カルチャー
美術と生活、そして政治へ
Catching Art: 身体でアートを感じるために #13
2026年8月12日
先月から私の出身地、アメリカのカリフォルニア州に来ています。最近の連載で、日向あき子という評論家を何度も言及していて、そこで「美術」と「生活」の間の境界線が薄くなっています。アメリカにいると政治についてよく考えていたので日向の発想を少し拡張して「美術」と「生活」の関係に「政治」も加えてみたいと思います。
そもそも、アメリカにどんな印象を持っていますか? 日本はアメリカへの根強い憧れがあるようです。「アメリカへ」と言っても、「カリフォルニアへ」も正しいかもしれません。実はここで『ポパイ』自体は大きな影響を及ぼしました。1976年の創刊号で、南カリフォルニア、そして私の母校でもあるカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)に注目していました。このブームの影響はまだまだ強いです。
例えばこの店の後ろに並んでいるヤシの木を見ると、そういった憧れを感じていますか?
ただ、2026年のカリフォルニア州は「不思議の国」では決してありません。今の政治的な状況は大変すぎます。様々な政府機関が崩壊している中、間違いなくアメリカの危険さを象徴するのが移民関税執行局(ICE、アイス)の動きです。事実上、この機関は秘密警察になりました。その警官は顔も名前も隠して、保育園の前からでも子供をまるで拉致のように強引に車に押し込みます。その後、多くの人は強制送還されますが、「送還」と言ってもアメリカで生まれたのでその国は一度も足を踏んだことがないケースも多いです。人を殺害しても罪に問われない。信じがたいのですが、アメリカの政府はこれほどの暴力を振るっています。この現状の酷さを知らなくてはならないと思います。
この背景を頭に入れながら、上の写真に写っている喫茶を紹介したいです。あとで説明するように、この喫茶は政治との関係も持っています。ここはロサンジェルスのボイル・ハイツ(Boyle Heights)という地域にある『ピカレスカ・バラ・デ・カフェ』(Picaresca Barra de Café)です。ボイル・ハイツはメキシコ系アメリカ人が多い地域です。ちなみに、元々日系アメリカ人のエリアだったので、今でも「Sakura Liquor」という酒屋などが残っています。
『ピカレスカ・バラ・デ・カフェ』。スペイン語で、「バラ・デ・カフェ」は「コーヒー・バー」という意味で、「ピカレスカ」は「悪賢い」という意味になります。少し毒のある名前ですね。メニューにはシナモンやチョコレートというメキシコ風のコーヒーが多いです。料理も飲み物も、もちろん美味しいです。雰囲気も素晴らしい。BGMに関して、時にはオアシス、1990年代のダンスミュージックも流れています。この写真を撮ったのは午後の遅い時間だったので客はほとんどいませんでしたが、午前中に行った時は満員で店の外まで列がありました。「移民たち大歓迎」というスペイン語で書かれた看板はお店の外に貼ってあり、実際に物売りやストリートミュージシャンは行ったり来たりしていました。後者がギターの演奏を始めるとスタッフはBGMを無音にします。いいな。
指摘したいのはこの喫茶と先ほどの政治との関係です。『ピカレスカ』にはいくつかのポスターが貼ってありますが、全てがICEを強く批判しています。例えば、左側のポスターに「ICE Melts Under LA Heat!」(ロスの暑さはICE[氷]を溶かす!)が書いてあります。右側には「No Pasarán!」(彼らは通さない!)「ICE Out of Our Schools and Communities」(我々の学校とコミュニティーからICEをなくせ!)「Education not Deportation」(送還ではなく教育)などがあります。「移民たち大歓迎」の看板のように、ただの言葉ではないように思います。このアートは間違いなく政治的な意味を持っています。
さて、日向の言葉に戻りましょう。彼女は 「美術は生活の中に生活は美術の中に自分をみる」を書いていましたが、もし正当性があればここで「政治」も役割があるように思います。つまり、政治とは投票するだけではないのです。政治は我々の生活に、全ての関係性に現れます。だから、美術も政治も「生活の中に」あるようです。『ピカレスカ』でコーヒーを飲むことは政治的なアクションだと言いにくいですが、中に提示しているアートは自然に政治について考えさせられます。『ピカレスカ』にいると、「美術」と「生活」と「政治」は意外と流動的になってきます。差し迫った現状の中にあるこういった流れはわずかな希望を与えます。
プロフィール
ダニエル・アビー
1984年生まれ。アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。美術史博士(UCLA)。2009年から日本の美術や写真にまつわる執筆・編集・翻訳に携わる。現在、大阪芸術大学 芸術学部 文芸学科の非常勤講師として美術史・写真史を教えている。
