カルチャー
見慣れないでいること
文・村上由鶴
2024年4月30日
text: Yuzu Murakami
写真家にもいろいろな種類の写真家がいますが、この人は「見慣れないでいること」のプロなのだな、というタイプの人がいます。
例えば、「なんかここ見たことあるな」という場所で撮られた写真なのに、その場所がまったく様変わりして魅力的に見えたりするような写真とか、あるいは、きっと撮影者にとっては日々の光景なのだろうけれども、特別に大切に見えたりするような写真たち。そういうものを見逃さない「めざとさ」は、その写真家を特徴づける才能だったりします。
その代表格だとわたしが思っているのがホンマタカシのファション写真や『東京郊外』、佐内正史の『生きている』のような写真たち。非常〜にざっくりとしたまとめ方ですが、日本では特に、これらの作品が現代写真の方向性に大きな影響を与えたと思います。
一方で、編集や演出など、あらゆる技術を駆使して、見たことのない光景を作り出したり、特別な場所、人、ものを見つけて撮ったりするタイプの写真家もいます。そうした人たちは「見慣れないでいること」のプロというよりは誰も見慣れていないイメージを創り出すプロ、つまり大なり小なり驚かせる人ということになるでしょう。
もちろん、すべての写真家はその2つに別れるのだ!というわけではありません。そもそも「見慣れないでいる」というのは、いわば、写真家自身が小さく驚くことをやめないということ。「驚かせる写真家」だって、自分が作っているものに驚くこともあるはずですし、「見慣れないでいる写真家」と「驚かせる写真家」の間にはグラデーションがあるし、「ちょっとだけ驚かせる」こともあるし、ときに両立することもあるわけです。
わたしは実を言うと、「見慣れないでいる」系の写真家の作品がちょっと苦手でした。たいてい、そういう写真はなんてことない、ある意味では誰でも見たことのある(見たことがある気がする)光景をこれみよがしに見せてきます。(かつての私にとっては)それはなんとも退屈で、でもその退屈さを楽しめる、感受性の豊かなひとびとによる、やんごとなき、ロイヤルな遊びなのだろうと思ってきました。
ところで、この「見慣れる」ということから思い出されるのは、ファッション・フォトグラファーのダニエル・ジャクソン(Daniel Jackson)がパンデミック真っ最中、2020年にアメリカ版VOGUE(10月号)で行ったファッションシューティングです。ちなみにタイトルは「Ring, Ring, Bling, Bling」。
ジュエリーの特集ですが、ビデオ通話の画面をスクリーンショットし、それをそのまま誌面に掲載したもの。「STAY HOME」中に、他にどうしようもなかったので実施された撮影方法だったのでしょうが、ビデオ通話がみんなにとってはまだ日常ではなかったころ、その光景にみんなが見慣れてしまう前に「ファッション写真として」これを世に出したのは、とてもスピード感のあるチョイスでした。
わたしはコロナ禍があけてからも、この写真が好きで時々思い出すのですが、2024年の今、こうしたビデオ通話は仕事のなかでは日常的なオプションになり新鮮なものではなくなってしまいました。ですから、もし今これが誌面に載ったとしたら、この撮影方法は「なんで今?」となってしまうはず(「なんで今?」とならないためには、プラスαが必要ですね)。あまりに見慣れたものになってしまったし、ダニエル・ジャクソンはそれを見越していたのかも。つまりは先手必勝です。
でも、実はコロナ禍以前から、Macのディスプレイのスクリーンショットをそのまま作品とするような写真表現のトレンドがありました。その先駆者のひとりがおそらくチャーリー・エングマン(Charlie Engman)です。
彼は、パソコンのディスプレイの中にいくつかのウィンドウを開いたときに、イメージが重なり合った状態をコラージュのようにとらえた写真作品を作っています。
そんな表現方法を象徴するのが、彼自身のウェブサイト。ぜひ体験してほしいのですが、彼のウェブサイトは、パソコンのディスプレイ上やPhotoshopの操作画面などでイメージが重なり合うこと、それ自体の面白さを強調した作りになっています。
それを見ていると、Webブラウザごと、なんなら自分のパソコンのディスプレイ全体が作品になっているかのように感じられます。そして、自分がいかにディスプレイを見慣れてしまっていたか、ということに驚いたりもするわけです(私もこのテキストを書いているWordのウィンドウに影がついていることに改めて気が付きました)。
このように、写真家が「見慣れないでいる」ことによって、それを見るわたしたちが「見慣れちゃっていた!」と驚かされることは、写真を鑑賞する楽しみの基本でありながら核となる経験かもしれません。
そして、自分の心に写真家を飼う(つもりでカメラを買う)と、見慣れた場所や人に対して「意外と素敵かも」と思うことができたりもするわけですね。そう思うと、写真家というのは、いかに「見慣れないでいるか」を究める、他者の視線と馴れ合わない人…。改めて、非常にストイックな仕事だと思うのでした。ではまた!
