カルチャー
「リンダリンダ」と撮影できない展覧会
文・村上由鶴
2024年11月30日
text: Yuzu Murakami
「ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない美しさがあるから」と甲本ヒロトが歌ったのは1987年ですが、現在のように写真技術が一般化し、簡易化した今でも、これは確かなことだなと思います。
写真を撮れば撮るほど、思った通りに写らなくてなんだかもどかしいような気持ちがすることってあるし、写真を撮れない状況だからこそ感じられる美しさもあるように思います(なお、ヒロトが歌っていたのは写真技術によって捕まえることができない「美しさ」の話ではなくて、いわゆる「見た目の美しさ」の話だろう、というのは重々承知です)。
と、いうことを最近感じたのは、銀座メゾンエルメス フォーラムで開催中の展覧会「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」を見た時。わたしとほぼ同タイミングで入場した別のお客さんが、会場に着くやいなや写真を撮り始めたところで即座に係の方に制止されていたので、「写真禁止なのね」と気がついたのですが、私自身はそのあと、写真撮影ができない状況だからこそ作品の鑑賞に集中できているように感じたのです。でも、他方で「これは確かに撮影したくなる展覧会かも」とも思ったのでした。
内藤礼の作品/展覧会というのは、「写真には写らない美しさ」をかなり繊細に体現していると思います。
展示室には細いひも、小さい鏡、毛糸で作られた小さなポンポン、小さな木彫…などなどが、ぽつりぽつりと置かれています。それらは、通常、美術館やギャラリーで見る一般的な作品よりも、小さくて心もとない。そもそも小さいし細いから「見えにくい」。もちろんそういう存在だからこそ語りかけてくるものがあるのは確かです。特にある場所に設置されたとても小さい鏡は、鑑賞者であるわたしが動くことによってその鏡が光を反射してチラチラ点滅して見えるという代物で、控えめだけど、鑑賞者を振り回すタイプの作品といえるでしょう。そしてこれらは、「どう感じたらいいのかわからない」と困惑させてくるタイプの作品でもあるのではないでしょうか。
ですから、こういう作品や展覧会に直面した時のほうこそ、「とりあえず写真撮っておくか…」という気持ちになってしまうということもきっとあるのではないでしょうか。そして、そういう人たちの投稿によって近年の展覧会はSNSを通じて集客できているというのも事実です。(なお、これは展覧会で作品を撮影スポットにして「アートを見ている自分」的写真を撮っている人の話ではありません。)
この連載ではこれまでも美術館やギャラリーで写真を撮ることについて書いてきました。例えば「熱狂の偽造」では、感動しているふりをするための「社交辞令的な撮影」があるんじゃないか、ということを書きました。
今回の銀座メゾンエルメス フォーラムでの内藤礼の展覧会を見て思ったのは、昨今、写真を撮ることは「その場で鑑賞して考える」ことのアウトソーシングにもなっているのではないか?ということ。
「どう感じたらいいのかわからない」作品であっても、それを撮影するという行為を経れば、その作品を「見た」という経験をより強固なものにすることができますし、後から見返すこともできます(実際には見返すことなんかなくても)。
ですから、写真を撮れない展覧会である本展は、じっくり見ること、味わうこと、考えることを、カメラという機械の眼にお任せすることを封じられている環境になっているとも言えるでしょう。
内藤礼に限らず、例えば、ドナルド・ジャッドやロバート・モリスなどに代表されるミニマリズムとか、カジミール・マレーヴィチが推し進めたシュプレマティズムの作品は、見た目がとってもシンプルでクールである一方、自力でじっくり見たり、味わったり、考えたりすることがしづらいと思います(わたしの場合は、日常の光景を写した「なにげない」系の写真作品も、「どう感じたらいいのかわからない」と困惑させてくる作品でした)。
そういう作品への反応として、ついカメラ(スマホ)を自分と作品の間に介在させてしまうことがあるのではないでしょうか。わたしはそういう反応を、正直なところそこまで否定できないなと思うのです。
ところで内藤礼は、展覧会という、必ず終わってしまう発表の方法について、インタビューでこのように語っています。
「以前から展覧会というものの残酷性を考えてきました。私は空間と関わる展示が多く、パーマネント作品もありますが、基本的に展覧会が終われば二度と見られない作品を40年近く作ってきました。自分にとって大切なものが目の前にあるのに、それを自分の手で壊して消さないといけない。でもそれゆえに個人を超えて流れていく「時間」というものを、いっそう意識せざるを得ませんでした」。
この言葉に対して、「写真がその展覧会を残す助けになりますよ」ということも言えそうな気もしますが、これは的外れということになるでしょう。内藤にとっては、写真的な強引な延命による「仮設の時間」は仮設にすぎない、信頼に足るものではないのかもしれません。これを踏まえて内藤礼の作品を思った時、「写真には写らない美しさがあるから」というヒロトのがなり声が、私の頭の中で再生されてしまいます。
もし、ある作品を全くわからない!という人が、写真を撮ることでその作品と関係を持つことができたなら、それが鑑賞のアウトソーシングであっても、作品を通じたコミュニケーションではあるようにも思います。が、ここでは「写真撮影不可」は鑑賞体験のデザインとして、内藤からのとても大きなメッセージとしても機能しているのですね。
もちろん、写真にしか写らない美しさもあるということも、最後に付け加えておきたいと思います。じゃあその写真にしか写らない美しさってなんなのよって話は、またそのうち。
展覧会「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」の会期は2025年1月13日までです!
ではまた!
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