カルチャー
あの人のリーディングリスト。Vol.3
選書:ミヤギフトシ
2022年4月21日
text: Futoshi Miyagi
edit: Yukako Kazuno
あの人は今どんな本を読んでいるのか? 気になる人たちに最近読んだ本を教えてもらう連載「あの人のリーディングリスト」! 第三回はミヤギフトシさん。
『おいしいごはんが食べられますように』
高瀬隼子著
![『おいしいごはんが食べられますように』 高瀬隼子著](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/2022-04_13_BU_book-21170-1600x1065.jpg)
本作の二谷は、同僚である芦川さんが職場に差し入れる手作りお菓子を疎ましく思っており、彼女が家にやってきて作った晩御飯を食べても、深夜にひとりカップラーメンを啜る。「おいしいごはん」をありがたがる社会、その象徴たる芹川さんに向ける脅えにも近い憎悪は根深いが、表向きはそれを感じさせない。人に対して慎重で誰かに何かを強要するようなこともせず、しかし時々その目の奥が暗くなる。そんな彼と適度な距離感を保ちながらも惹かれている押尾さんは、「この人を分かりたいという気持ちと、その目のままでいてほしいという気持ちの両方がある」と考える。高瀬作品の男性たちは、他者への暴力に無頓着だが、どこか脆く危うい(浮気相手の女性が妊娠し、生まれてくる子や自分とパートナーの今後を考え涙したり、完全にお風呂に入らなくなったり)。そんな彼らに惹かれている自分という読者がいる。この抗い難さは何だろうと、ついまた二谷の暗い目を想像してしまう。
『ゲームさんぽ:専門家と歩くゲームの世界』
いいだ / なむ著
![『ゲームさんぽ:専門家と歩くゲームの世界』 いいだ / なむ著](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/2022-04_13_BU_book-21176-1600x1065.jpg)
2020年春以降ゲームをする時間が増えた。『龍が如く7』『あつまれ どうぶつの森』『聖剣伝説3』『ファイナルファンタジーVIIリメイク』『バイオハザードRe:3』『The Last of Us Part II』など、その春だけでも毎晩色々遊んでいた。外の世界から遮断された時間は心地良かった。そんな時に、「ゲームさんぽ」というYouTubeチャンネルを知った。ゲームの世界を専門家と一緒に歩くというもので、例えば気象予報士と『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』の天気を観察したり、学芸員と『あつまれ どうぶつの森』の博物館を訪ねたり。基本ずっとひとりで遊び続けていた自分には、パソコンの画面越しながら誰かとゲームの世界を共有して、その風景に向ける視座が広がってゆくというのはとても新鮮な体験でもあった。そんな番組から生まれた本書は、ゲームを参照しつつ私たちが暮らすこの現実世界を、歴史や文化、法律などの観点から広げてゆくというとても豊かな一冊。空を見上げたり、美術館に行ったり、そしてゲームをしたり。いつでもできるようでできないささやかな日常の豊かさをあらためて知ることができるはず。
『The Kindred of the Kibbo Kift: Intellectual Barbarians』
アネベラ・ポレン著
![『The Kindred of the Kibbo Kift: Intellectual Barbarians』 アネベラ・ポレン著](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/2022-04_13_BU_book-21188-1600x1065.jpg)
第一次世界大戦後、1920年のイギリスでアーティスト兼デザイナーとして活動していたジョン・ハーグレイヴが立ち上げた集団キボ・キフト(チェシャー地方の古い言葉で「強さの証」という意味だとか)。年齢、性別問わず近代化した都市生活から離れ自然の中でのオルタナティヴな暮らしを実践しようとした彼らの歴史、文化、そしてその精神世界を豊富な図版とともに包括的に見ることができる作品集。D・H・ローレンスやH・G・ウェルズなど著名な作家やアーティストも支援していたという同集団、目を引くのはその美術工芸文化。参加者それぞれが作ったというトーテムや、独自のデザインがなされたテントやバナー、そして儀式用の衣服まで、神秘主義とモダニズム(ロシア構成主義や未来派っぽさを感じるのは気のせいか…)が融合したような品々、そしてそれを身に纏った人々が独自のファンタジー世界を作り上げている。
『YURIKO TAIJUN HANA 武田百合子 『富士日記』 の4426日』
水本アキラ著
![『YURIKO TAIJUN HANA 武田百合子 『富士日記』 の4426日』 水本アキラ著](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/04/2022-04-18_HN_21671-1600x1065.jpg)
武田百合子が夫の泰淳、娘の花と富士山を臨む別荘で過ごした日々を綴った『富士日記』。1964年からの13年間を記録した同書を著者が引用しながら、当時の文化や時代背景を解説し、自身の個人的な記憶などを交えながら紐解いてゆく。『YURIKO TAIJUN HANA』は今のところ2巻目まで発行されているが、それでもまだ日記の66年9月までしか進んでいないといえば、その丁寧さがわかる。本書の豊かさは、日記に記録されたことが著者自身の記憶と繫がり、そして時に読んでいる自分の記憶や感情と結びついてゆくところ。例えば『地球に落ちて来た男』を観て、ティーカップを両手で包むデヴィッド・ボウイの仕草を真似たという百合子の日記を読み、著者もまたそのボウイの姿に目を奪われたことを思い出す。それを読んで私もかつてそのボウイが好きだったこと、そして別のイギリス映画ながら登場人物が穏やかに湯気の立つカップを手にしたシーンに魅了されたことを思い出す(『007』のベン・ウィショーだったけれど)。そんなふうに、異なる世代の感情が繋がってゆく、読書ならではの稀有な体験をもたらしてくれる。
プロフィール
ミヤギフトシ
https://fmiyagi.com/
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