カルチャー

アートの領域はどこまでか

Catching Art: 身体でアートを感じるために #12

2026年7月12日

Catching Art


text & photo: Daniel Abbe
edit: Masaru Tatsuki

「美術かデザインかではない。両方あわせて、コミュニケーション全体の中での、知覚と視覚によるコミュニケーションとして考えなくてはならないでしょう。」

この文章を書いたのが前回紹介した評論家、日向あき子です。1967年の言葉ですが、今でもすごく響くと思うので彼女の発想について深掘りしたいです。

「美術かデザインか」はどういうことでしょう。一般的に、デザインは活用されるものに対して美術は無用のただ綺麗なものという考え方があります。「そちら側」の美術、「こちら側」のデザイン。「非日常」の美術、「日常」のデザイン。そういうことです。そして日向はこの分断を無くしたいと考えます。

日向の考えは決して過去のものではないはずです。むしろ「Catching Art」に深く関連しています。どのように「アート」を拡張するかを明らかにするために、この考えを私の住んでいる京都に当てはめてみたいと思います。

「京都の美術」と言われたら伝統工芸龍安寺のような有名な庭、あるいは京都国立博物館が所蔵する素晴らしい仏像。もちろん、京都にはこのような美術はたくさんあります。ただ私にとって京都の美術は別の面があります。この街に美術が溢れるからこそ、お店でも美術のような経験を味わいます。「美術かデザインかではない」という仮説を試すために、『み空』という私の友人が運営している喫茶店を紹介します。

銀閣寺の近くにある『み空』はコーヒーがとにかく美味しいのですが、何よりもこの空間について話したいです。

このスペースは友人が思う通りに作りました。「作った」と言っても過言ではないです。本棚も家具も自分の手で作りました。この象徴的な大きいテーブルもそうです。重い木板の不完全な部分に金属の板を挟んでいて、木とシルバーの保つ明暗が空間に広がります。内装、照明、音楽など、すべての要素が絶妙なバランスで整えられています。例えば大きな窓から差し込む光に応じて照明の明るさを調整します。

そうすることによって、この空間はただの仕事をする場所ではなくなります。アメリカだとこのぐらいの静かな喫茶は想像しにくいです。しかも(日本のジャズ喫茶によくある!)変なルールなどは一切ない。客はしゃべっても構わない。それでも大体の人は自然と少し小さめの声で話しています。

なので、「彫刻」とも呼べるテーブルだけでなく、この喫茶の空間自体が友人の「作品」ではないでしょうか。日向が「環境そのものが芸術であり」と書いたように、この環境全体がもしかして彼の「表現」でもある。まあ、友人は偉そうな態度をとっていないからこんな言い方をしたら「そんなことはないよ!」という反論が来ると思いますが!

この喫茶は「美術」?どうでしょう。

一歩引いて見てみましょう。

この連載で、「作品」を見る身体について語ってきました。伝えたいのが「アートは身体で感じられるよ!」ということです。美術館で観るもの、そして美術作品として作られたものを多く扱ってきたという気がします。でも、もちろん美術館が全てじゃないです。もしかして、美術館は我々の感性を磨く場所、身体のチューニングをされる場所。そうであれば、アートの身体的な経験は美術館の外でも十分ありえます。美術を「キャッチ」するのはもしかしてこの身体のチューニングによります。

日向はそのような考えを持っていたかもしれない。「美術かデザインかではない」、と彼女が言います。つまり、「これは美術だ、これは美術じゃないものだ」という線を引くな、ということです。その代わりに「両方あわせて、コミュニケーション全体の中での、知覚と視覚によるコミュニケーションとして考えなくてはならないでしょう」。

「知覚と視覚によるコミュニケーション」という日向の言葉はどんな意味を持っているでしょうか。「これは美術だ」「これはデザインだ」などを考える前に、我々は五感で世界を掴んでいます。レッテルを貼る前に、身体に属する感覚に委ねて、ということだと思います。もし美術館が「観る身体」を作る場所、先ほど言ったように「チューニングをされる場所」だとすると日常生活でも感覚を実践できるのじゃないでしょうか。日向の唱える「知覚と視覚によるコミュニケーション」はこのフィールドの拡張を促すように思います。

厳密にと言うと、『み空』の空間は特別なので「日常生活」の外にあるかもしれません。だからもう少し日向の発想について考えたいです。今週から1ヶ月ぐらいアメリカに行きます。彼女が好きだったアメリカの作家、アンディ・ウォーホルなどを頭に入れながら行きます。また報告します!

プロフィール

ダニエル・アビー

1984年生まれ。アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。美術史博士(UCLA)。2009年から日本の美術や写真にまつわる執筆・編集・翻訳に携わる。現在、大阪芸術大学 芸術学部 文芸学科の非常勤講師として美術史・写真史を教えている。
https://mcvmcv.net/