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世界一過酷な砂漠のレース“ダカールラリー”を体感した、3日間。
TUDOR
2026年3月9日
photo: Zachary Pina (TUDOR)
text: POPEYE
2026年4月 948号初出
「ダカールラリー2026」の舞台、サウジアラビア。
〈チューダー〉の招待で、砂漠の中で過ごした数日間は、一生忘れられない旅の記憶になった。
1月5日、僕はもうサウジアラビアの土を踏んでいた。「ダカールラリー2026」のオフィシャルタイムキーパーを務める〈チューダー〉からの願ってもいない招待で、僕が日本を発ったのは、年が明けてすぐ。成田空港から、ドバイを経由して飛行機で約16時間。ほぼ砂漠と奇岩しかない「アルウラ」に到着した。ダカールラリーとは何か? と聞かれたら、まずこう答えたい。世界で最も過酷な砂漠のモーターレースだと。約2週間をかけて数千キロに及ぶ灼熱の砂漠や岩場を二輪、四輪、トラックなど様々なマシンが走破しタイムを競う。完走率はエントリーした台数の内、なんと3割〜5割程度。走り切ること自体が難しい1978年から続く伝統イベントだ。
’26年大会はとにかくスケールが大きい。15日間、ほぼ1日1ステージの全13ステージで構成され、現地に立っていると、自分が見ている光景が巨大なレースのほんの一部にすぎないことを思い知らされる。僕が観戦したのは2日目と3日目で、ヤンブーからアルウラへ向かう区間。ステージにはそれぞれ個性があり、まるでレーシングゲームのように攻略法が異なる。この日は、岩山と谷が入り組み、ドライバーたちのテクニックが求められるセクション。単純な速度よりも、判断力とライン取りが問われる内容だった。
現地の空気は、想像以上に乾いていて、立っているだけで喉が渇く。鼻に届くのは、どこか運動場を思い出す、懐かしい砂埃の匂い。不思議と不快じゃあない。音がほとんど存在しないこの環境は、都会の時間軸から完全に切り離された感覚をもたらす。でも、その静寂は突然破られる。遠くから低く唸るエンジン音が届き、やがて爆音となって眼前を通過していく。通り過ぎるのはほんの一瞬。岩山の谷間を縫うように疾走するマシンの姿は強烈に記憶に残る。どこか『スター・ウォーズ エピソード1』のシーン、砂の惑星のポッドレースを思わせる光景。幼いアナキンの姿が、頭の中でリンクした。
エンジンの爆音は、車体が現れる前から地鳴りのように届く。気づいてから、この距離でカメラに収められるのはほんの数秒。静まり返った砂漠に、けたたましい爆音を残して一台ずつ現れては消えていく。その繰り返しを見ていると、速さ以上に、わずかにラインを外して砂の薄い場所を選ぶ車や、岩場の手前で一瞬アクセルを緩める車など、わずかな違いだが、それぞれの走らせ方の差、つまり生き残りと勝敗をかけた判断が見えてくる。
ダカールラリー2026の舞台であるアルウラはこんなところ。砂漠と奇岩を削って造られたナバテア遺跡が共存するこの地で、気球に乗り空からそのスケールを実感した。フライトは約1時間弱。削りやすい砂岩の山と、水を蓄える谷。その地形条件こそが、ナバテア人に岩窟都市を築かせた最大の理由だ。最盛期は紀元前1世紀から紀元後1世紀。現在アルウラに残る岩窟遺跡の多くも、この時代に築かれたという。雪山のように冷えた朝、澄んだ空気と静けさの中で、リズムよくたかれる気球のバーナー音が、やけに心地よかった。
観戦スタイルも独特だ。基本はマラソン観戦に近く、強烈な日差しを防ぐ帽子やサングラスは必携。コース脇には滞在用テントが設えられ、伝統的なアラビア料理やデザートも並ぶ。極限のレースの隣で、〈チューダー〉の穏やかなホスピタリティが共存していた。