プロフィール
村上由鶴
むらかみ・ゆづ|1991年、埼玉県出身。写真研究、アート・ライティング。日本大学芸術学部写真学科助手を経て、東京工業大学大学院博士後期課程在籍。専門は写真の美学。光文社新書『アートとフェミニズムは誰のもの?』(2023年8月)、The Fashion Post 連載「きょうのイメージ文化論」、幻冬舎Plus「現代アートは本当にわからないのか?」ほか、雑誌やウェブ媒体等に寄稿。
関連記事
![写真の人–篠山紀信について](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
写真の人–篠山紀信について
文・村上由鶴
2024年1月30日
![2023年の「写真?」を振り返る](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
2023年の「写真?」を振り返る
文・村上由鶴
2023年12月30日
![写真の写真を撮る–アクスタ写真論](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
写真の写真を撮る–アクスタ写真論
文・村上由鶴
2023年11月30日
![無遠慮と無節操の芸術](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
無遠慮と無節操の芸術
文・村上由鶴
2023年10月30日
![自分の土俵で横綱相撲](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
自分の土俵で横綱相撲
文・村上由鶴
2023年9月30日
![写真はもう、感動的に映らない?](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
写真はもう、感動的に映らない?
文・村上由鶴
2023年8月30日
![熱狂の偽造](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
熱狂の偽造
文・村上由鶴
2023年7月30日
![禁じられた斜め](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
禁じられた斜め
文・村上由鶴
2023年6月30日
![土門拳と、続・写真「薄い」問題](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
土門拳と、続・写真「薄い」問題
文・村上由鶴
2023年5月31日
![ティルマンスと「写真薄い」問題](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
ティルマンスと「写真薄い」問題
文・村上由鶴
2023年4月30日
![Y2Kとコンデジの質感](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
Y2Kとコンデジの質感
文・村上由鶴
2023年3月31日
![冷蔵庫の熱いエモーション](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
冷蔵庫の熱いエモーション
文・村上由鶴
2023年2月28日
![いま、写真に証明できるものはあるか?](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
いま、写真に証明できるものはあるか?
文・村上由鶴
2023年1月31日
![セルフポートレートの攻撃力](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
セルフポートレートの攻撃力
文・村上由鶴
2022年12月31日
![スクショは写真なのか](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
スクショは写真なのか
文・村上由鶴
2022年11月30日
![写真に宿る邪悪なパワー](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
写真に宿る邪悪なパワー
文・村上由鶴
2022年10月31日
![追悼:ウィリアム・クラインについて](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
追悼:ウィリアム・クラインについて
文・村上由鶴
2022年9月30日
![セルフィー・エンパワメント ー Matt氏に象徴される現代の写真論](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
セルフィー・エンパワメント ー Matt氏に象徴される現代の写真論
文・村上由鶴
2022年8月31日
![写真のイデオロギー 信奉と冒涜のあいだ](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
写真のイデオロギー 信奉と冒涜のあいだ
文・村上由鶴
2022年7月31日
![写真に撮れないダンスから考える「見る」経験のいろいろ](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
写真に撮れないダンスから考える「見る」経験のいろいろ
文・村上由鶴
2022年6月30日
![感受性スーパーエリート?ロラン・バルトの写真論『明るい部屋』を噛み砕く](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/01/otototi.jpg)
カルチャー
感受性スーパーエリート?ロラン・バルトの写真論『明るい部屋』を噛み砕く
文・村上由鶴
2022年5月31日
![ハッキングされているのは写真でありわたしであるー純粋に写真を見れると思うなよ](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/otototi.jpg)
カルチャー
ハッキングされているのは写真でありわたしであるー純粋に写真を見れると思うなよ
文・村上由鶴
2022年4月30日
![写真をめぐる「・・・で?」の壁と「写真賞」](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/01/otototi.jpg)
カルチャー
写真をめぐる「・・・で?」の壁と「写真賞」
文・村上由鶴
2022年3月31日
![スーパーアスリートとしての写真家ー「写真的運動神経」論](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/01/otototi.jpg)
カルチャー
スーパーアスリートとしての写真家ー「写真的運動神経」論
2022年2月28日
![「写真家」と文明を生きるわたしたちに違いはあるのか―「あえ」る写真論](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/01/otototi.jpg)
カルチャー
「写真家」と文明を生きるわたしたちに違いはあるのか―「あえ」る写真論
文・村上由鶴
2022年2月1日
ピックアップ
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/05/01-1-750x1131.jpg)
PROMOTION
夜にかける〈IZIPIZI〉のサングラス……?
IZIPIZI
2024年7月5日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/a98b1120712ae2558c294773114e59b3-750x750.jpg)
PROMOTION
〈DAMD〉の車に乗って、僕らしいひとり旅をカスタム。
DAMD
2024年7月8日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/BAOBAO_fin_v2.gif)
PROMOTION
〈BAO BAO ISSEY MIYAKE〉のバッグとピザと僕。最高の“三角”関係。
2024年7月8日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/1x1.jpg)
PROMOTION
〈adidas Originals〉とシティボーイの肖像。#5
Tohma Picaulima(21)_『Cosmos Juice Tomigaya』Staff
2024年7月16日
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2024/07/hh_01_1080x1080-750x750.jpg)
PROMOTION
もしものときの「118」。ドコモと〈ヘリーハンセン〉が広める、安全なマリンライフ。
2024年7月15日