ライフスタイル

仕事を考える視点/美学者・難波優輝

2026年8月24日

これが僕の仕事。


illustration: OCO
2026年9月 953号初出

締め切りに強制された時計ではなく
“生きている時間”を軸に選択する。

 なぜ人は締め切りを守れないのか。

 そう問われたら、誰しも5つくらいの“言い訳”が即座に思い浮かぶのではないだろうか。実は、こちらは美学者・難波優輝さんの著作のタイトルでもある。書店で目にしたとき、遵守するための術がまとめられていると思ったのだが、実は締め切りそのものへの疑問と、そこから逸脱することの意義が、とても明快に綴られた一冊だった。仕事では日々締め切りに追い立てられ、多少の無理をしてもそれをクリアすることが求められる。あらためて考えてみれば、自分の生活の中で、締め切りのために注力する時間は想像以上に長い。それに対してさしたる疑念を抱いたことがなかっただけに、難波さんの著作に、あらためて目を開かされた気分。締め切りを考えることで、僕らの仕事との向き合い方が変わるかもしれない。まずは難波さんに執筆のきっかけから聞いてみた。

「尊敬する友人の美学者・哲学者がいて、彼がとにかく締め切りを守れないんですよ。本人はやる気がないとか、社会性がないとか冗談で言うけど、他に原因があるはずと考えたら、締め切りのほうが悪いのではないかという発想に辿り着きました。で、待てよ、そもそも締め切りの“正体”を知らないなと。原始時代、備蓄した食糧が尽きる前にマンモスを仕留めなければとか、あるいは冬が来る前にドングリを集めておこうとか、そういう期限はあったかもしれません。でも、歴史的には締め切りがなかった時代が確実にあって、その誕生を追っていくうちに、“プロジェクト”という概念は比較的新しいものだと知りました」

 一説には16世紀のフランスで外交的・軍事的な戦略や構想を示す意味で使われ始めたとも。

「締め切りやプロジェクトは、人々を望ましい行動へと導くための強制力としても機能しているわけです。一方で、人それぞれが“生きている時間”がある。自分がどんな“今”を生きたいのか。それはごく平凡な時間だとしても、尊重されるべきものだと思います。でも、プロジェクトから締め切りの日付や時刻に合わせることを求められ、それを遂行しようと努めても、どうしても自分の“時間”と齟齬が生まれる。結果、締め切りを守れなくなるのです」

 確かに、締め切りを受け入れつつ、破ってしまうことが多々だ。

「一度スタートしたプロジェクトは変更できない、止められないと思われがち。再考すべきタイミングが来たとしても、なかなか見直すことができないのです。よい仕事をするための道具だったはずなのに、プロジェクト自体が目的になってしまっている。それに巻き込まれるのは、一つの悲劇ともいえるでしょう」

 本来は“生きている時間”に合わせた時計を各々が持っているはず。それを無視するかのように、プロジェクトは参加者が共有すべき時計を設定して、そちらに沿って動くことを求める。時々、息苦しくなるのは当然だろう。 

「納期などを考えれば、皆が共通の時間に基づいて動くほうが一見効率的です。でも、メンバーそれぞれの“生きている時間”を勘案しながら、最適な時計を設定するのは荒唐無稽な話ではありません。南極や北極、月など、かつては絶対に無理だと思われていた場所へ、人類は到達したわけです。『最初から諦めていませんか?』と言いたいですね。『人間を信じてやっていこう』という明るさや前向きさは、自分の中にけっこうあります」

 難波さんは著作の中で“いい時計”について2つの条件を提示している。1つ目は「多元的な“生きている時間”を生きる人々にとって無理のないものである」、2つ目は「多元的な“生きている時間”を生きる人々が共同で実践できるものである」。

「まず、自分だけではなく他の人に不利益をもたらさない時計であることが大前提。ただ、各々がバラバラの時間を生きればよいのではなく、共同で何かを進めたり、作ったり、話し合ったりするための時計であることも重要です。例えば、創造性や遂行力を発揮できる時間帯が異なる人たちをプロジェクトの時計で一律に管理してしまうと、その人が最も生産的になる時間が阻害されて、かえって効率性を下げてしまうことにもなる。プロジェクトによって、それぞれの“いい時間”を奪われた損失は大きい。関係者の生きる時間を上位のものとして、プロジェクトのほうが合わせる。それが叶う社会は夢物語ではないと思います。いい時間のためのアクションを起こしてみたら、何かが変わるかもしれません。あるいは、就職の際に、自分の“時計”を軸に考えてみる。そういう選択肢を持つこともできるはずです」

 さらに、“時計”が示すのは、“今このとき”だけではないとも教えてくれた。

「プロジェクトにより、現在は未来のための時間となってしまう。私たちは現在に生きながら未来を想像して、それによって現在を変えようとする。“折り重なった時間”を生きているのです」

 懐疑を呈するだけでなく、難波さんは締め切りの存在意義についても言及している。

「締め切りがなければ、人は伸び伸びと創作に集中できると考えられる一方で、永遠の遅延、つまり何も生み出さないという状況も容易に想像できます。それは死のない世界で生きるのと重なる部分がある。無限に時間があるのだから、いつかやろうとして永遠に何もしない存在にもなりうる。私たちは“終わり”によって形づくられる“生”でもあるのです」

プロフィール

難波優輝

美学者

なんば・ゆうき|1994年、兵庫県生まれ。立命館大学衣笠総合研究機構ゲーム研究センター客員研究員、慶應義塾大学SFセンター訪問研究員。同時に会社員でもある。著作に『物語化批判の哲学』『本とは何か』などがある。