カルチャー
料理の合間に本でも読もうか。【後編】
編集者&ライター3名がセレクトする24冊。
2021年10月6日
photo: Kazuharu Igarashi
illustration: Tomomi Mizukoshi
text: Kosuke Ide, Michiko P Watanabe, Keisuke Kagiwada
BOOK SELECTOR
井出幸亮
編集者。1975年、大阪府生まれ。本誌連載「本と映画のはなし。」「sing in me」を担当。雑誌『Subsequence』編集長。いつかエチオピアに行って本場のインジェラを食べたい。
渡辺P紀子
昭和のある日、愛媛県に生まれる。食中心のライター&編集者。本棚は食関係の本ばかり。レシピ本も好きだが、食のルーツを探る旅のルポも好き。編集した料理書多数。
鍵和田啓介
ライター。1988年、東京都生まれ。著書に『みんなの映画100選』。『USムービー・ホットサンド 2010年代アメリカ映画ガイド』にはアレックス・ロス・ペリー論を寄稿。
12.『東京エスニック料理読本』
アルシーヴ社 編著
井出幸亮
「エスニック料理」というカテゴリー自体が死語になりつつある現在からは信じられないが、本書が出版された1984年の時点では、フォーもタコスもチヂミもタンドリーチキンも一般的には知られておらず、いわゆる「和食」や「洋食」でない料理を食すことは相当に知的でシャレオツな行為だった。そんな時代を先駆けるように出版された本書は、武邑光裕、泉麻人、四方田犬彦、杉本貴志などの文化人が寄稿し、料理はケータリング・サービス(というもの自体が新しかった)を展開するユニット「CUEL」が担当。ファッション感覚でスタイリングされた料理写真も含め、斬新なデザインは現代にまで続く「お洒落な料理本」のルーツとも言え、今見ても十分かっこいい。
13.『料理の四面体』
玉村豊男
井出幸亮
料理エッセイの大家による、最初の料理本にして大名著。奇妙なタイトルは、著者が本書で提示する、この世のすべての料理を「火・水・空気・油」の4要素によって捉える四面体モデルからとられている。「『鶏料理三百六十五日』を全部丸暗記したとしても、三百六十五種類の料理しかつくれないのである。イッパツで料理の一般的原理を発見し、それを知ったらあとは糸を紡ぐように引けば引くだけ次から次へと料理のレパートリーが無限に出てくる……というような方法がないものだろうか」。この原理に拠れば、刺し身もステーキもすべて「サラダ」ということになる(!)というのがもう面白い。豊富な食知識と体験が、洒落とも本気ともつかぬ理論に説得力をもたらしている。
14.『サンダー・キャッツの発酵教室』
サンダー・E・キャッツ著
和田侑子、谷奈緒子訳
井出幸亮
近年、世界中の食にこだわる人々の間で注目される「発酵文化」ムーブメントの牽引者の一人であり、自ら「発酵リバイバリスト」と称するサンダー・E・キャッツによる発酵DIYガイドブック。ニューヨークからテネシー州の田舎に引っ越し、発酵食にハマって研究を深めた彼が製作した、発酵食のレシピをまとめたZINEを書籍化したもので、ザワークラウトから味噌、インジェラ、テンペまで幅広く取り上げている。自ら作る発酵食を「スーパーマーケットに並んだ生命力のない工業製品とは正反対の存在」と捉え、英単語「fermentation」(発酵)の第二の意味である「混乱、騒動、扇動」へと繋げるその姿勢は、カウンター・カルチャーのバックグラウンドをビンビン感じさせる。
15.『村上龍料理小説集』
村上 龍
鍵和田啓介
孤独な映画監督の男が、世界中を放浪しながら、その土地のレストラン(多くは実在する店がモチーフ)で料理を食べつつ、出会った人々との会話に花を咲かせる。本書に収録された33編のごく短い小説は、こうした基本構造を持つ。主人公の味に対する表現力の豊かさには舌を巻くが、それ以上に驚くのは、時に作り方までも言葉にできてしまうところである。実際、あとがきを執筆する上柿元勝シェフも、「実は、彼は料理をしない料理人なのではないか」と著者である村上龍を評している。レストランに行き、シェフの動きと、舌の記憶だけで、料理を再現できる能力があるならば、ぜひとも欲しい。この短編集を読めば身につくかは定かでないが、ヒントにはなるだろう。
16.『レヴィ=ストロースの世界』
レヴィ=ストロース他
鍵和田啓介
文化人類学者のレヴィ=ストロースは、料理を「生もの」「火にかけたもの」「腐ったもの」に分類し、「料理の三角形」と呼ぶ。そして、あらゆる民族を例にとり、この3つの調理法(というか食べ方)を、どのように発展させ(焼く、煮る、揚げる……)、どのような態度を示していたかを探っていく。例えば、多くの民族にとって、「煮たもの」は家族向け、「焼いたもの」は来客向けの料理として認識されていた。それは、「煮たもの」が容器の内部で調理されたものであり、民主的な雰囲気があるからではないか……という具合だ。その上で、こうした歴史を知ることは、彼ら彼女らの社会の構造を知ることにも繋がるという。つまり、人類の歴史は料理の上に成り立つということ?
