カルチャー

『モナ・リザ』への抗議

Catching Art: 身体でアートを感じるために #14

2026年9月14日

Catching Art


text & photo: Daniel Abbe
edit: Masaru Tatsuki

前回、アメリカの政治とアートの関係について書いたので、今回は日本に目を向けたいと思います。日本の場合だと「政治」と「アート」はどうやって結びつけますか?

もちろん、日本でアートは政治と様々な形で関係してきました。山ほどの例の中から、「モナ・リザスプレー事件」を紹介したいです。政治的でありながら、この出来事はこの連載のテーマである「身体でアートを感じる」とものすごく関連しています。

そもそも「モナ・リザスプレー事件」は聞いたことがありますか?象徴的な出来事なので少し説明します。

レオナルド・ダ・ヴィンチの『ラ・ジョコンダ』(通称:『モナ・リザ』)は誰でも知っている、世界的に有名な絵画となりました。基本的にパリのルーブル美術館に展示されていますが、1974年4月に東京国立博物館で「モナ・リザ展」が開催されました。その時、ダ・ヴィンチの名作が日本に来ました。この展覧会には文化庁が関わっており、開幕の日に当時の首相・田中角栄も来場しました。大勢の注目と観客を集める中で当時25歳だった米津知子という女性が『モナ・リザ』に向けて赤色のスプレーを噴射しました。

ちょっとしたショックですよね!

1974年4月20日の『朝日新聞』

さて、どうして米津は『モナ・リザ』に向けてスプレーをしたのか?その理由はまさに「Catching Art」という概念と関連しています。原因は美術館からのお知らせでした。幼児連れ、そして障害者に対して「ご来観をご遠慮ください」という案内がありました。つまり、「幼児連れと障害者は邪魔になるのでこの展示に来るな」という内容です。障害があり、女性解放運動の参加者でもあった米津はスプレーをしながら「身障者を締め出すな! 『モナ・リザ』をみんなに見せろ!」と叫びました。最近のインタビューで「ひどすぎないかと怒りを感じました」と語っています。

『モナ・リザ』への抗議の意味について一緒に考えましょう。この連載で私が何度もアートの経験について語ってきました。この経験はあくまで身体の経験だと言いたいのです。美術館での、絵画の前での姿勢についても書いたことがあります。「他の観客の行動をシャットアウトしていて、絵を受けてみてください」と書いたが、そもそも美術館に入ることさえ許されなかったら、どうにもならないでしょう。上の新聞記事を見ると、「アホらしい行為」とされます。しかし私にとって、この抗議は単なる「事件」でも、「アホらしい行為」でもなく、論理に基づいた抗議でした。米津の当時の言葉を借りれば、美術館の対応は「不当な差別」です。

結局、『モナ・リザ』自体は無事でした。米津はすぐ逮捕されて、1ヶ月ほど拘留されました。約1年後の裁判の結果で、有罪の判決が下りて、3000円の罰金を科されました。そして美術館側は特別な日を設けて障害者や幼児連れも足を運べるようにしました。研究者の伊東俊祐によりますと、「恐らくは日本のミュージアムの歴史において初めて開催されたと思われる身体障害者特別観覧日の開催」でした。特別な日だけというのは妥当かどうか、あなたはどう思いますか?

もちろん、何もないというより、特別な日を設けるのはいいですね。だが「モナ・リザ展」の後、東京国立博物館はそういった特別な日でも実施しなかったです。平常に来れたらいいのに、と私は思います。

米津の『モナ・リザ』への抗議は日本で「身体」と「アート」と「政治」の関係を象徴していると思います。これからも、この関係について考えてみたいです!

プロフィール

ダニエル・アビー

1984年生まれ。アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。美術史博士(UCLA)。2009年から日本の美術や写真にまつわる執筆・編集・翻訳に携わる。現在、大阪芸術大学 芸術学部 文芸学科の非常勤講師として美術史・写真史を教えている。
https://mcvmcv.net/