カルチャー

ポケットに詩集を。

A Poetry Anthology in Your Pocket

WHOLE CITY BOY CATALOG

photo: Yuki Kumagai
styling: Shuhei Yoshida
grooming: Nori Takabayashi
text: Kosuke Ide, Hana Hiraoka
edit: Shigeru Nakagawa (fashion)
2026年7月 951号初出

2026年8月13日

 どうやら世の中にpoetryが足りていないみたいだ。学校に、会社に、マンションに、居酒屋に、インターネットに。これはこうで、あれはああで、いやそれはそうじゃないだろうとか、何だか息がしづらい、生きづらい。なんて気にもなるってもんだけど、意外とpoetryはそこにだってあるんだ。こちらがその目で見つめてみれば。poetryは言葉と言葉の行間、意味と意味のスキマにある。その空間を発見して、そこで遊び続ける達人こそが詩人たちだ。そんな彼らのやり方に触れるために、近所の散歩に、ポケットに一冊の詩集を入れていこう。パラパラとめくって、気になったページに目を遣るだけで、いつもの公園がほんの少しだけ広く感じられるはずだ。

ニットポロシャツ¥29,700 (ノア/ノア クラブハウス☎03·5413·5030) チノパンツ¥51,700(オーラリー☎03·6427·7141) ユーズドの〈ナイキ〉のスニーカー¥15,290(古着屋JAM 原宿☎03·6427·3961)

\手に取るなら、こんな一冊はいかが?/

『場末にて』西尾勝彦

奈良で自然を愛でつつ、高校で国語を教えながら詩作をしている西尾勝彦が、とある小さな書店店主のために綴った言葉は、「場末」を支えるすべてのアウトサイダーへと広がっていく。「この話は誰にも言わないで と海の声で頼まれてしまった」という帯文のとおり、孤独に寄り添う、というより偶然に立ち会ってしまったに近い距離感が、ヘヴィーな都市生活にまいった心になんとも沁みる。コロナ禍に構想を始めたという、物語形式の新刊『あわいのひと』も気になる。(七月堂)

『誰もいない闘技場にベルが鳴る』後藤大祐

東京・世田谷『nostos books』スタッフが手掛けたという装幀がイケてて思わず手に取った、てな軽いノリでもぜんぜんOK。冒頭の「死体をタクシーに乗せて、」から強烈なドライブ感で詩なんて読む習慣のない読者も見知らぬ街へとブッ飛ばしてくれる。「ゲームの時間はおしまい。ボクらを取り囲む闘技場のフェンスを越える時だ」と高らかに宣言した本書からはや10年超、著者のXでのポストも素晴らしい詩だけど、そろそろ新しい一冊も欲しくなる。(土曜美術社出版販売)

『SAPERE ROMANTIKA』高田怜央

「舌は、ロマンスの神様だから。」と始まるのは、ヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』(2023年)や太宰治の短編集『Retrograde』の翻訳を手掛けた詩人・高田怜央による、英日バイリンガル構成の第一詩集。砂浜に似た手触りの表紙を開けば、サーモンピンクでタイプされた序文の知的なムードに目が醒める。これまで大急ぎで飲み干していたあの子との時間も、「味わう」ための手ほどきを受けたらほら、口の中で静かに溶けていくジェラートの様相。(paper company)

『すてきなひとりぼっち』谷川俊太郎

軽くて、シンプルで、よくありそうな感じなのにやっぱり違ってて、綺麗で、気取ってない。この本自体が谷川俊太郎の詩みたいだ。半世紀にわたる千数百編の詩から49編を選んで編んだ、絵本と詩集の出版社「童話屋」創業者・田中和雄のひとかたならぬ思いを感じる。「とりあえず/くつろいで/ここでここの/風をかぐのさ/ここでここの/光を見るんだ/ここにここの/今日がある」(「ここ」)。タイトルどおりに一人のときにそっと忍ばせたい。(童話屋)

『左川ちか詩集』左川ちか

近年、「幻の詩人」という評価を超えて改めて注目が集まる1930年代のモダニズム詩人、左川ちか。わずか7年ほどの間にJ・ジョイスやV・ウルフの翻訳を手掛け、自らも完成度の高い詩を書きながら、24歳の若さで病により早世。彼女の遺稿詩集を底本にした本書に並ぶ詩は難解にも思えるが、機械や都市と身体や生物がときに交錯し、ときにメタモルフォーゼしてこちらの不意を衝く。硬質で鋭利、でもキラキラと輝いて目が離せない刃物みたい。(川崎賢子編/岩波文庫)

『犬、犬状のヨーグルトか机』芦川和樹

インプロビゼーションなドラマー兼詩人にかかれば、音と意味の階段はジャンプ・アンド・スピンの遊び場に早変わり。タイトルの時点で首を傾げるのもわかるけど、ブルース・リーのあの有名な台詞を思い出して、あらゆるものが解体されていくスリリングな世界に身を委ねてみるのも悪くない。ただし帰ってこられなくなるので、過剰摂取には要注意。「いいか、ここは、カラフルな果実の楽園である。(…楽園なんてないよ)バニラは思うが、口にするのは困難である」(思潮社)

『ここに素敵なものがある』リチャード・ブローティガン

『アメリカの鱒釣り』(1967年)でヒッピーたちのヒーローになったブローティガンの言葉は短く繊細で、いつも少し寂しい。芭蕉や一茶に傾倒し、マッチョなアメリカよりも日本で長く愛され続けた詩人の詩集を、日本のビート詩人が約30年ぶりに新訳。表題作の他「ぼくらのすることはみんな関係がある」「ゆっくり君をその気にさせよう」「フライド・ポテトのようにファックしてよ」なんてタイトルだけで俳句のように感じさせるじゃないか。(中上哲夫訳/百万年書房)

『僕には名前があった』オ・ウン

「待つ人」「持つ人」「読む人」「いい人」「昔の人」「よろける人」「計算する人」「三回言う人」……各タイトルに加えて、冒頭の「詩人の言葉」から溢れる人、人、人、人。路地とか学校とかバスとか会社とか、人がいる所を舞台に飛び出す自在な言葉遊びで、すれ違いや誤解さえもユーモラスに感じさせる人。韓国で今、すごく支持されている(ユーチューバー的人気もあるとか!)詩人だと聞いて開いてみたら、何だかその理由がわかった気がした。(吉川凪訳/クオン)

『詩 303p』内田麟太郎

絵本『さかさまライオン』をはじめ、多くの童話を書き続けてきた内田麟太郎の詩は、いつまでたっても色褪せない。ことば遊びから編まれた100編の抒情詩は、かつて子供心と呼んでいたピュアな何かが、玩具箱の中だけじゃなく、今歩いているこの道にも隠れていたと思い出させてくれる。時折いたずらに挟まる、杉野ギーノスのヴィヴィッドな挿絵が小気味いい。ポケットに入れるにはちょっとだけ分厚いけれど、少しくらいはみ出すのもご愛嬌ってことで。(303BOOKS)