https://mcvmcv.net/
関連記事
カルチャー
アートの領域はどこまでか
Catching Art: 身体でアートを感じるために #12
2026年7月12日
カルチャー
「アート」と「生活」のボーダーを揺らがせるもの
Catching Art: 身体でアートを感じるために #11
2026年6月12日
カルチャー
絵画の「動き」
Catching Art: 身体でアートを感じるために #10
2026年5月14日
カルチャー
絵画の中の「現実の身体」
Catching Art: 身体でアートを感じるために #9
2026年4月13日
カルチャー
写真を「聴く」
Catching Art: 身体でアートを感じるために #8
2026年3月13日
カルチャー
写真家の「腕」
Catching Art: 身体でアートを感じるために #7
2026年2月12日
カルチャー
作家の「手」
Catching Art: 身体でアートを感じるために #6
2026年1月12日
カルチャー
ある身体的な「のぞき部屋」
Catching Art: 身体でアートを感じるために #5
2025年12月12日
カルチャー
彫刻という経験 その2
Catching Art: 身体でアートを感じるために #4
2025年11月12日
カルチャー
彫刻という経験
Catching Art: 身体でアートを感じるために #3
2025年10月14日
カルチャー
「並ぶ身体」から「観る身体」へ
Catching Art: 身体でアートを感じるために #2
2025年9月12日
カルチャー
三つの「キャッチ」について
Catching Art: 身体でアートを感じるために #1
2025年8月12日
ピックアップ
PROMOTION
Amuse-toi bien !
agnès b.
2026年9月16日
PROMOTION
アメリカじゃあ、MLP(メジャー・リーグ・ピックルボール)が盛り上がってるってよ!
東レ
2026年9月16日
PROMOTION
芝生でのんびりもいい、デザインの祭典。
TOKYO MIDTOWN DESIGN LIVE 2026
2026年10月9日
PROMOTION
リッチモンドで出合った、Compass Boxというウイスキーについて話をしよう。
Compass Box
2026年10月8日
PROMOTION
介護の現場はこんなに変わってきた。/介護職・中村一真さん
介護の仕事って、今こんなにあたらしいんだ。
2026年10月16日
PROMOTION
トミーさんが“ザ・プラザ”に帰ってきた!
ニューヨーク・ファッションウィークで、〈トミー ヒルフィガー〉が 2027 Springコレクション「PLAZA PREP」を発表。
2026年10月9日
PROMOTION
波の街、〈UGG〉のブーツ。
UGG
2026年9月16日
PROMOTION
〈トミー ヒルフィガー〉に稲妻が走る!?
藤原ヒロシさんを直撃! トミー ヒルフィガーとFRGMTのコラボレーションはいかにして生まれたか。
2026年10月14日
PROMOTION
〈トミー ヒルフィガー〉と「FRGMT」、ふたつのカルチャーが必然の邂逅!
プレッピーのフレッシュな進化を象徴する、「FRGMT」とのコラボレーション。
2026年10月15日
PROMOTION
Field of Paintings
Timberland
2026年10月9日
PROMOTION
トミーさん、「PLAZA PREP」は最高です!
トミー・ヒルフィガーさんに、2027 Springコレクションとプレッピーについて9つの質問。
2026年10月9日
PROMOTION
ぼくが〈 UGG 〉を履くとき。/#1 パン・コーリー
UGG
2026年10月9日
PROMOTION
新しい〈コロンビア〉と、長い散歩。
Columbia
2026年10月9日
PROMOTION
Fall In Field Coats And…
L.L.Bean
2026年10月9日
PROMOTION
〈SOREL〉のアンブラーと、メンテナンスデイ。
SOREL
2026年10月9日
PROMOTION
AIとともに考え、切り拓いていくこと。
Machines of Loving Grace
2026年10月15日
PROMOTION
WilsonとUS OPENが彩るニューヨークの晩夏。
Wilsonとテニスの深い関係を巡った夏の終わりの記録。
2026年10月9日
PROMOTION
アートもローカルから。それがPARCO流。
PARCO ART & CULTURE DAYS
2026年10月6日
PROMOTION
介護の現場はこんなに変わってきた。/介護福祉士・伊井香奈子さん
介護の仕事って、今こんなにあたらしいんだ。
2026年10月9日