カルチャー
セルフポートレートの攻撃力
文・村上由鶴
2022年12月31日
text: Yuzu Murakami
自分で自分を撮ることを、最近では「自撮り」とか、「セルフィー」と呼びます。
これらの言葉は特にこの10年くらいによく使われるようになってきた感じがありますが、実は「自分で自分を撮る」という手法自体は、「セルフポートレート」と言われ、さまざまな写真家やアーティストたちが実践してきました。
その歴史は、世界初の写真技法まで遡ることができるほど。
世界最初の写真技法であるダゲレオタイプを発明したダゲールによる写真《タンプル大通り》には、片足をなにか台のようなものに載せた人物が写っています。当時のダゲレオタイプは、1枚の写真を撮るのに10分以上かかるものでしたから、他の人々や馬車などの動く物は像としては写っていません。そうした条件のなかで、画角のなかに留まり写真に写ることができた人物は撮影者のダゲールくらいではないか?と言われているのです。
もしこれがダゲールだったとして、わざわざ自分が写らなくても世界をとらえる写真術の発明にはなんの影響もないはず。つまり、人間には写真の最初期から自分の姿を収めておきたいという欲求があったのかもしれません。この意味で、写真は発明当初から現代のように超簡単に「セルフィー」を撮れる状態を目指してきたと言えるでしょう。
さて、日本におけるセルフポートレートの歴史のなかで重要なのは、1990年代のガーリーフォトです。
HIROMIX、長島有里枝、蜷川実花に代表されるガーリーフォトは写真業界だけでなく、広く若者文化に影響を与え大きなブームになりました。
その渦中にいた、彼女たちガーリーフォトの担い手に共通していた手法が「セルフポートレート」であり、その手法は「新しい時代の感覚」として迎えられました。
とはいえ、当時は「新しい手法」のひとつであったセルフポートレートも、いまや「セルフィー」となり一般的に気軽で身近になっています。「女性が自分で自分を撮ること自体が新しい」という30年前の感覚は、現代の感覚とは全く異なります。
では、女性写真家/アーティストによる「セルフポートレート」という手法の何が新しかったのでしょうか。
当時、というかいまでもそうした部分は少なからず残っていますが、(プロフェッショナルの)写真や美術の業界はかなり男性中心主義的でした。
例えば、昔の写真の教則本を開くと、「ポートレートの撮り方」とか、あるいは「ヌードの撮り方」なんてトピックがありますが、ここでモデルとなったのは当然女性。
物を撮る撮影のことを「ブツ撮り」と言いますが、まさにここでは女性が「ブツ」にされており、「撮る」ことや「描く」ことを実践する主体としては異性愛者の男性が想定されていました。むしろ「異性愛者の男性しか想定されていなかった」といってもいいほどです(このような状態を男性中心主義と言います)。
そのなかで、女性が自らを撮るという手法は、男性中心主義の写真業界の「撮る男/撮られる女」という関係の枠組みから逸脱する行為であり、そのうえで他の女性を「ブツ」にするのでもない、反骨精神とシスターフッドの現れとして理解することができます。
このように、当時の時代状況を踏まえれば「女性の自撮り」は、男性中心主義の社会に対して、牙みたいな、棘みたいな攻撃性を隠し持っていたのです。
しかしながら、この10年間で、セルフポートレートという「手法」自体はむしろ、特別なものや新しいものではなくなりました。セルフポートレートがかつて持っていた、トガった部分はほとんど失われたと言っていいかもしれません。
むしろ、現代のポートレートは、セルフエンパワメント。なりたい自分の実現に近くて、自分のメンタルをセルフイメージによってケアするという方法のひとつとも言えます(このことについては、Matt写真論で書いたとおり)。90年代のガーリーフォトにもそういう側面はあったようにも思えますが、いま同じことをしても、当時ほどの攻撃力を持ってはいないのです。
ですから、わたしたちのような写真の受け取り手は、セルフポートレート/自撮り/セルフィーをめぐる社会状況が変化した現代において、セルフポートレート作品を読み解くとき、この時代状況の変化を踏まえる必要があるでしょう。
セルフポートレートの作品が示してきたさまざまなメッセージに勇気をもらってきたわたしとしては、この時代状況の変化にも対応した、「気骨ある自撮り」を望んでしまうところがありますが、きっとこれからの時代の写真家(か、もしかして一般の写真ユーザー)は、想像もしなかったような方法でわたしたちの期待をいい意味で裏切ってくれるはず。
だとすると、いまや写真芸術は写真家だけで作るものではないのかもしれませんね。ではまた!
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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