カルチャー

山本恵里伽は『わたしはロランス』にカルチャーショックを受けた。

今日はこんな映画を観ようかな。vol.26

2026年6月27日

illustration: Dean Aizawa
text: Keisuke Kagiwada
edit: Togo Uchida

毎週、1人のゲストがオリジナリティ溢れる視点を通して、好きな映画について語り明かす連載企画「今日はこんな映画を観ようかな。」。今回はTBSアナウンサーの山本恵里伽さんが、グザヴィエ・ドラン監督の『わたしはロランス』を紹介してくれた。


今日の映画
『わたしはロランス』
(グザヴィエ・ドラン監督、2012年)

提供:アップリンク

「僕は女になりたい。この体は間違えて生まれてきてしまったんだ」という思いを秘めたロランスと、戸惑いながらそれを支えようとする恋人フレッド。2人の一筋縄ではいかない関係を、斬新な映像表現で描くスペシャルなラブストーリー。


 私は映画を観るとき、実は共感をそれほど重視していません。もちろん感情移入することもありますが、それよりも自分の日常では経験できない人生や感情、視点に出合いたい。大学2年生の頃に観た『わたしはロランス』には、日本で暮らす異性愛者の女性である私には体験できない風景がたくさん詰まっていて、だからこそ、今でもかけがえのない作品なんです。

 主人公はロランスという男性の国語教師。30歳の誕生日に、ずっと胸に秘めてきた「女性として生きたい」という想いを、恋人のフレッドに打ち明けます。でも、女性として生きたいのであれば恋愛対象は男性なのかなと思いきや、ロランスはフレッドと別れたいわけではありません。その設定にまず驚きましたし、「ああ、そういう人もいるんだ」と、性的マイノリティの方々を自分がどこか固定的なイメージで捉えていたことにも気付かされました。

 最初はその告白を受け入れられなかったフレッドが、自分なりに葛藤しながら、最終的にはロランスを支えようとする姿にも、心を打たれました。2人はときに激しく感情をぶつけ合うんですが、そのやり取りの奥には確かな絆や深い愛情が感じられる。性別や既存の枠組みでは語りきれない関係性が描かれていて、すごく新鮮でしたね。

 ただ、女性として生き始めたロランスは、周囲から軽蔑や嘲笑の視線を浴びせられてしまいます。それはゲイであることを公表している監督のグザヴィエ・ドラン自身が経験してきた現実とも重なるのかもしれません。公開当時は、今ほど多様性への理解が広がっていなかった時代だったので、性的マイノリティの方々がどんな思いを抱えながら生きてきたのかがすごくリアルに伝わってきて、大きなカルチャーショックを受けました。

 それと、ドラン監督の作品ってどれもそうなんですが、登場人物たちの心理を映像として大胆に表現してしまうところにも惹かれます。『わたしはロランス』でいえば、2人が別れた後、ロランスの出版した詩集をフレッドが読むシーン。フレッドが受けた衝撃を、台詞や表情ではなく、部屋の中で大量に降り注ぐ水に、滝行のように打たれる彼女の姿を通して表現してしまうんですよね。その発想が本当に鮮烈で、今でもすごく心に残っています。

語ってくれた人

山本恵里伽は『わたしはロランス』にカルチャーショックを受けた。

山本恵里伽

やまもと・えりか|1993年、熊本県生まれ。2016年、TBSにアナウンサーとして入社。現在の担当番組は『報道特集』『JNNニュース』など。またラジオ番組『荻上チキ・ Session』では火曜日のパーソナリティを担当している。大学時代は映画サークルに所属していた。

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