ライフスタイル

私のいえは、東京 山のうえ Vol.33

社本真里の隔週日記: むかし、山のうえの暮らし2

2023年5月28日

photo & text: Mari Shamoto
edit: Masaru Tatsuki

 Tさんの昔話を聞きながら、山を歩く。80歳を超えているなんて思えないくらい、背筋がピシッとしていて、足元も軽快。(数年前にお会いしたときはもっと軽快だったけれど)昔の記憶も鮮明に覚えているし、元々学校の先生をしていたこともあってか話も上手だ。

Tさんが住んでいた家の下には桜が植えられていて、ちょうど満開の時期だった。

 道中、「ここの土、少し他より黒いでしょ? 匂いを嗅いでみて」というので、土に鼻を近づけてみると、ほんのり炭の匂いがした。聞くと、昔はこの場所には炭焼き窯があって、家族みんなで炭焼きをしていたと言っていた。山で伐った木をここへ運び、釜に並べ、高温で焼く。炭は隣町の五日市(現、あきる野市)に山の尾根を歩いて運んだらしい。Tさんのおばあちゃんは1日に4往復していたんだと教えてくれた。

 お昼、囲炉裏を囲みながら、それぞれ持参したお弁当を食べることになった。すると冷蔵庫からビールが出てきた。仕事中なので、と断ったけれど、昨日みんなが来るのが楽しみで運んだんだ(歩いて片道40~50分)と言うので、じゃあほんとに少しだけ、といただいた。

帰りにワラビでも採っていけ、というので、歩きながら少しいただいた。帰ってアクを抜いて、次の日の夕飯に。

 Tさんは飲んでばかりで昼食を食べる気配がないので「ご飯、食べないの?」と聞くと、俺はいつも腹が減ったらお供えしてある餅を食べるからいいんだと言って、畳の部屋にある神棚を指差すので、みんなで笑った。たくさんお話を聞いて、下山することになった時、お酒を飲んだから少し酔いを冷ましてから帰ることにするよ、と。その時間にトイレの水漏れでも直そうかなと言って、見送ってくれた。住む人がいなくなってしまった集落、山のうえのいえを大切に守っている人だった。マイペースな山歩きも、方言混じりの昔話も、強引なおもてなしも全て心地よい時間だった。

プロフィール

社本真里

しゃもと・まり | 1990年代生まれ、愛知県出身。土木業を営む両親・祖父母のもとに生まれる。名古屋芸術大学卒業後、都内の木造の注文住宅を中心とした設計事務所に勤め、たまたま檜原村の案件担当になったことがきっかけで、翌年に移住。2018年に、山の上に小さな木の家を建てて住んでいる。現在は村内の林業会社に勤め、山の素材の販売や街と森をつなぐきっかけづくりに奮闘している。