”について考える。Vol.4/大川景子

『クローズ・アップ』(アッバス・キアロスタミ)

2026年4月24日

lustration: Shigokun
text: Keiko Okawa
edit: Keisuke Kagiwada

 毎月ひとつのテーマを掲げ、4人の執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。4月のテーマはエイプリル・フールにちなんで”嘘”。今月最後の執筆者は、『旅と日々』『SUPER HAPPY FOREVER』などの編集を手掛ける大川景子さん。アッバス・キアロスタミ監督の『クローズ・アップ』を取り上げてくれた。

『クローズ・アップ』/大川景子

『クローズ・アップ』(1990年)の主人公サブジアンは、バスで隣に座った婦人から読んでいた本について質問され、自分はこの本を書いた映画監督モフセン・マフマルバフだと名乗ってしまう。信じ込んだ婦人は彼を自宅に招き、彼は監督になりすましたままニセの映画製作にまで家族を巻き込み始める。サブジアンの嘘は純粋に映画と監督への憧れから生まれたものだったが、そんな動機は誰にも信じてもらえない。逮捕された彼は盗みか何かの目的で一家を騙したと疑われ、詐欺容疑をかけられる。

 雑誌の記事でこの事件を知ったキアロスタミ監督は、サブジアン本人を主人公に据え、映画『クローズ・アップ』を作った。拘置所や裁判のシーンは実際の記録。そして事件の発端であるバスのシーンやアーハンハー家での事の次第は、本人たちの再演によって描かれる。

 キアロスタミが拘置所にいるサブジアンにはじめて会いに行く面会シーン。すでに詐欺の容疑を認めてしまったのにサブジアンは「違います」と言う。「自供したのにですか?」「では本当は?」と問いかけるキアロスタミに「外からは詐欺に見えたのです」と答える。キアロスタミを真っ直ぐに見つめ「映画や芸術の仕事に興味があっただけです」とサブジアンが呟く時、カメラはサブシアンの切実な表情をクローズアップで捉えている。肉眼なら相手にぐっと顔を近づけなければ見られない距離に、カメラのレンズはゆっくりとズームする。サブシアンの前に座るキアロスタミでさえ彼の顔をこんな風に見れていないだろう。

「裁判では 私の言い分は通らないでしょう」「きっと駄目です」とサブジアンは嘆く。自分がやったことは、証言や証拠によって白黒つける場では理解してもらえないとわかっているのだ。その表情はとても堅い。

 数日後、モノクロで撮影された裁判のシーン(実際のこの事件の公判を記録したもの)で、キアロスタミはまずサブジアンに二台のカメラについての説明をする。一台はクローズアップ用、もう一台は法廷全体の様子を撮るためのもの。クローズアップ用のカメラを置く主旨が理解できないサブジアンにキアロスタミは丁寧に説明をする。「このカメラを設置したのは他の人には信じてもらえないような事がある時、ここに向かって説明してもらうためです」「動機を話したい時や何かを訴えたい時にもこのカメラを見てください」。カメラはあなたのそばにいて、真実をちゃんと見つめています。そんなメッセージに聞こえる。面会室で聞いたサブジアンの話に、キアロスタミは一つの方法で応えているのではないだろうか。

“外からはそう見えるかもしれないが本当はそうでないこと”法的には真実ではないとしても映画にしか描けない真実。キアロスタミはフィクションとノンフィクションを織り交ぜてそんな境地をみせてくれる。

プロフィール

大川景子

おおかわ・けいこ|映画編集者。これまで携わった作品に『夜明けのすべて』『SUPER HAPPY FOREVER』『海辺へ行く道』『旅と日々』など。編集を手掛けた天野千尋
監督作『マジカル・シークレット・ツアー』が、6月19日より公開される。

作品のあらすじ

『クローズ・アップ』

アッバス・キアロスタミ監督 

『桜桃の味』『友だちのうちはどこ?』などで知られるイランのアッバス・キアロスタミ監督が、実際に起きたなりすまし詐欺事件を題材に、事件の当事者による再現映像とドキュメンタリー映像を交差させて描く。