CULTURE

ビル・ゲイツの未来を決定した1週間の読書。

2021.09.18(Sat)

photo: Natsumi Kakuto
illustration: Naoki Shoji
text: Kosuke Ide

Netflixオリジナルドキュメンタリー『天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する』のシーンから。河畔の別荘で一人読書に勤しむビル。読書が進むにつれて、机の上のダイエット・コークの空き缶が増えていく。

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 アメリカ・ワシントン州、フッド運河の水面に、一機の小さなプロペラ式水上飛行機が着陸する。機体から出て地上に降り立ち、歩き始めた一人の男の手には、〈L.L.Bean〉のボート・アンド・トートバッグ。そのバッグの中身は、溢れんばかりに詰められた大量の本だ。重そうなバッグを左手に持ち、男は素朴な小屋のドアを開け、暗い屋内へと入っていく……。

 その様子は、昨年9月、Netflixで配信された3回シリーズのドキュメンタリー『天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する』(Inside Bill’s Brain: Decoding Bill Gates)のワンシーンだ。もちろんその男とはビル・ゲイツ、言わずと知れたマイクロソフト共同創業者であり、慈善活動に熱心な大富豪だ。本作のエピソード2の冒頭に、ゲイツが1990年代から取り組んでいる「Think Week」の習慣に勤しむ様子が記録されている。

 Think Week、つまり「考える週」とはその名のとおり、何かを考えることに使われる1週間。実業家として多忙な日々を送るゲイツは年に2回ほど、日々のルーティンワークや雑事を離れてフッド運河の別荘に籠もり、ひたすら本を読むという。「That’s CPU time」(考えるための時間だ)とゲイツは言う。読書と思考を、コンピューターの中央処理装置として演算を行うCPUに例え、考えるべきことを書き出すことをコードに例える。低金利はいつ終わる? あの診療所はなぜよくならないのか? 何都市に参入するか? 安全性のテストはどうする? 過小評価していないか? 関連書籍は? 誰と話すべきか? そんなあれこれを、縦横に考えるのだ。

 このThink Weekがもたらすものは、自身の今後の方向性を探る上で実に大きいという。最も有名なのは、1995年のThink Weekを経てゲイツによって書かれた「インターネットの高波」というメモだ。当時、マイクロソフトはインターネット事業で他社に後れを取っており、ゲイツ自身もまだその重要性を完全に理解していなかったが、このときの思考によって、インターネットがこれからの社会にどれほど決定的なインパクトをもたらすのかを確信したという。その後すぐに同社はインターネット事業に注力し始めることになった。

 机の上には、メモとペン。そしてダイエット・コーク。置かれた本は、認知科学者が暴力の歴史を描いた『Enlightenment Now』(『21世紀の啓蒙』スティーブン・ピンカー)。心理学者による脳科学書『The Brain』(Gary L. Wenk)、MITの科学者バック博士の評伝『The Cryotron Files』(Iain Dey, Douglas Buck)など。ゲイツが薦める幅広いブックリストは自身のブログ「Gates Notes」で毎年公開されている。

 下のリストは、2020年のサマーリーディングリストから、邦訳があるものをピックアップしたものだ。それにしても、あのPC界の「生ける伝説」であるビル・ゲイツが、重い本を抱えて、紙にペンを走らせながら読んでいるというのが実に面白い。ゆっくり集中し、考えをまとめるには、やはりリアルな本と向き合う時間が必要というわけか。カオスな頭の中を整理し、クリエイティブな思考に至るためにThink Weekはある。大富豪でない君にも、思いついたら今すぐできる素晴らしい習慣なのだ。

ビル・ゲイツが選ぶ、10冊のサマーブックス。

『クラウド・アトラス』上・下
デイヴィッド・ミッチェル 著/中川千帆 訳

時代も、場所も、人も、文体も異なる6つの物語が巧妙に循環する壮大な小説。「弱者は強者の貪る肉なり」という現実への抵抗が6様に描かれ、「人間性の最良・最悪の両面において、実に説得的で夢中になる」とゲイツ。 2013年/河出書房新社

『ディズニーCEOが実践する10の原則』
ロバート・アイガー 著/関 美和 訳

ABCテレビの雑用係から昇進・出世を続け、ウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOを2005年から2020年まで務め、ディズニーに革新をもたらした著者の自伝。「ここ数年で読んだ中で最高のビジネス書の一つ」とゲイツも称賛。 2020年/早川書房

『グレート・インフルエンザ』
ジョン・バリー 著/平澤正夫 訳

コロナ禍の今、「対処すべき多くの課題を思い出させてくれる」と語るドキュメンタリー。世界中で最大推定1億人、日本で30万人以上の死者を出した100年前のインフルエンザ、通称「スペイン風邪」の発生と終息への挑戦を綴る。 2005年/共同通信社

『絶望を希望に変える経済学』
アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ 著/村井章子 訳

移民、貿易、環境、格差、政治への不信など、現代でまさに直面している問題に対し、経済学にできることを問いかける書。「ノーベル経済学賞受賞者の著者2人は今最も賢い経済学者。経済学を一般の人にわかりやすくしてくれる」 2020年/日本経済新聞出版

『からっぽ! 10分間瞑想が忙しいココロを楽にする』
アンディ・プディコム 著/満園真木 訳

元仏僧である著者が提唱する「10分間瞑想」の実用本。アジアのいくつもの寺院で修行した逸話や出会った導師たちの話も読める。「何年もの間、瞑想に懐疑的だったが、この本と著者のアプリ『Headspace』が私を変えたんだ」 2011年/辰巳出版

『ごく平凡な記憶力の私が1年で
全米記憶力チャンピオンになれた理由』
ジョシュア・フォア 著/梶浦真美 訳

『ナショナルジオグラフィック』などに記事を寄せるフリーのサイエンスライターが記憶力の訓練を始め、1年間で全米No.1になった実録。ゲイツ曰く、「新しい分野で仕事をする際に、物事を覚える方法を学んでおくのは悪くない」 2011年/エクスナレッジ

『火星の人』
アンディ・ウィアー 著/小野田和子 訳

マット・デイモン主演で『オデッセイ』として映画化されたSF。火星に1人取り残された植物学者が、限られた物資と知識を駆使し、ユーモアを備えた強い心で生き延びる。「新型コロナウイルスにも同じように臨みたい」 2014年/早川書房

『モスクワの伯爵』
エイモア・トールズ 著/宇佐川晶子 訳

1922年のモスクワ。革命政府に軟禁刑を下された伯爵は、ホテル暮らしで一生外出禁止の身に。しかしその日々は紳士的で前向き。「私たちの現状に近いが、身の回りのものを生かす彼の物語は、楽しく、賢く、驚くほど明るい」 2019年/早川書房

『ワイフ・プロジェクト』
グラム・シムシオン 著/小川敏子 訳

オーストラリアのロマンチックコメディ。空気が読めない39歳の遺伝学者が婚活を始め、裏目に出続ける中である女に出会う。「妻に薦められて読んで大笑いした。おかしな男の心の中に入り、彼は誰とも違わないと気付く物語だ」 2014年/講談社

『ホワット・イフ? 野球のボールを
光速で投げたらどうなるか』
ランドール・マンロー 著/吉田三知世 訳

元NASAのロボット工学者であるウェブ漫画家が、空想的な質問を受け付けてユーモア溢れる答えを返すサイト「What If xkcd」を基に上梓した話題作。ゲイツ曰く「オフビートな科学レッスンから多くの意外な事実を知るだろう」 2015年/早川書房

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