カルチャー

映画の”革命”について考える。Vol.3/廣瀬純

『雲から抵抗へ』(ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ監督)

2026年5月15日

illustration: Shigokun
text: Jun Hirose
edit: Keisuke Kagiwada

 毎月ひとつのテーマを掲げ、4人の執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。4月のテーマはエイプリル・フールにちなんで”嘘”。1週目は映画ポッドキャスト『PARAKEET CINEMA CLASS』でもお馴染みの廣瀬純さんが、ジャン=マリー・ストローブとダニエル・ユイレ監督による『雲から抵抗へ』を取り上げてくれた。

『雲から抵抗へ』/廣瀬純

 ソ連のアフガニスタン侵攻によって「新冷戦」が始まった1979年、ダニエル・ユイレ(正しくは「ユイエ」)とジャン=マリ・ストローブは二部構成の『雲から抵抗へ』を発表する。第一部は、チェーザレ・パヴェーゼが1945年のイタリア解放直後に執筆を開始し47年に発表した『異神との対話』全27篇から6つの対話を翻案したもので、第二部は、イタリアも含む12カ国によって北大西洋条約機構(NATO)が創設された49年に同じ作家が執筆し、50年の自殺直前に発表した小説『月と篝火』を原作としている。第一部では、ギリシャ神話の登場人物たちが神々と人間との関係などについて議論し、第二部では、45年の解放後、米国からピエモンテ州の村に帰郷した主人公が幼馴染から、パルチザン運動など、戦中の村での出来事について話を聞く。

 第一部が浮かび上がらせるのは、ギリシャ神話の成立によって、神々、野生、人間の三者が混交する一元的世界が破壊されて、神々と人間とのあいだに隔たりが導入され、かつ、人間が野生の力を獲得するための基盤が失われたという事態だ。最後の対話に至って人間自身も事態を自覚し、抵抗を開始する。抵抗は、神々と人間との分離に対するだけのものではない。雇用主と労働者との分離に対するものでもある。神々が高みから人間を眺め、人間の苦しむ姿を見せ物として楽しむことができるのは、人間たち自身のあいだに雇用主が出現し、人間の大半が労働者として悲惨を生きることになったからだとされる。

 眼差すことは搾取することである。抵抗は、一方的な眼差しの対象にされた人間が、神々および雇用主を眼差し返すことで、自らも、眼差しの主体として立ち上がることに存する。第二部で語られる戦中の北イタリアでの共産党を主体としたパルチザンによる反ナチス・反ファシスト武装闘争は、第一部の最後で開始された抵抗の継続だ。しかし、第二部の最終シーンでは、抵抗を問いに付す新たな要素が導入される。幼馴染から主人公は、主人公がかつて住み込みで働いていた農家の末娘サンタがパルチザン活動に身を投じたこと、しかし、闘争を裏切っていた事実が発覚して処刑されたことを知らされる。批評家セルジュ・ダネはこの裏切りに、男性の論理に基づいて組織された抵抗に対してその内部から抵抗する女性の姿を見出している。

 眼差しの対象にされた者が眼差しの主体として支配者と同列に立つだけでは、一元的世界の解体の要因そのものだった「眼差し」を温存させることにしかならない。パヴェーゼからすれば、だからこそ、共産党主導の闘いによって解放されたはずのイタリアがマーシャル・プランによっていとも容易く米国に飼い慣らされ、資本主義軍事同盟の創設メンバーにまで成り下がってしまったのであり、ユイエとストローブからすれば、だからこそ、人間が野生の力を回復するという共産主義の理念とはもはや何の関係もない東西対立が続いているということになる。

 絶望のうちに自殺したパヴェーゼからそれでもユイエとストローブが引き出したのは次のような希望だ。すなわち、「抵抗」が「革命」に転化するには、それが内部から裏切られなければならないが、「抵抗」自体がすでに「革命」を裏切っている以上、その裏切りは必然的に起こる。

 すでに第一部では、男性として生まれ7年間女性だった後に盲目となった預言者テイレシアースがオイディプスに、自分と同様、女性になること、そして、それを通じて眼差しを放棄することを勧めている。「私のように目の見えぬ者には、すべての岩は衝撃以外のなにものでもない。岩は言葉では触れ得ず、出来事は名を持たない」。眼差しの止揚こそが人間に「岩」すなわち野生との無媒介的関係を取り戻させるのである。

プロフィール

廣瀬純

ひろせ・じゅん|龍谷大学教員。専門は哲学、映画批評。著書に『監督のクセから読み解く名作映画解剖図鑑』『シネマの大義』『資本の専制、奴隷の叛逆』『暴力階級とは何か』『絶望論』『シネキャピタル』など。

作品のあらすじ

『雲から抵抗へ』

ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ監督

イタリアの作家チェーザレ・パヴェーゼの未完の神話的対話篇集「レウコとの対話」の6篇「雲」「キマイラ」「盲人たち」「狼人間」「客」「火」を映画化した第一部と、パヴェーゼ最後の長編小説「月と篝火」を圧縮再構成した第二部からなる。