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“労働”の酸いも甘いも詰め込んだデビュー作。小説家という仕事は、始める前から始まった。

坂本湾/これが僕の仕事。

2026年8月23日

これが僕の仕事。


photo: Naoto Date
text: Ryoma Uchida
2026年9月 953号初出

「今回の取材で、かつて経験してきた様々な仕事の記憶がよみがえってきて、ちょっと憂鬱になりました」と冗談交じりに語ってくれたのは、小説家の坂本湾さん。“憂鬱”な仕事経験は2025年に上梓したデビュー作『BOXBOXBOXBOX』に反映されている。物語の舞台となるのは濃霧に包まれた宅配便の集積センター。ベルトコンベアで無限に運ばれてくる大小様々な正体不明の“箱”をひたすらに仕分ける主人公たち。過酷な単純労働が続くなか、人々の判断能力が鈍り、現実と虚構が曖昧になっていく……。劣悪でリアルな労働環境、人々の心理、生々しい“現場”、世界全体が霧で包まれるような不穏な情景を圧倒的な筆力で描いた本作は、第62回文藝賞を受賞し、第174回芥川賞にノミネートされ話題となった。20代半ばにして作家デビューをなした坂本さんだが、小説家という仕事はいつから目指していたのか。

『BOXBOXBOXBOX』を刊行した河出書房新社にて次回作の打ち合わせ。カバーをめくっても面白い装丁は川名潤さんによるデザイン。

いつか「一発逆転」することを
夢見た幼少期の体験。

「小学生の頃から図書館によく通っていて、本を読むのが好きで。“将来の夢”を書かなきゃいけない場面では、小説家になりたい、と早い段階から書いていた気がします。それには、性格も影響していたと思います。小学生の頃の自分はお喋りで、人に何かを教えたり質問したりするのが好きだったんです。そうすると周りの大人から『将来は小説家になりなよ』とか適当なことを言われていたんですよね(笑)。それを真に受けた部分があるかもしれません。それから『マジシャンになりたい』と思っていた時期もありました。当時Mr.マリックさんやセロさんらがテレビで活躍されていた時期で。作家になりたい気持ちと同時に、人に一芸を見せることにすごく興味が強かったと思います」

 小説家とマジシャン。一見すると遠くにありそうな二つの職業は、坂本さんにとっては切実で現実的な選択肢だった。

「小学1年生の頃、北海道から宮古島に引っ越して。カルチャーがまったく違うし学校に馴染めなかったんです。どうにか環境を打開するためにお調子者な振る舞いをしたり、目立つような言動をとったりすることで、人間関係を作ろうと努力していました。友達付き合いがあまりない分、読書して内なる世界に籠もりつつも、何かで“一発逆転”を狙うというか。お楽しみ会とかで『マジックを披露します!』とアピールしていましたね。子供は自分の身近な仕事に憧れを持つことが多いと思いますが、マジシャンや小説家が自分にとってはリアリティがある仕事だったんですよね。“芸”があること、表現できることの憧れはそんな経験から来ているかもしれません」

キャンプ用の枕を座布団代わりに、公園のベンチで原稿を書くこともあるとか。こちらは河出書房新社にも程近い喫茶『トンボロ』にて。

執筆作業は自宅とカフェで。PCとブックスタンドを活用。

 何かを表現すること。それは“作家”や“芸術家”への漠然とした憧れへと変化した。そんな思いを抱えつつ、実際に初めて対価を得て働いた“労働の原風景”となる体験は高校時代のこと。通っていたのは必要単位の修得で卒業が認定される単位制の学校。自由な時間があったこととお金を稼ぐため、看板持ちから店内スタッフまでを行う漫画喫茶での仕事、『BOXBOXBOXBOX』にも描かれた宅配事業所のベルトコンベアで仕分けをする仕事など、アルバイト漬けの日々を送り、その生活は大学進学後も続いた。

