カルチャー
写真に宿る邪悪なパワー
文・村上由鶴
2022年10月31日
text: Yuzu Murakami
「写真を撮る」ことについて、嫌な思い出があります。
小学生のときのこと。
よくあることですが、私が属していた女の子グループでは常にいじめ(のようなもの)があったのです。といっても、常にターゲットが同じだったということではなくて、グループを構成するのは7人のうち、その中の1人をローテーションでターゲットにして無視したり、悪口を言ったりすることで、残りの6人の一時的な仲良しグループの結束を高めるという仕組みでした。
それが写真とどう関わるのかというと、その意地悪のプロセスのなかでは、ターゲットの一人をはずしてプリクラを撮るということが、ターゲットが変わったことのひとつの合図になっていたのです。
私はそのプリクラに写ったこともあったし、写されなかったこともありました。だから、自分が写っていないプリクラをこれ見よがしに定規とか、下敷きなんかに貼るともだちや、あるいは自分が写っているプリクラが剥がされて教室の床に捨てられていることに気づいたときにはもう手遅れという状況を、骨身に染みて覚えています。
どうやらわたしはその時から、「写真を撮る」ことが誰かを仲間外れにする、排除するパワーを持つものなのだと感じてきたようです(実はいまわたしはそういう写真が持っている邪悪なパワーのいろいろについて研究している研究者です)。
といっても、コインの裏表のように、写真(プリクラを含む)は、学校、家族、職場、なんらかのチームや組織で集まったことやどこかへ行ったことの記念など、ハッピーな場面で撮影することも多いわけです。
これらはカメラを使ってある人々を枠に入れること、つまり「フレーミング」することによって「まとまり感」や「お祭り感」を作り出す「よき」ものとしての写真のありかたです。写真が残ることによって撮影当時の「まとまり感」と「お祭り感」は賞味期限が伸び、その写真から染み出すその感覚を長く味わっていける。だからこそ人は「思い出」の写真を撮るといっていいでしょう。
このように、写真には善意と悪意が表裏一体になっています。いわば「撮ることの悪さ」というのは、いつでも生じるものではないけれど、確実にそこに潜んではいるのです。
さて、この「撮ることの悪さ」問題にかかわる作品は少なくありませんが、そのなかでも議論になった重要作品が、レニ・リーフェンシュタールの写真集『ヌバ』(1973年)です。
「ヌバ」とは、アフリカ・スーダン共和国南部に暮らすヌバ族を指します。レスリングのような伝統の運動競技を持ち、身体能力を高めることに情熱を持っているので、彼らはみな肉体美を極めています。加えて、行事の時にはお面のようなペイントを顔や身体に施すので、その見た目はとにかくフォトジェニック。被写体となったヌバ族の肉体美が、リーフェンシュタールの撮影の技術によってより「高級な美」へと高められている写真集だと感じるひとも多いかもしれません。
しかし、そんなヌバ族を撮ったレニ・リーフェンシュタールは、ナチスドイツを賛美する映画『オリンピア』や『意志の勝利』を監督した人物でした。
『オリンピア』などの作品は、(ナチスドイツが排斥したユダヤ人に比べて)ドイツ人が肉体的にも精神的にも優れた民族であることが強調された、ナチスドイツのプロパガンダ映画であることがよく知られています。
しかし、プロパガンダ映画ではありながらも、革新的な撮影方法がいくつも用いられており、芸術性が高い作品でもありました(ちなみにわたしは庵野秀明監督の画面作りにも似たようなものを感じます)。
いわば、その芸術性の高さは、「ドイツ人」のための「まとまり感」と「お祭り感」を持続・強化させる効果がばつぐんだったのです(写真ではなく動画ですが)。
しかし、リーフェンシュタールは、ナチスドイツのファシズムを維持・強化するために、まさに彼女自身の芸術性によって国民たちにまとまり感とお祭り感を与えたことで、戦後は冷遇されることになります。
そうした冷遇のなかで、リーフェンシュタールが発表した写真集『ヌバ』は、ある集団の「まとまり感」や「お祭り感」というよりは、よそ者による「美の発見」というニュアンスが強いとも言えますが、この作品も批判を受けることになります。
批判意見を述べたスーザン・ソンタグによれば、ヌバ族の「高められた身体能力の称揚」という態度をこそ賛美する写真集『ヌバ』は、ドイツ人とナチスを賛美するあの映像たちと全く同じじゃないか!ということでした。
ここでは、あらゆる独裁政治で「わたしたちの昔ながらの良さ」のようなものが強調され、それが国の団結に用いられる傾向にあることを念頭に置き、『ヌバ』もまた、「人間全体に共通するわたしたちの昔ながらの良さのとしての肉体美の追及」を賛美する、「ファシズムの美学」そのものではないか、と指摘されたのです。
実際に撮影されたヌバ族の美しさは際立ったものではありましたが、その写真は、かつてドイツ人を賛美する映像を作り上げた、あのリーフェンシュタールが撮ったものであり、そのことによって「写されなかったひと」や「写されるべき美しさを持たない存在」を否定する邪悪なパワーを宿してしまったというわけです。
もちろん、リーフェンシュタール自身や彼女の支援者たちは、ナチスに協力した過去をずっと追求され続けるのは女性だからでは?これは不当!と主張してもいました(ソンタグはそれについても批判をしています)。
確かに、あるアーティストが芸術性を誤った方向に活用した過去によって、生涯ずーっと、芸術家として断罪され続けるということの良し悪しは今後検討されていくべきことかもしれません。
しかし、わたしの小学生のときの、写真(プリクラ)との悲しい思い出に引きつけるならば、にこにこ笑顔の小学生女子たちのプリクラであってもそれがぞっとするものとして思い出されるのは、そこに写っていない人間が否定されているからであり、リーフェンシュタールの場合は、彼女の写真(や映像)が、邪悪なフレーミングの力と切り離せない一貫した芸術性を持っていて、ナチスドイツ時代の活躍と戦後の冷遇へと彼女の人生を導い(てしまっ)たことは間違いないでしょう。
いまや誰しもが常に手のひらにカメラを持っている時代。映像と芸術性に翻弄されたリーフェンシュタールの人生はもはや他人ごとではなく、私たちが日常的に使う写真や映像の技術は、あらゆる邪悪なパワーもコミコミでこの手のなかにあるのです。
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
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