カルチャー
写真の写真を撮る–アクスタ写真論
文・村上由鶴
2023年11月30日
text: Yuzu Murakami
実はパンケーキが好きです。
ブームは落ち着いて久しいように思いますが、わたしは変わらずパンケーキ屋さんへたびたび足を運んでいます。比較的デコレーションのない、プレーン寄りのパンケーキを口に入れ、鼻からぬけるバターの香りを楽しむのが最高のひとときです。
さて、大行列が落ち着いたとはいえ、近年のパンケーキ屋さんは、パンケーキを食べたいがためではなく、別の目的の場所になっているように見えます。
というのは、わたしが鼻からぬけるバターの香りを楽しみながら、店内になにげなく目をやるとき、パンケーキを背景に「推し」のアクリルスタンドの写真を撮っている人をほぼ毎回といっていいほど目にするからです。
これはカフェやクレープ屋さんなども同様ですが、これらのお店が混雑しているのは、どうやらアクリルスタンドと、食べ物の写真を一緒に撮ることが目的になっているからみたいです(知らない人は各種SNSで「#アクリルスタンド」、「#アクスタ」等で要検索)。
この「アクリルスタンド」のカルチャー、写真論の観点からよくよく考えると、ちょっと不思議な現象です。
アニメや漫画などのキャラクターは例外として、基本的にアクリルスタンドは、「推し」の全身写真をアクリルで挟み込み、平面の手のひらサイズのパペットにしたもの。公式グッズとして販売されている場合もあるし、ファンが個人所有するお気に入りの「推しの写真」をアクリルスタンドにできるサービスもあります。現代の「推し」カルチャーのなかでは、そのアクスタを、ライブ会場や飲食店や旅先など、出かける先々に持って行き、写真に撮ることが「推し活」のひとつとして定着しています。
が、この活動、ドライに言ってしまえば「写真の写真を撮る行為」。
そして、この「推し活」を支えている昔ながらの写真観が、わたしはどうしても気になってしまうのです。
その「昔ながらの写真観」とはなにかというと、写真を生身の人間の「分身」とする感覚。
ちなみに現在公開中の映画「ゴジラ -1.0」でも、亡くなった人の写真が小道具としてたびたび登場し、物質性を伴った亡霊としての写真が、主人公を追い詰める様子が描かれていました。
このように映画「ゴジラ -1.0」に限らず、例えば戦争映画などでは、肖像写真(ポートレート)がそこに写った存在の分身のようなものとして(感動的に)描かれることが定番でした(そのことについては、この記事で書いています)。
とはいえ、最近は、実際、物質を伴った状態の写真を大切に扱う機会自体がとても少なくなっています。もちろん、1枚や2枚くらいは、データではなくモノとして大切にしたい写真があるかもしれませんが、一般に写真は、いま、ほとんどデータとして扱われるものであることは明白です。
しかしそのなかでアクスタは、「ビジュ(=ビジュアル)」が最高に仕上がった推しの写真が傷まないようにアクリルでカバーされたものであり、推しの分身となってさまざまな場所に「同行」するのです。
それを写真に撮ることは、当然、SNSでの「推し活報告」のため。
ですが、冷静になると、推しの写真(のデータ)を持ってさえいれば、アプリを使ってどんな風景写真のなかにでも推しを合成することが簡単にできますし、推しそっくりのAIアイドルすら生成できるのが現代です。
つまり、わざわざ写真を出力(プリント)し、アクリルでカバーし、色々なところに物体として持っていけるようにしてある推しのアクリルスタンドというものは、実は技術の進歩には逆行したアイテムです。
加工も、合成も、そして生成も簡単な現代なのに、実体のあるアクスタを持ち運び、さらにそれを実直に写真に撮る。なぜ、「アクスタ推し活」ではこの面倒をあえて行うのでしょうか?
その理由は、このアクスタ推し活における「写真」がどのような意味を持っているかに関わっています。
アクスタ推し活では、写真を撮るまでの間に実体としてのアクスタと共に目的地までの距離を移動したこと、そしてあらゆる目的地に推し(の分身)を連れて行ったことを匂わせる「どこでも一緒」感が重要です。これはつまり、推しへの愛の重さ・深さを示すものとして、写真が機能していることを示しています。
いわば、写真には撮影していない時間ごと、その推しへの愛を表現するのが、アクスタ推し活なのです。
くわえて興味深いのは、遠近法を利用して、等身大の「推し」と、並んで写真を撮っているかのように見せるようなトリックアート的アクスタ写真。
持参したアクスタがあくまで「分身」で、「本人」ではないことは織り込み済みなのに、わざわざどこかに出掛けて行き、フォトスポットで「2人」の写真を撮るこのトリックアート的アクスタ写真からは、アクスタの「携行」はすなわち「デート」でもある、とでも言うような熱く深い愛を感じずにはいられません。
もちろん、このような全力の「アクスタ推し活」自体から距離をとり、皮肉りつつもアクスタとの暮らしを楽しんでいる方々もいらっしゃいます。
しかしながら、それほど一般化しているアクスタの流行は、推しの加工も、合成も、生成もできる今、むしろ改めて「写真を持ち運ぶ」ことの重要性が高まっていることを示しています。
そしてその写真が、データではなく、単なる紙でもなく、少しの重さや硬さなどの実体を伴ったアクスタになっていて、しかも、それが写真を撮るのに特化した形状になっていることはこれまでの写真の歴史にはなかった現象かもしれません。
つまり、「写真の写真を撮る」という流行のなかには、写真に写っていない移動の時間までを見据えた、アクリルによる推しの保護と愛が詰まっているのであり、これもまた、写真のひとつの進化なのです。
ではまた!
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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