17.『奇書 カレー屋まーくんのあなたの知らないスパイスの世界』
カレー屋まーくん
井出幸亮
渋谷『虎子食堂』他、さまざまな場所での間借り営業やイベントでカレーを提供し、カレー好きの間では知る人ぞ知る『カレー屋まーくん』の店主であり、PUNPEE参加の加山雄三リミックスプロジェクトも手掛けたクリエイティブ・ディレクター「まーくん」が、カレーにまつわるレシピ、食材紹介からディスクガイド、Tシャツ紹介に至るまで、詰め込みまくったカルトな書。自らタイトルに「奇書」などと謳ってあるとつい敬遠したくなるが、オビに書かれたスチャダラパー・Bose氏の推薦文にもあるように、書店で料理本のコーナーに置くべきか躊躇してしまうような本書のギリギリ感溢れるバイブスを知れば、それも手に取る人々への親切心かと思い至る。
18.『105歳の料理人ローズの愛と笑いと復讐』
フランツ=オリヴィエ・ジズベール著
北代美和子訳
井出幸亮
説明的すぎ&長すぎで思わず苦笑いの「邦題あるある」ではあるが、小説の原題『La Cuisinière d’Himmler』(ヒムラーの女料理人)よりもずっと読みたくなる魅力的なタイトルだし、洒落た装丁もナイス。ヒムラーとはもちろんヒトラーの側近だったあの男である。マルセイユの人気レストランの美貌の女店主ローズは、20世紀初頭のアルメニア人虐殺からナチスの台頭、毛沢東の「大躍進」まで20世紀の「殺戮の歴史」の現場をくぐり抜けてきたスーパーおばあちゃん。時代の渦に翻弄され、過酷な運命にありながら、常に溢れ出る情熱(食欲&性欲)で着実に「復讐」を遂げていく姿が痛快で、重厚な内容だが楽しく読み進められる。巻末にレシピがついているのも粋なはからいだ。
19.『食卓一期一会』
長田 弘
鍵和田啓介
詩人の長田弘は「料理に大切なのは、いま、ここという時間だ。新鮮な現在をよく活かして食卓にのせる。それが料理というわざだ。……食卓を共にするというのは、そうした新鮮な現在を、日々に共にすることだとおもう」と書く。「包丁のつかいかた」「おいしい魚の選びかた」「ハッシュド・ポテト・ブラウン」「ユッケジャンの食べかた」……。この詩集には、長田の料理に対するそんな思いが、言葉の結晶となって収められている。「いい時間のつくりかた」ではスコーンを作り、お茶を飲む風景が描写され、「1日にいい時間をつくるんだ。とても単純なことだ。とても単純なことが、単純にはできない」と結ばれる。読後、「料理をしよう。いい時間をつくろう」と思うはず。
20.『FOOD RULES』
MICHAEL POLLAN
渡辺P紀子
『人間は料理をする』の著者マイケル・ポーランが著した、64個からなる食のルール本。ハッキリ言って、わかりきったことが中心だ。でも、あらためて言われるとボディブローのようにじわっときいてきて、日頃の食生活を見直すきっかけに。この本は、NYの友人からもらったイラスト版。平易な英語ゆえ絵本感覚で読める。お気に入りのルールは、「朝食は王のように、昼食は王子のように、夕食は貧者のように食べる」。毎食、王のように食べているかもと、一瞬反省。「お腹がいっぱいになる前に食べるのをやめる」「やっぱり食べる量を減らす」とか、わかっちゃいるけどやめられない、植木等的気分になるルールが多い中、「夕食にワインを1杯」というルールにホッと救われる。
21.『Enjoy CAN Cooking』
社団法人日本缶詰協会編著
井出幸亮
