TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#3】ケバブとトルコ料理
執筆:デリヤ・エスデヴレット
2026年7月28日
東京に戻ってしばらくしたある日、料理人の友人からこんな質問をされた。
「ケバブって、ヨーグルトと玉ねぎでマリネするんですよね?」
その瞬間、彼が思い浮かべていたのは「ドネルケバブ」だと気づいた。
確かにドネルには下味を付けることもある。でも、本当においしいケバブを決めるのはマリネでもソースでもない。良い羊肉と、それを焼く職人の技術だ。
その会話をきっかけに、改めて思った。
世界では「ケバブ」と聞くと、多くの人がドネルだけを思い浮かべる。でも、トルコ料理はそれだけではない。
それは、日本料理を寿司とラーメンだけだと思っているのと同じくらい、もったいないことだ。
だからこそ、原さんとのトルコ旅行には大きな意味があった。
これは観光旅行ではなく、トルコ料理を知るための旅だった。
私たちの一週間の旅は、イスタンブールから始まった。
トルコでは朝食は一日の中でも特別な食事だ。クロワッサンやサンドイッチを急いで食べて終わるようなものではない。
もちろん豪華な朝食も魅力的だけれど、私が好きなのはもっと素朴な朝食だ。
最初に案内したのは、ボモンティにある「Erzincan Tandır Evi」。
焼きたてのタンディルパンに、蜂蜜とカイマク。
それだけで十分だった。
日本ではカイマクを知っている人がまだ少ないことに少し驚く。トルコでは当たり前の存在なのに、一口食べれば誰もが忘れられない味になると思う。
昼が近づく頃には、お腹も空いてくる。
そこで向かったのが、乙女の塔の近くにある「Dönerci Engin」。
日本で「ケバブ」と呼ばれているものの多くは、鶏肉にたっぷりのソースとキャベツを合わせたスタイルだ。
もちろん、それも一つの食べ方だ。
でも、トルコのドネルは少し違う。
主役はあくまで肉。
ソースはほとんど使わず、玉ねぎやトマトを添える程度。焼きながら肉から落ちる脂こそが、一番おいしいソースになる。
実は、「イスタンブールならではのケバブ」というものはあまり存在しない。イスタンブールはトルコ各地から人が集まる街なので、ケバブも職人の出身地によって変わる。アダナ出身ならアダナ風、ガジアンテプ出身ならガジアンテプ風というように、それぞれ故郷の味を受け継いでいる。そのためイスタンブールでは、一つの郷土料理ではなく、トルコ各地のケバブ文化を一度に味わうことができる。
この旅では、料理を紹介するだけではなく、私自身が本当に好きな店も紹介したいと思っている。
どれも観光客向けではなく、地元の人たちが普段から通う場所ばかりだ。
次に向かったのは「Pideci Şakir Usta」。
ピデは地域によって驚くほど種類が違う。
基本は、高温で焼き上げた薄い生地に、それぞれの土地ならではの具材をのせる料理。
薪窯ではないという点を除けば、ここの生地も具材も素晴らしい。
シンプルだからこそ、素材と職人の技術がそのまま表れる料理だと思う。
旅の途中、原さんも同行していた友人たちも、一皿食べるたびに驚いていた。
その反応を見るたびに、次の店へ案内するのがますます楽しみになっていった。
トルコで「Lokanta」という言葉は、家庭料理を気軽に楽しめる大衆食堂を意味する。
私たちが東京で付けた「Lokanta」という名前も、まさにそこから来ている。
観光客がケバブを目当てに訪れることは多い。
でも、地元の人たちが毎日のように通うのは、こうした食堂だ。
地方によって料理も変わる。
大阪と東京で寿司の文化が少し違うように、トルコでも地域ごとに食卓は大きく変わる。
イスタンブールなら、Fatihにある「Köroğlu Et Lokantası」をおすすめしたい。
ドネル、クルファスリエ、カヴルマ、ピラフ、そしてスュトラチ。
どれも飾らない料理だけれど、トルコの日常を知るには十分すぎる一皿だった。
こうしてイスタンブールだけでも、トルコ料理の奥深さを十分感じてもらえた。
けれど、本当のケバブの旅はここから始まる。
私たちが向かった先は、ケバブの本場、アダナだった。
南へ行くにつれて気候も変わる。
その土地で育つ羊の脂の付き方や肉質も変わる。
だからこそ、同じケバブでも土地によってまったく違う表情を見せる。
アダナケバブは、日本では「挽肉のケバブ」と紹介されることが多い。しかし本来は機械で挽いた肉ではない。仔羊の赤身肉と尾脂を、「ズルフ(Zırh)」という大きな刃物で何度も細かく叩いて作る。そうすることで、肉はまるでブルグルのように均一に細かくなりながらも、機械では生まれない食感が残る。そして赤唐辛子を加えた辛口で仕上げるのが、アダナケバブ最大の特徴だ。
旅はちょうどラマダンの時期と重なっていた。
人気店でも行列がなく入れたりする幸運もあれば、名店が休業していたり、職人が休暇中で弟子だけが焼いていたりすることもあった。
ケバブは職人の料理だ。
焼く人が変わるだけで、味も驚くほど変わる。
アダナでぜひ訪れてほしい一軒が羊のレバーのケバブのお店「Ciğerci Kel Mahmut」。
昼前には売り切れてしまうことも珍しくない。
朝から人々が羊のレバーを食べに集まる光景は、日本ではなかなか見られないかもしれない。
席に着くと、隣のテーブルから焼きたての串を一本、「食べてみな」と差し出された。
ラヴァシュにレバーを二本、スマックオニオンをのせ、少しのクミンと塩を振る。
最後に冷たいアイランを飲む。
それだけで十分だった。
ケバブは肉だけではない。地域によって、付け合わせや食べ方も大きく変わる。アダナでは赤唐辛子、ウルファでは香り高いイスット、ガジアンテプでは肉厚で辛味のあるアンテップ唐辛子が食卓に並ぶ。同じケバブという名前でも、地域ごとに肉の切り方、焼き方、香辛料、そして食べ方まで大きく異なる。それこそが、トルコのケバブ文化の面白さだ。
旅の終着点は、ユネスコ創造都市にも選ばれているガジアンテプ。
ガジアンテプでは、肉の選び方や焼き方だけでなく、香辛料や付け合わせまでさらに個性が際立つ。同じ「ケバブ」という名前でも、それぞれの土地に受け継がれてきた文化がある。
次回は、その街で出会った料理と、トルコ料理のさらに奥深い世界を紹介したいと思う。
(次回へ続く)
プロフィール
Derya Esdevlet
デリヤ・エスデヴレット|1997年、トルコ生まれ。16歳で料理の世界に入り、トルコ国内外のレストランで経験を積む。現在は「LOKANTA」を主宰し、トルコ料理を軸に日本の食材や文化を取り入れた表現を探求。東京やロンドンを中心にポップアップレストランやコラボレーションを行いながら、新しいトルコ料理の可能性を発信している。
Instagram
https://www.instagram.com/desdevlett
https://www.instagram.com/lokantatokyo
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