TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】地元の街で遊ぶように暮らす

執筆:パリッコ

2026年9月5日

パリッコ


text & illustration: paricco
edit: Shinji Yokota

近年、地元石神井の活気の中心となっている店のひとつは、間違いなく『moumou THE FAMOUS DELI(ムームーフェイマスデリ)』だろう。これまたひと言で説明できる店ではないんだけど、順を追って説明してゆこう。

2020年11月、コロナ禍のまっただなかに『ムームー・サンドウィッチワークス』という店が石神井に誕生した。場所は駅から徒歩10分ほどの街道沿いで、こんな時期、こんな場所に、飲食店の新店が!? と驚いたことをよく覚えている。

店名どおり、当時はサンドイッチがメインの店で、どれもひとつ1,000円を超える価格ながら、試しに一度食べてみて衝撃を受けた。僕がかつて体験したことがないほど具だくさんでボリューム満点、なによりも、これまでの人生で食べてきたサンドイッチとはまったく別次元の美味しさだった。

種類も豊富だが、いちばんの看板メニューが、自家製のパストラミビーフと、とろけるチーズをこれでもかとパンの間に詰め込んだ「自家製パストラミビーフサンドウィッチ」(税込1,390円)。その満足度は、ちょっと背伸びしてハレの日に行くフレンチやイタリアンレストランにも匹敵すると感じた。これならばむしろ、安すぎる。

そんな『ムームー』がさらなる進化を遂げたのは2023年のこと。場所を駅前商店街に移転し、サンドイッチはもちろん、さまざまな日替わり料理やスイーツが購入できるデリとして生まれ変わった。

静岡出身で、長い飲食業の経験を経てこの店を始めた店主の加藤綾子さんが作る料理はなにもかもが絶品で、今夜はなにか美味しいものが食べたいな、という日は、深く考えずに『ムームー』に寄ればいい。そんな店が地元にあってくれることが、どれだけ幸せなことか。

ただし、それはまだ『ムームー』の良さのごく一部に過ぎない。なんと言っても強力なのは、綾子さんの人を惹きつける魅力、カリスマ性だ。

現在の『ムームー』にはテイクアウト窓口の他、店内に数席の飲食スペースがある。つまり、サンドイッチや料理を選んでその場で食べていくこともできるのだ。しかも、綾子さんはお酒好きなので、酒類メニューも豊富にある。結果、昼夜を問わず常連たちが集まり、買いものをしたり、食事をしたり、酒を飲んだりと気ままににぎわう、ものすごく自由な交流場になっている。

日中に買いものなどで駅前まで出た際、1杯だけビールやチューハイを飲みに寄らせてもらうことも多い。それでも綾子さんや数名の女性スタッフのみなさんは嫌な顔ひとつせず、ゆるゆると過ごす僕を許容してくれる。そんなノリだから常連客もとても多くて、いつ行ってもどこか祝祭的な空気感に満ちているのが、『ムームー』という店なのだ。

もちろん、ちょっとつまみが欲しければガラスケースを覗いてみればいい。定番のレバーパテもいいし、季節の食材を使った日替わり料理もどれも魅力的だ。しかもそれらを店内で食べていきたいと言えば、わざわざ温めて皿に盛って出してくれる。そのどれもが悶絶もののうまさで、なんだかこちらが申し訳なくなるほど。

ある日の「宮城産ちかのフリット」(600円)

ある日の「宮城産ちかのフリット」(600円)

ある日の「ババガヌーシュ(焼きなすのフムス)」(580円)

店頭にもちょっとした椅子とテーブルがあり、気候のいい日にここで街の風景を眺めながら飲んでいると、なんとも言えない多幸感に包まれる。

『ムームー』の地元民からの愛され度はすさまじく、近年は地元のお祭りなどにも頻繁に出店している。また最近は、西武有楽町線の新桜台駅近くに『moumou ekoda chapt(ムームー エコダ チャプト)』という支店も出した。

どちらの店でも気軽にイベントができるのもありがたく、僕もこれまでに何度も、1日店長イベントや、本の出版記念サイン会などをやらせてもらっている。

石神井に暮らしはじめて18年目。街の風景の移り変わりを目の当たりにする機会も増えてきたし、生活や、酒場との付き合いかたにも少なからぬ変化はある。けれども、まるで台風の目のようなパワーを発するムームーのような店があるから、これからもこの街で、遊ぶように暮らしていきたいなと思える。

さて、この原稿も書き終わったところで、そろそろ一杯やりに、『ムームー』か『バーコンビニ』へでも行ってこようかな。

プロフィール

パリッコ

ぱりっこ|酒場ライター。1978年、東京生まれ。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。

Instagram
https://www.instagram.com/paricco/

X
https://x.com/paricco