ライフスタイル

色褪せずにずっと残る“普遍性”を探しているんです。

ZORN/譲れない仕事のやり方

2026年8月28日

これが僕の仕事。


photo: Shingo Goya
hair & make: Mei
text: Keisuke Kagiwada
2026年9月 953号初出

喫茶店でリリックを執筆中のZORNさん。飲んでいるのは、「コン・レ・チュ・グラッセ」。たっぷりのミルクにほんのちょっとコーヒーを淹れたドリンクだが、最近カフェイン断ちしているZORNさんはコーヒー抜きを注文。

 ZORNさんの朝は早い。行きつけの喫茶店が開店する10時に訪れ、ビートを聴きながら、ラッパー御用達のノート「コンポジションブック」を開き、黒と赤のペンを交互に使い分けながら、リリックを執筆する。長いときは夕方まで粘るということを、週の半分ほど繰り返す。ラッパーというよりは、ほとんど受験生のようなライフスタイルだ。

「アイデアがひらめくとよくいいますけど、それは既に集中した状態が続いているときなんですよ。0からいきなりひらめくことはない。だから、無理矢理にでもルーティンを作ることが大事なんです。毎日同じ時間に音楽と向き合うってことを反復していると、諦めがついてくるんですよ。最初にパッと浮かんだアイデアがあっても、『いや、これなわけがない』って粘る。1か月、2か月と考えて、逆にそれ以上のものが出てこないってことがわかってようやく、『もう、これでいいか』ってなる。そのためには、反復というか遠回りが必要なんです」

こちらが門外不出のラップノート。色々と試すなか、一番使い勝手がよかったのが、2Pacが愛用していたことでも知られる「コンポジションブック」だった。まず黒ペンでアイデアを書き出し、いいと思ったら赤ペンで丸をつける。自宅にはこうしたノートが何十冊とアーカイブされていて、最近、発掘された最初期のシロモノには、「いつか『タワーレコード』にCDが置かれるようになりたい」と目標が刻まれていたそう。夢、叶ってます!

 だから、一曲を完成させるまでに、「コンポジションブック」を丸々一冊使い切ってしまうことも珍しくない。その果てしない遠回りの過程を、さらに詳しくZORNさんは語る。

「まずはストックしているビートを聴いて、これに合うトピックは何だろうって考える。浮かぶことは浮かぶんですよ、いくらでも。でも、自分が本当に言いたいこととなると、もはや全然ない。今の自分がこの人生のこのタイミングでしか言えないことって何だろう。必ず普遍性がないといけないし、自分の半径1m以内の個人的なことなんだけど、めちゃくちゃ普遍性があること、新小岩の話をしているのに、みんなに届いてみんなに刺さることを、いつも探しているんです。ただ、それが見つかったとしても、次にどういう切り口で落とし込んでいくかって問題が出てくる。例えば、家族という散々やり尽くしてきたトピックでも、今までと違う角度から見てみるとか……」

「僕にとって、ラッパーとは言葉を伝える仕事だと思っています」

 自身の仕事をそう定義するZORNさんだが、文化祭のステージで初めて自作のラップを披露した15歳のときは、まだその境地には至ってなかった。

「当時は、ラップをするのに精いっぱいで、リリックも相当拙かったと思います。『俺が一番だ!』みたいなことを歌っていたので。ただ10代後半の頃、THA BLUE HERBさんやShing02さんみたいな、言葉を大切に扱うアングラ日本語ラップに傾倒していくなかで、思ったんですよ。聞こえ方がカッコよくなきゃいけないのはもちろんだけど、その上でリリシストじゃないといけないって」

 ゆえに、しばらくMCバトルで名前を売ることに力を注いできたZORNさんが、2009年に自主制作でリリースしたファーストアルバム『心象スケッチ』(当時はZONE THE DARKNESS名義)には、その影響が濃厚に感じられると、本人は振り返る。

「今よりアングラ志向でしたね。アングラで芸術性の高いものが一番かっこいいと思っていましたから。だんだんそうでもないなって変わっていくんですけど」

ラッパーとコーキング。
自分だけのリアルを探して。

 変化のきっかけになったのは、2014年に般若が主宰するレーベル「昭和レコード」に所属したことだった。

「所属したのと同時に、ZONE THE DARKNESSからZORNに変わるんですけど、その辺りからラップを簡単にしていくこと、いろんな人に届けていくことを考え始めるようになった気がします。AKLOくんとの出会いも大きいんですよ。彼は韻の面白さやユーモアを追求する〝ラップゲーム〟系のど真ん中で戦っている人で、自分とはまったく路線が違う。だけど、AKLOくんとツアーとかをやることで、客観的にラップができるようになったというか、自分がいいと思うものだけでなく、人からいいと思ってもらえることも意識するようになったというか。今は深さや芸術性をまったく損なわずに、むしろそれを進化させながら、同時にわかりやすくしていくことにしか興味がありません」

 仕事という話でいえば、ファーストをリリースした時期と前後して、家業であるコーキング職人を始めたZORNさん。リリックでしばしば歌われる「現場」とはそのことだ。なぜ二足の草鞋を履こうと思ったのだろう。

「単純に、ラップで飯を食うとか全然無理だったからです。当時……ってもう20年くらい前ですけど、日本語ラッパーで食っている人って10人もいなかったんじゃないですかね。だから、自然な選択ではありましたが、最初は本当に嫌々やっていました。割に合わねぇなって。もっと悪いことをして金を稼いでいる奴が、周りにいっぱいいたし。いっぽうで、職人を始める直前まで少年院に入っていたので、自分の人生と向き合うなかで、『変わらなきゃいけないんだ』『真面目にやることがカッコいいんだ』って思っていた時期でもありましたね」

