カルチャー

映画の”アウトドア”について考える。Vol.2/月永理絵

『冬の旅』(アニエス・ヴァルダ)

2026年8月21日

illustration: Shigokun
text: Rie Tsukinaga
edit: Keisuke Kagiwada

 毎月ひとつのテーマを掲げ、4人の執筆者にそれにまつわる映画エッセイを寄稿してもらう「映画の〇〇について考える。」。今月のテーマは、夏休みということで、”アウトドア”。著書『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』で知られる月永理絵さんが、アニエス・ヴァルダ監督の『冬の旅』を紹介してくれた。

『冬の旅』/月永理絵

「彼女は海から生まれてきたようだった」。冬の海でひとり裸で泳ぐ若い女の姿に、誰かの声がナレーションとして被せられる。そんなはずはないとわかっていても、光の中で水を浴びる彼女の不思議な美しさに、たしかにそうかもしれないと信じたくなった。

アニエス・ヴァルダ監督『冬の旅』(1985)は、サンドリーヌ・ボネール演じるモナという若い女の無惨な死から幕を開ける。大きなリュックを背負い、たったひとりで路上を歩き、野宿をしながら放浪生活をしていた彼女の死体は、小さな村の畑の溝で見つかった。なぜ彼女はこんな死に方に至ったのか。いったい彼女はどこから来たのか。映画は、生前に出会った人々の証言を通じて彼女が死に至るまでの軌跡を浮かび上がらせる。けれどそれらがひとつの像を結ぶことはない。大学を出たあと秘書として働いていたとか、誰かの下で働くのが嫌になり路上生活を選んだという情報が断片的に語られたりもするが、真実かどうかはよくわからない。わかっているのは、彼女が管理や支配を嫌い、気が向くままに放浪を続けていたことだけ。そんな彼女を、「海の中から生まれてきたようだ」と評した人の気持ちがよくわかる。勇敢で、自由で、まっすぐに前を見つめる顔は気高さに満ちていて、まるで人間の姿を借りて現れた精霊のようだったから。

とはいえ、女がただひとり放浪生活をするには、世界はあまりに危険に満ちている。家を持たないモナの身には、飢えや寒さ、暴力が否応なく襲いかかる。彼女の履くブーツが無残なほどに壊れ、爪が真っ黒に汚れていくまでの時間を、カメラはただそのままに映す。それでも、枯れた草木の間をまっすぐに進んでいく姿に、道端にぼろぼろのテントを立て好きな時間に寝起きする生活に、憧れに似た気持ちが湧いてくる。

劇中でモナと出会った人々はみな、彼女の存在によってさまざまな感情を呼び起こされる。大量の垢と悪臭をまとった姿に、多くの人は嫌悪感や恐怖を覚え、他人の目を気にしない様子に強い憎しみを抱く。一方で、家を持たず、最小限の荷物で移動して歩くモナを羨望のまなざしで見つめる人々もいる。自分も家族の世話や仕事を手放し、誰の目も気にせず自由に外を歩けたら。野生動物のように自然の中へ飛び出していけたなら。モナの姿に自由と解放を感じ取ったのは、女性や外国人たちだ。

社会のルールから逸脱し、思うがままに生きる。モナが見せてくれたアウトサイダーとしての生き方は、結局、自然の厳しさと社会の暴力のなかで行き詰まる。けれど、冬の寒々とした景色のなか、まっすぐに前を向き黙々と道を歩き続ける彼女の姿を、私は忘れることができない。

プロフィール

月永理絵

つきなが・りえ|ライター、編集者。「朝日新聞」「週刊文春」「週刊エコノミスト」などで映画評を執筆。ほか映画関連のインタビューや書籍・パンフレット編集など多数。YouTube番組「活弁シネマ倶楽部」のMCを務める。著書に『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』(春陽堂書店)。

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作品のあらすじ

『冬の旅』

寒い冬の日、フランスの片田舎の畑で凍死体が発見される。ヒッチハイクをしながら放浪の旅を続けていたという彼女の名前はモナ。まだ18歳だった。映画はそんな彼女が命を落とすまでの数週間の道程を、彼女が路上で出会った人たちの証言を通してたどっていく。