カルチャー
映画の”革命”について考える。Vol.2/鷲谷花
『逆襲獄門砦』(内田吐夢)
2026年5月8日
illustration: Shigokun
text: Hana Washitani
edit: Keisuke Kagiwada
毎月ひとつのテーマを掲げ、4人の執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。今月のテーマは、1968年にパリで巻き起こった五月革命にちなんで”革命”。2週目の執筆者は、『姫とホモソーシャル 半信半疑のフェミニズム映画批評』の著者である映画研究者の鷲谷花さん。日本映画が誇る巨匠、内田吐夢監督の『逆襲獄門砦』を取り上げてくれた。
『逆襲獄門砦』/鷲谷花
「革命」を実地に体験した日本映画史上の「巨匠」としては、まずは内田吐夢を挙げるべきだろう。大日本帝国の敗戦の日を満洲で迎えた内田吐夢は、「満洲国」の崩壊、ソ連軍の侵攻、そして中華人民共和国の建国と、既存の世界が暴力的に覆され、そこから新たな社会が建設される「革命」の現場に居合わせた。
新中国に数年間「留用」された後、1953年に日本に帰国した内田は、東映京都撮影所の『血槍富士』で「巨匠」としての復活を果たした。『血槍富士』と同じく片岡千恵蔵主演の東映時代劇『逆襲獄門砦』(1956年)は、フリードリヒ・シラーの戯曲『ヴィルヘルム・テル(ウィリアム・テル)』の翻案で、舞台を14世紀初頭のスイスから、戊辰戦争期の日本へと移している。片岡千恵蔵の役は弓の名人の猟師照蔵(通称「テルどん」)、月形龍之介の演じる暴虐な代官に、千恵蔵の実子植木基晴の演じる幼い息子の頭に載せたリンゴならぬミカンの的を矢で射抜くことを強要され、煩悶しつつ矢を放ち、見事ミカンに命中させる。
公開当時、『逆襲獄門砦』は、中国革命を現地で体験してきた監督による「革命」の映画としても受容された。とりわけ、ラストシーンで、百姓一揆に追い詰められ、命からがら小舟で水上に逃れる代官たちの姿には、中国共産党に敗れて大陸を追われ、海を渡って台湾に逃げた蒋介石のイメージが重ねられた。
『逆襲獄門砦』の山村民が中心となる民衆革命のイメージは、1951-52年頃の日本共産党の武装闘争路線の革命構想とも重なっていた。各地の山村にパルチザンの拠点を設け、地域支配を確立すべく、工作隊・遊撃隊が送り込まれたが、GHQによる農地解放を経た村々には、暴虐な大地主も、闘争か窮死かの瀬戸際に追いつめられた民衆も概ね不在であり、革命をめざす工作は不発に終わった。
日本における山村からの革命の夢が挫折した後に作られた『逆襲獄門砦』は、民衆の勝利を寿ぎつつ、敗者の存在感も濃い作品となった。幕府の代官脇群大夫(月形龍之介)は、徳川の威光を象徴する葵の紋の陣笠を往来に掲げ、通行する民に土下座を命じる。『ヴィルヘルム・テル』の、ハプスブルク家のスイス支配を強化すべく送り込まれた代官ゲスラーが、王家の威光を象徴する帽子にひれ伏すことを、スイスの民衆に強いる場面の翻案ではあるが、滅びゆく政権に忠誠を尽くさねばならない自らの立場への自覚が、脇群大夫をゲスラーから決定的に隔てる。
徳川幕府はすでに崩壊の瀬戸際にあるが、それを知りながらも、脇群大夫は、もはや空虚な象徴にすぎない葵の紋の陣笠を、民に向かって傲然と掲げつづける。そのようにして、滅亡に向かう政権の威光を、最期の瞬間まで代行しようとする人物を、内田吐夢は現実の世界でも知っていたかもしれない。それは、「満洲国」建国の黒幕であり、満洲映画協会(満映)で内田吐夢の上司でもあった甘粕正彦である。
『ヴィルヘルム・テル』のゲスラーはテルに射殺され、現実の甘粕正彦は敗戦時に服毒自殺をとげた。しかし、『逆襲獄門砦』の、一揆を起こした民衆が代官屋敷に押しかけるクライマックスでは、代官は湖に小舟を漕ぎ出して逃げのびる。照蔵以下の一揆の衆は、代官一行を追い詰めようとはせず、ただ大笑いして見送る。映画は、内田吐夢演出ならではのダイナミックな屋台崩しをもって終わり、一揆の衆が、本格的に建て込まれた代官屋敷のセットに縄をかけて一斉に引き、人力のみで引き倒す。重々しい屋根が瓦をまき散らしつつ崩れ落ちると、その向こうには代官が逃げていった湖が広がり、そこに「終」のエンドマークが重なる。
『逆襲獄門砦』の「革命」は、血の粛清ではなく、ほがらかな笑い声で一段落する。娯楽性に徹する東映時代劇らしいラストシーンでもあるが、そればかりではない切実な重みも宿る。それは、「甘粕正彦」の罪の重さを知りつつ、彼もまた生きて解放されることを願う情念の重みではないのか。『逆襲獄門砦』の「革命」は、虐げられた民を解放するばかりではなく、暴虐な権力者をも死に至らしめることなく、滅びゆく権力を無理に代行する虚しい責任から解放する。最後の最後に、広々とした水の上に逃れた月形龍之介の代官は、必死で保ってきた威厳を捨て、命を惜しんで慌てふためく人間らしさをかいま見せる。内田吐夢作品の「水上」とは、罪がきびしく問われる場であり、そして解放の場でもある。
プロフィール
鷲谷花
わしたに・はな|映画研究者。近年は昭和期の幻灯(スライド)に関する調査研究活動と、現物のフィルムと幻灯機による上映活動にも取り組む。『姫とホモソーシャル 半信半疑のフェミニズム映画批評』は、第45回サントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受賞した。
作品のあらすじ
『逆襲獄門砦』
内田吐夢監督
明治維新前夜の日本。幕府代官の暴政に怒れる農民たちが、猟師の熱情に駆られて一揆を起こす。フリードリヒ・シラーの戯曲『ヴィルヘルム・テル(ウィリアム・テル)』を題材に、名匠・内田吐夢監督と片岡千恵蔵が贈る一大スペクタクル映画。
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