 週6で朝8時から夕方5時まで現場で働き、作業しながら頭の中でリリックを書いては、帰宅して夜にレコーディングをする。そんな日々を過ごすなか、別個に向き合っていた生活とラップが、だんだんと地続きになっていった。

「かつてはもっとラッパー然としたラッパーに憧れていたと思うんですよ。だけど、そういう人が掲げるヒップホップのリアルが、暴力とか薬物とか女とか酒とか、ステレオタイプにしか表現されないことに違和感を覚え始めたんです。もちろん、それこそTHA BLUE HERBさんみたいに、もっと深い精神性に着目している人はいましたし、一時期は自分もそれを目指していたけど、それはあの人たちが作ったものだから、追いつけない。自分にしか表現できないリアルって何だろう? と周りを見渡すと、現場仕事があって、嫁や子供がいた。これって誰も歌ってなくない? と気づいたんです」

 そうした思索の果てに紡ぎ出されたのが2015年にリリースした「My Life」に他ならない。「洗濯物干すのもHIP HOP」という一節は、生活者の実感が滲むパンチラインだ。

「自分で言うのも何だけど、発明したと思っています。ビートのチョイスや韻の踏み方、言葉選びやストーリーの持たせ方に関しては、それまでの曲だって今聴いても全然恥ずかしくないけど、唯一無二のZORN印があったかといえば、全然ない。このぐらいならいくらでもいるよねってラッパーの一人だったけど、『My Life』で全部が変わりましたね」

 実際、この成功によって、ZORNさんはラップで食えるようになった。しかし、それでもなお職人仕事を続ける道を選択したことで、「二足の草鞋」はアーティストとしてのアイデンティティにもなっていく。2021年、目標のひとつだった日本武道館ワンマンライブをした翌日ですら、早朝から現場仕事をしていたというのだから、驚くしかない。

「ただ、武道館の翌朝の作業を終えて、職人の仕事は辞めました。単純に音楽が忙しくなりすぎて、そもそも最後のほうはほとんど現場に行けてなかったんですよ。行けたとしても、職人たちが僕のことをヒーローみたいに扱ってくるから、めちゃくちゃ働きづらかったですし。ひとつの核ではあったので、辞めるかどうか悩みましたけど、ブランディングのために現場仕事をしているわけにもいかないんで。だから、今はもう現場仕事のことは歌えないけど、他にも実は歌えることはたくさんあって、その中からずっと残る普遍的なトピックを探していくって感じですかね」

2026年、OZROSAURUSとのツーマンライブ『Family Day』の一幕。しかし、どんなに大きなステージに立つことよりも、苦しみあぐねた末に生んだ楽曲のレコーディングが完了し、帰りの車中で出来たてほやほやの音源を聴いているときが、一番楽しい瞬間らしい。そうして作られた楽曲の目標を「色褪せずにずっと残ること」と語るZORNさんは、間髪入れずに続ける。「できれば、孫、ひ孫の代まで印税を発生させたいんです」

100点の曲しか作れない。
次のアルバムが見据える新境地。

 ただし、ZORNさんの人生から職人業が完全に姿を消したわけではない。「昭和レコード」離脱後に立ち上げた自身のレーベル「All My Homies」には、コーキング部門が存在しているのだ。

「ラップで食いっぱぐれたらそっちに行けばいいかなって。ただ、レーベル設立に関していうと、自分で稼いだお金は全部自分で管理したいっていう思いが強いんですよ。メジャーに所属すれば、代わりに宣伝してくれたり、アニメのタイアップ曲ができたりってメリットはあるんでしょうけど、今の自分にそれはいらない。それより自分の曲で生まれた金は自分に戻ってきてほしいんです」

 ZORNさんといえば、単独名義の曲をサブスク配信していない。それもまたインディペンデントでやっていく上での決意表明なのかと思いきや、どうやら事情は異なるようだ。

「サブスクのサービスが始まったときに、なんかやる気にならなかったってだけなんですよ。もしかしたら今後解禁するかもしれないし。だから……別に何も考えてないんです」

 そして現在、新アルバムを制作中のZORNさんは、「これまでとちょっと違う作り方をしているんです」と語る。

「ここ数年は、アリーナ公演とか大きいライブの日程をまず決めて、そこから逆算して、アルバムを作ってきました。例えば、ライブまで10か月あるとする。アルバムのためには10曲くらい必要なわけですが、ミュージックビデオを撮るような推し曲は1、2曲で、残りの8曲は70%くらいの力で作っていたんですよ。走りながら作るから勢いもつくし、変に力が入らないぶんいい曲が生まれる可能性もあるから、そのよさももちろんある。だけど、今は締め切りもないから、これまでなら1、2曲しか入れられなかった推し曲だけを作ってる状態なんですよ。だから、次のアルバムは特濃だと思います。熟考に熟考を重ねて、自分の中で100点だと思うものしか作らない……というか、作れない状態になっています。それが短所になるかもしれないけど、長所だとも思いたいですね」

エゴサをするのか尋ねると、「めっちゃするし、大事です」と笑うZORNさん。「傷ついたりはしませんが、『こう受け止める人もいるのか』と自分の曲を客観的に見ることは、僕にとって大切なんです」

プロフィール

ZORN

ゾーン|1989年、東京都生まれ、葛飾区新小岩出身。2004年より活動開始。2020年にレーベル「All My Homies」設立。現在、アルバム制作中。

Official Website
https://zorn.tokyo

Instagram
https://www.instagram.com/_zorn_/?hl=ja