目を覚ましたとき、レースはもう始まっていた。前日に宿泊したコース脇のテントの外から、乾いた空気を震わせるエンジン音が聞こえてくる。この日の先陣を切るのはバイクカテゴリー。冷えた朝の砂漠は空気が澄んでいて心地いい。驚くほど静かで、その静寂の中をマシンだけが鋭い軌跡を残していく。コース横で眠るという不思議な体験が没入感をさらに高めていた。
スタート地点に移動すると、空気は一変する。整列したマシン、最終確認を行うクルー、そして淡々と読み上げられるスタート時刻。コースは、いかにもダカールラリーらしく、スタート直後には砂の渓谷が控え、ドライバーたちは正しい入り口を見極める必要があるという。その先には障害物の多い区間や、曲がりくねった荒れた路面、さらには岩場も続く想定だった。
そんな、一筋縄ではいかないレースを支え、移動する前線基地がビバークだ。巨大なテントの下ではメカニックたちが絶え間なく手を動かし、チームスタッフが忙しく行き交う。そして最も印象的だったのが、スタッフや、とりわけレースを終えたドライバーたちが身につける〈チューダー〉の時計。いい具合に砂埃をまとった「ブラックベイ」や「ペラゴス」そして、本大会から着想を得たホワイトダイヤルの「レンジャー」。過酷なレースに挑む彼らが全く気取ることなく着用しているその光景と、タフなギアとしての存在感に、誇張なく改めて魅了された。
ビバークは各チームの拠点が集まる巨大な仮設都市だ。大会にもよるがその広さはサッカーコート10〜20面分だとか。全部で数千人規模が滞在する。日没後も照明の下でメカニックが慌ただしく車両整備を続け、補給や作戦の要となる。並ぶサポートトラックの台数や設備の差は、翌日の走り、つまり勝敗を左右する重要な要素だと初めて知った。
白い巨大テントは食堂で、広場には表彰台や当日の結果を伝える大型モニターも設置されていた。各チームは、その日のレースの振り返りや、翌日の戦略を全員で詰めていく。そこで鍵を握るのが、主催者から前日夜か当日の朝に配られるという「ロードブック」だ。ドライバーたちは、これを頼りにレース中の正確なペースや、位置取りを維持する。読み解く力がなければ、砂漠では簡単に進路を見失うのだ。
最終日、ダカール経験者に教わりながら、市販車カテゴリーと同型のディフェンダーのハンドルを握った。わずか数キロでも、全身の神経がじわじわと削られていく。砂が深い場所では速度が足りないとすぐにスタックし、踏みすぎれば見えない背の低い植物や岩にヒットする危険度が跳ね上がる。短い体験ながら、その過酷さの一端に確かに触れられた。
すべての旅程を終えた最終日、飛行機の中で、スタート地点で出くわしたささやかな光景を思い出す。まだ幼い子供が、トラック型のラジコンを走らせていたこと。どこか不格好で、でも妙に真剣な手つき。ビバークで話を聞いたトラックレーサーは、子供の頃にダカールを見て憧れたことが、この道を志した理由だと言っていた。もしかするとあの子もダカールでの記憶を、胸の中で熱く燃やし続けるのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、僕はサウジアラビアを後にした。
インフォメーション
現地で〈チューダー〉の新作レンジャーを着けて過ごしたが、その堅牢なつくりと高い視認性は過酷な環境でも頼もしい。元々は、1950年代の極地探検用の機種をルーツに持つ実用時計だ。36㎜ケースに、本大会に着想を得たデューンホワイトダイヤルは、砂漠を思わせる落ち着いた表情が魅力だ。ずしりと重くタフだけど、見た目はキリッとクリーン。まさに砂漠の厳しさと、そこに挑むレーサーの志を体現している。¥474,100(チューダー/日本ロレックス/チューダー☎0120·929·570)
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