「大学は芸術学部に通いました。表現者になるぞ、と意気込んでいても実際には特に行動に移さず(笑)。当時仕事として長く続けたのが、スーパーマーケットでの早朝アルバイトです。開店前にトラックが到着し、肉や魚を売り場に運び込み、品出しをする。大学から場所が近かったせいか、卒業生と思しき人々が数多く働いていました。本職ではなくても、裏では芸術系の活動をしている。そんな先輩方がたくさんいたんですよね。一見すると怖そうなおじさんが、実は名の知れたフルート奏者だったとか。休憩中に交わされる会話も『誰々の映画がね』みたいに、どこか芸術的な教養の薫りが漂っていて、特殊な環境でした。そんな人たちの姿を見て芸術系の仕事をすることは『地獄か天国か』『辞めるか辞めないか』という極端な二択ではなく、その中間がある、オルタナティブな生き方があるのだと気づいたんです。別の仕事をしながらも続けていけばいい。仕事=人生というよりは、他にやりたいことがあって、そのための手段としての“労働”という感覚になりました」

 生活のために働きながらそれぞれ別の顔を持って生きている人々の存在。もしも作家としてだけで生きていけなくても、どこかで“逆転”を狙わなくても、働きながら夢を追い続ける道がある。スーパーマーケットで学んだその考え方は社会人になってからの支えになった。

意味がある、やり続けたい。
そう思えた唯一の仕事。

「精神的な理由から大学を中退し、派遣社員としていわゆるテレアポの仕事を始めました。メンタルクリニックに行って、薬をもらい、睡眠薬で寝る時間を強制的に決めて、なんとかフルタイムで働く。そうしないと生活できない、という状況でした。今思えばかなり自分を削って働いていましたが、当時は頑張るしかないと思っていた。で、仕事中にメモ帳を隠し持っておいて、小説のアイデアを思いついたらパッと書いて、また隠す。家へ帰る頃にはヘトヘトなので、一番活動できる“仕事中”になんとか書く。ずっと頭のどこかで小説のことを考えていたんですよね。そうやって2年ほどかけて書いたのがデビュー作でした。仕事中、自分が機械のようにループして働くことへの嫌悪感もありましたが、逆にその“集中して何かをやる”という状態自体は好きだったんです。無心になってゾーンに入るような。その感覚は小説の中にも込めました」

 大学時代まで漠然とした憧れで止まっていた作家への思いを行動に移した坂本さん。メモ帳を隠しつつ、ハードな日々の業務をこなす。そんな中で小説を書きあげることは並大抵のことではない。

「『ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)』という言葉もありますが、自分はどんな仕事でも『これ、意味あるのかな?』と “ブルシット”な部分を見つけてしまう性格なんです。でも、その中で唯一『これには意味がある、やり続けたい』と思えたのが、小説を書くことでした。だから辛くなかった」

坂本さんの“お守り”アイテムたち。ライターと、右はテレアポの仕事中、気を紛らわせるため握っていたサイコロ。その名も「Thick and Thin Dice(病めるときも健やかなるときも)」。

 人生を逆転させるような“マジック”はなくても、地道に自分にとって意味があることを続ける。それは、坂本さんにある確信があったからだ。

「振り返ってみれば、僕にとって小説家は仕事とはちょっと違うニュアンスが含まれているのかもしれません。もしかしたら、ヒップホップが好きな人が『俺は今日からラッパーだ』と思って生きるような、魂というか、生き様そのものに近いのかもしれません。それをすることでお金を稼げているかどうかに関わらず、『自分は小説家だ』という確信を持って生きる。何もできていなかったとしても、その日、その瞬間から小説家としての仕事が始まっているんだ、という感覚です。気恥ずかしいし、ある意味では勘違いともいえるかもしれませんが。早朝のスーパーにはそんな“芸術家”たちがいっぱいいて、自分もずっとそうやって生きてきて、頑張ってこられたし、救われた部分があるので。それでいいんじゃないかなと思います。これからもその気持ちを持って、2作目を書きたいです」

プロフィール

坂本湾

さかもと・わん|1999年、北海道生まれ、宮古島育ち。『BOXBOXBOXBOX』にて、第62回文藝賞を受賞し作家デビュー。

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