カルチャー
絵画の「動き」
Catching Art: 身体でアートを感じるために #10
2026年5月14日
前回、三苫ケイトのビデオ作品を見ながら、絵画を真似しようとしても「体が少し動いている」ということがわかりました。今回は絵画自体における「動き」について語りたいと思います。
今年の3月に、ニューヨークに行く機会に恵まれ、せっかくなのでニューヨーク近代美術館(Museum of Modern Art、略MoMA)に行きました。現在のアメリカはどこも高いですが、30ドル(現時点で約4500円!)というチケット代に唖然としながらギャラリーに入りました。この大きい規模の美術館では、幾つかの展覧会を同時開催しています。例えば、ヴィフレド・ラムというキューバ出身の画家の個展や、アフリカのポートレート写真についての小さな展覧会、そしてMoMAのコレクションを示す常設展もありました。ここでは常設展を振り返ってみたいと思います。
MoMAの常設展はまるで生きている教科書のようです。どこを見ても、近代美術を代表する、偉大な作品が目に飛び込んできます。ある部屋の一角に観客の群衆を見て、「どうしてかな?」と思ったら、人がフィンセント・ファン・ゴッホの『星月夜』に集まっていました。この絵はすでに近代美術というやや狭い業界を超えて、世界的なアイコンになりました。しかし、あの時私の目に引っかかったのは『星月夜』ではなく、この「スター」のちょうど隣にある絵でした。ポール・セザンヌの『松と石』(1897年頃)という作品です。
作品はこのリンクからご覧できます。
あなたは今、この絵をある画面によって見ています。私もニューヨークにもういないので、振り返りながら画像を見るしかないですから。画面で見ると、この絵はもしかして平凡的な「風景画」に見えるかもしれません。タイトルが示すように、松と石以外は何もないでしょうか? そうではないのです! 実際に部屋にいると別の経験が湧いてきます。私はこの絵の前に数分ほど立ち止まっていた。没入しながら、興奮しながら、戦慄しながら、『星月夜』を無視してこの絵をずっと見つめました。以前、美術館での立ち方について書きました。「キャンバスの前に足を確かめ」、「5分間じっと観て」などを書いたのですが、まさにその経験と同じでした。そして、その数分間の間にこの絵画の「動き」を感じたのです。
『松と石』には逆説が潜んでいるように思います。絵画自体はもちろん動かないけど、この絵は動いているようにみえます。松の枝を見ますと、松葉が写実的に描写されているというより、曖昧なかたまりになっています。そしてその筆遣いに注目しましょう。縦の筆遣いもあれば、斜めの筆遣いもあります。これはもしかして松葉の向きを暗示するのではないでしょうか。細かく見ると、松葉の間になぜか茶色い、そして青い筆遣いも混ざってあります。決してリアルな描写ではないが、全体の印象を一気に受け取るならば妙にこのシーンに「動作」が感じられます。つまりその場所に流れていた空気そのものを描写したかったのではないか、と感じました。
この経験は私の気のせいなのか、ある種の錯覚だったのでしょうか? そうかもしれませんが、MoMAの堂々としたギャラリーで、『松と石』の動きを「見た」のではなく、流れていた空気「感じた」のです。この類いの経験は画面を通してできる可能性は低いと思います。この絵画と私の身体との間に生じたものです。アートも、自分自身も動かないのに、何らかの「動き」がありえるのです。
プロフィール
ダニエル・アビー
1984年生まれ。アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。美術史博士(UCLA)。2009年から日本の美術や写真にまつわる執筆・編集・翻訳に携わる。現在、大阪芸術大学 芸術学部 文芸学科の非常勤講師として美術史・写真史を教えている。
https://mcvmcv.net/
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