ライフスタイル

手ぶらは禁止。 代案の猛ラッシュで返す。

加賀美 健/あの人の失敗と教訓

2026年9月11日

これが僕の仕事。


illustration: Minoru Tanibata
text: Shun Koda
2026年9月 953号初出

仕事と失敗は二人三脚。転んだあとに、どう飛び起きるかが大切だ。あの先輩は、失敗をいかにして次へ生かしているんだろう。現代美術作家の加賀美健さんに話を聞いた。

「今の仕事だと、失敗も作品になっちゃうからね」と笑うのは、加賀美さん。直近では店内の壁に直接ペイントしたとき、最初の一文字目をいきなり間違えたそう。

「うわ、やっちゃったと思って。消せないから、バツを描いて矢印と正しい字を書いたんです。でも、それはそれで味だし、間違いが必ずしも不正解にならないんですよね。むしろ、丁寧に描こうとすると、かえって持ち味が薄れちゃう。少し力を抜いて描いたほうが全然いいんです。だから、どの仕事もなるべく同じテンションでやるようにしています」

 一方、スタイリストのアシスタント時代は、笑って済ませられない失敗もあった。テレビ番組のポスター撮影で使った衣装を、後日の収録でもう一度用意するはずが、別のスーツを借りてきてしまったのだ。

「テレビ局の廊下に貼ってあるポスターを見て、『やべ、全然違うの持ってきた』って。タレント本人が入る30分前くらいで、すぐ師匠に言って、タクシーで取りに戻りました。着替える直前に着いたから、なんとか間に合ったんですけど、あれは焦りましたね」

 別の撮影では、バストアップのみと聞かされていたため、スーツに合わせる革靴を事前に用意しておらず、直前になって慌てて探すことに。見つかったのは、ピエロが履くような先端が丸く膨らんだ“おでこ靴”だけだった。

「どう考えてもアルマーニのスーツには合わない。でも、『ありませんでした』って手ぶらで戻るわけにもいかないから、とりあえず持っていったんです。案の定、『アルマーニにおでこ靴はねえだろ』って怒られたんですけどね(笑)」

 そこで学んだのは、指示されたものがなければ、頭を捻って代案を持っていくことの大切さ。

「赤いジャケットがなかったら、ワインレッドでもいいから借りていく。『赤はありませんでしたが、これはどうでしょう』って。何も持たずに帰ったら、結局もう一度行くハメになる。代案を出したら、『こっちのほうがいいじゃん』ってなることもありますから」

 その経験は、現在の制作にもつながっている。たとえ、依頼が1、2案でも、多いときは20案ほど描いて見せるという。

「少ないより、多いほうが嬉しいじゃないですか。いっぱい持っていけば、『こんなに考えてくれたんだ』って思ってもらえるし、一石二鳥。出し惜しみせず、仕事なら、そのとき浮かんだものを全部出す」

 その上、制作も早い。打ち合わせ中や帰りの電車で、ほとんどの案が浮かぶこともあるのだとか。

「打ち合わせのテンションが残っているうちのほうがフレッシュなんです。仕事が来てから机に座って考えるというより、普段の生活でずっと面白いことを探している。娘や奥さんとの会話、電車で隣に座った人の話とか。そういう日常が引き出しになっているんです。でも、すぐ描き上げて、即納品ってわけじゃない。締め切りギリギリまで作品を目に入る場所へ並べ、何度も見直すんです。そうすると、外した案が復活したり、直前に足した案が選ばれたりすることもあります。じっくり考えたものより、最後にパッと浮かんだもののほうが面白いこともある。結局、言われる前に考えて、なければ代案を出して、浮かんだものは全部見せる。それがアシスタント時代から続いているのかもしれないですね」

プロフィール

加賀美 健

かがみ・けん|現代美術作家。1974年、東京都生まれ。社会現象や時事問題、カルチャーなどをジョーク的発想に変換し、彫刻、絵画、ドローイング、映像など、メディアを横断して発表。

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