昭和56年発行、制作は電通、企画は「社団法人日本缶詰協会」! これだけでお察ししていただけるとおり、本書はCAN=缶詰の若者世代への認知・普及を目的に作られた日本唯一(?)の缶詰カルチャー本である。冒頭の片岡義男による「僕のワンダーCANランド」と題したコラムから始まり、数々の缶詰料理レシピの合間に、吉行淳之介、矢吹申彦、浅井慎平など錚々たる面子の寄稿が並ぶ。CANとは単なる缶入りの食糧にあらず、「食品を缶に詰めて脱気、密封したのち、加熱殺菌を施し、長期の保存性を与えた食品」であり、「CANは万能です」とその利便性と栄養、おいしさをアピール。ほとんど意味不明な表紙からして時代を感じさせる、アメリカンカルチャーの夢の残滓的一冊。
22.『男の手料理』
池田満寿夫
井出幸亮
ベストセラー『エーゲ海に捧ぐ』の、などと言ってももはや今ドキのシティボーイはハテナだろうが、池田満寿夫が日本有数のイケてるアーティストだった時代があった。海外で暮らし国際的に活躍し、版画・絵画・彫刻・小説・映画監督までマルチにこなした池田が書いた料理エッセイは、エロスや精神世界などをテーマにした深遠な作風とは裏腹に、「男の料理は手抜きの料理である」と言い切るあっさり風味。冒頭の「コロンブスの目玉焼丼」からして白飯に目玉焼きをのせてウスターソースをかけただけ。その他も「ホウレンソウのソースいため」だの「フライパンのタコ焼き」だの、簡易かつありあわせ的、しかし教科書的ルールにこだわらず気軽に実験する精神がいかにもらしい。
23.『スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン』
スタジオ・オラファー・エリアソン
井出幸亮
世界的な現代美術家オラファー・エリアソン。ベルリンにある4階建て3万平方メートルの巨大な工場跡地を改装した彼のスタジオでは毎日、50人にも及ぶスタッフたちが、1階に設えられたキッチンで作られたランチをともにする。提供されるのは旬の食材を使ったベジタリアンレシピ。「食べることを通じて、ぼくらは世界を取り込む。光を体内に取り入れるのだ」と語るオラファーとスタッフにとって、料理と食事はクリエイティビティを生み出すインピレーションを与えてくれる重要なプロセスである。『シェ・パニース』のアリス・ウォータースや『ノーマ』レネ・レゼピら有名シェフも訪れるスタジオの様子やレシピ、思考の過程を豊富な写真とともにまとめたドキュメント本。
24.『十皿の料理』
斉須政雄
渡辺P紀子
東京・三田にあるフランス料理店『コートドール』。この店で供される、一点の曇りもない清らかな料理は、いかにして生まれたのか。10皿の料理を通して、斉須政雄シェフのフランスでの修業の日々が語られていく。料理の話を読んでいるつもりなのに、いつの間にかシェフの心のヒダに深くひき込まれる。ひとりの男のビルドゥングスロマンとしても興味深い。何と誠実で謙虚で温かくて厳格な人なのか。ともかく、すごい人だ。厨房は、日々使っているとは思えないほど、いつもぴかぴか。精神の表れだ。若者たちよ、一度は『コートドール』での食事を体験してほしい。その後、再度、この本を開こう。志の高さとすごみに圧倒されるはずだ。聞き書きは大本幸子さん。素晴らしい筆致。
ポパイのエプロンメモ
長田弘は『食卓一期一会』の詩をレシピとしても使えるものにするため、実際のレシピを参考にしているという。そして、書いた後、読者が真似できるかどうかを試してみたそうだ。料理も詩もこういうひと手間が肝心なんだろう。
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