ライフスタイル

仕事を考える視点/作家・浅生鴨

2026年8月30日

これが僕の仕事。


illustration: OCO
2026年9月 953号初出

偶然舞い込んだら乗っかる。
仕事は〝世界〟と繋がる動作。

「仕事とは勝手にやってきて、偶然出会うもの」「働くとは人生の偶然に乗っかることだ」

 これらは浅生鴨さんの著作『選ばない仕事選び』にある文言の一部。“仕事論”としては実に大胆で、なぜか胸騒ぎがする。そして、仕事と向き合うときの、心と体が一気に軽くなる予感がする。いや、向き合うことすら不必要なのだと、この本は教えてくれているのかもしれない。『選ばない仕事選び』の帯には「大人のアドバイスは真に受けちゃいけないからね」と他の文字より大きな級数で記されているが、その教えを破って(?)、浅生さんに話を聞いてみた。

「物事は偶然の重なりでしかないと思っています。名刺には“作家/コピーライター”と記載していますが、あれやこれやいろいろやってきた、そして今もやっている上での一つの肩書みたいなもの。来た仕事を拒むことはない。お断りしないスタイルでずっとやってきています。向き不向きや、能力の有無はありますが、どんなことも7、8割は合うのではないかと思っています。仮にうまくいかないときは、声をかけたほうの責任だと思うようにしています(笑)」

『選ばない仕事選び』の執筆もひょんな偶然から始まったという。

「“仕事を考える”がテーマのウェブサイトの方とたまたま食事をする機会があり、基本的にはゴロゴロしていたい、仕事をしたくないんですという話をしたら、それをそのまま文章にしませんかとなって。依頼は断らないので『書きます!』と言ったものの、本当にゴロゴロしているから、筆は進まない。書き下ろしではなく、連載形式にすることでやっとまとまりました」

 ゲーム、レコード、広告、演劇、イベント、放送などさまざまな業界や職種を経験。浅生さんにクリエイティブな才能があるからこそ、“偶然”と出合えたような気もする。

「例えば、オフィスの蛇口が壊れたときに、それを嬉々として修理していたら、別のフロアで同じような状況になった際に、『そういえば』と声がかかる。その様子を見ていた他社の人などがまた……と不思議と縁が生まれてくるんです。演劇の美術の手伝いを頼まれたときも、はい、やりますよって。日産がル・マン24時間レースに参加する際に、現地であれこれ雑務をやるスタッフがいないから、暇そうだから行けって言われて、何か月間かフランスにいたりとか。その合間には池袋の繁華街の地下で油をバキュームで吸うようなこともやっていて。なぜ、そこまでその分野に明るくない自分なのかと聞くと、『なんとなく、君ならできそうだ』『面白がってやるだろう』ということで、思いもよらない依頼が舞い込んできたりします。それを躊躇せずに受けていると経験が増えるし、さらに異なる職種から声がかかる。その連続。まさに偶然に乗っかったからこそ、いろんな繋がりが生まれるんです」

 31歳のとき、浅生さんは“人生は偶然”を確信する大事を経験した。

「交通事故にあって、文字どおり生死を彷徨いました。対応してくれた救急隊員の判断が一つでもズレていたら、おそらく自分はもうこの世にいない。本当に“紙一重”のところに、僕たちはいるのだと。偶然に乗る人生でいいんだって、ずっと思ってきましたが、これを機に信念になりました。あと、自分が“本当にやりたいこと”がないことも大きい」

“好きを仕事に”“やり甲斐がある仕事を”などが常套句として語られがちだが、なんと大胆な宣言!

「まず、大人が“やり甲斐”の話をしだしたら、すぐに逃げたほうがいい(笑)。それは、あなたをいいように使うための方便かもしれないから。なにより、『やりたい!』が強過ぎると視野が狭くなるというか、目の前の仕事とのギャップが生じて『それって自分がやることですか?』となってしまう。軽やかに動いていると、どんなことも案外悪くないなと思うし、面白がるポイントがきっと見えてくる。もちろん、自分の倫理観に照らして許容できない仕事は、絶対にやらないほうがいい。そうでないなら、とにかくやってみる。RPGのパラメーターじゃないけど、ある分野で突出するのではなく、いろんな能力をちょっとずつ上げていくのも楽しいですよ」

 では、同時に2つの仕事が現れた際はどう対応するとよいのか。 

「悩んだら、それぞれの“選ぶ理由”を書き出してみるといい。で、理由が少ないほうをチョイスする。Aは2つの理由しかないのに10もあるBと迷うということは、その2は10に拮抗するほど比重が重い、密度の濃い理由なはず。じゃあ、そっちに乗ろうという選択で、自分はずっとやってきました」

 これは一つの道標となる考え方だろう。浅生さんの著作では「仕事と職業は違う」という話も印象的だ。

「教師になりたいのか、誰かに何かを教えたいのか。それは似ているようで、大きく異なるもの。何になりたいのかではなく、どういう行動を望んでいるのか。仕事とは行動です。学生時代に物理学を専攻したこともあり、仕事という動作は何を動かすのかと考えていました。そうしたら、世界を少しだけ変える、ということに思い至った。偶然邂逅した仕事を通して、世界と繋がる。僕たちは孤独にならないために、仕事が必要だとも言えます。自分がやっていることは必ず何かと接続する。そうやって“世界の一部”になれると考えれば、今取り組む仕事をきっと楽しいと思えるはずです」

プロフィール

浅生 鴨

作家

あそう・かも|1971年、兵庫県生まれ。ペンネームは「あ、そうかも」から。執筆活動を中心に広告やテレビ番組の企画・制作・演出を手掛ける。著作に『伴走者』『僕らは嘘でつながっている。』『四メートルの過去』など。