ライフスタイル

出産

あたらしい私のいえは、東京 森のいえ Vol.7

photo & text: Mari Shamoto
edit: Masaru Tatsuki

2026年7月26日

photo: Masaru Tatsuki

ログハウスは夏らしい青々とした緑に囲まれているが、昼間はどうしようもないくらい暑い。もうすぐうちにもエアコンが入る予定だ。

梅雨の時期、今年は実家のある愛知に3週間程滞在をした。地元にいる友人たちと子を交えて会うようになったことが何より新鮮だった。皆同じように出産の痛みを経験し日々、子との生活に試行錯誤しながら過ごしている。友人たちとの会話の中で、村に住んでるとどこで出産することになるの?と聞かれた。通っていた助産院までは車で1時間くらいかな、と伝えると皆目を見開らく。でもスーパーだって30分はかかるからさ、とさらに言うとまた目を見開いて笑ってくるのだった。

ヨウがお腹にいると分かったとき、この子をどこで産むのか、ということを考える必要があった。調べると家から1時間ほど車を走らせれば、クリニックや大きな病院で出産できることが分かった。もしくは実家に帰って出産する選択肢もあるようだ。なんせ全てが初めてのこと、何かにピンとくるわけもなかった。そんなとき集落に住む友人が助産院で出産していたことを思い出す。友人に話すと一度話を聞きに行ってみるといいよ!と言うので、早速トシキと出向いてみることにした。

私たちをにこやかに迎え入れてくれたのは院長の女性だった。お産に携わってもう60年が経つそうだ。今は医療の整った病院やクリニックで出産することが主流で、医療行為が行えない助産院での出産は一握り。出生率も下がっていく中で、助産院は全国的に廃業が後を経たない現状があるらしい。そんなことは何も知らない私たちに、その人は「どうして話を聞きに来ようと思ったの?」と尋ねた。私は「よく分かってないんです、妊娠のことも、出産のことも。だけど友人から畳の上で出産ができるんだよ、と聞いて助産院がどんなところなのか知りたくて来ました」と言うと「よく分かってないくらいがちょういいのよ」と言っていろんな話をしてくれた。助産院の置かれている現状から、病院での出産のこと、出産の痛みに対しても、「もう、すーごいの(痛み)が来るから!」とどんな話も包み隠すことなく、真っ直ぐに話してくれた。初対面で1時間半、互いにいろんな話をするうちに、私のモヤモヤした不安な気持ちは晴れていった。帰りの車の中でトシキに、「ここなら安心して産める気がする」言うと、トシキは「あの人、ヨシコさんに似てたな」と言う。あー、だから安心して長々と話込んでしまったんだと思った。

初日に言われたことでとても印象的だったのは、妊娠・出産は病気じゃないということ。医療が整っていなくても出産はできる、人間にはその力があるんだよと。集落に住むおばあちゃんに昔の出産の話を聞いたことがある。「昔はおばあさんが取り上げたんだよ」と言う。「おばあさんって?」と聞くと、「上に住むおばあさん」と答えた。もちろん資格なんてないそうだ。そのおばあさんが取り上げて、湯を張った大きなタライでその赤ちゃんを洗う。それを手伝うのは近くに住む女性たち。当時の女性たちにとって、生まれたばかりの赤ん坊をお世話をする時間は女性たちだけの唯一のお茶飲み場だったらしい。昔はそのくらい出産が日々の生活の近くにあったということだ。助産院は病院より少し私たちの生活に近い場所なんだと納得できた。

助産院には1〜2週間に一度のペースで通った。診察はエコーではなく触診が基本だった。助産院に着くと横たわる私のお腹を満遍なく触ったあと、「ここが赤ちゃんの頭よ、これがお尻、こっちが足で、今こっちを向いているのよ」と教えてくれる。院長は私の手を頭の場所まで持っていって、「自分で分かるようになりさい」と言うのだった。「毎回ここに来て得る情報だけが全てじゃないのよ、家に帰ったらあなたが責任をもって様子を伺うのよ」と。触診の後は足回りを中心に30分程かけてマッサージをしてくれる。その間で気になっている体の不調や、出産に向けた不安な気持ちを話したり、なんでもない互いの身の上の話をする時間だった。

そうして長い妊娠期間を、いつも暖かい手でお腹を触り、時には弱音を吐く私にビシッと喝を入れてもらいながら大きな心配事もなく過ごした。臨月に入ったとき、ひとりの助産師さんから「どんなお産になるんだろうね、楽しみだね」と言われ、もう出産が近いのかと思い浮かべたけど、私には全く想像がつかなかった。

出産予定日の2週間前に私は高位破水した。その後陣痛は待っても来ることはなく、感染病の心配があり提携していた産婦人科のある病院での出産となった。

退院後、助産院に挨拶をしに行った。院長はじめ、助産院でお世話になった人たちにヨウを抱いてもらった時は本当に嬉しかった。

9ヶ月を迎えたヨウは、名前を呼ぶと振り向くようになった。片眉をあげて笑みを向けてくる。

実家から檜原村に戻ったら季節は大暑。森の中とはいえ毎日暑い。水浴びする楽しそうなヨウに目をやりながら、ヨウがお腹にいた暑い去年の夏のことを思い出すのだった。

ヨウのご飯。暑いからなのか、最近は全く食べてくれないので困っている。

プロフィール

社本真里

しゃもと・まり | 1990年代、愛知県出身。土木業を営む両親・祖父母のもとに生まれる。名古屋芸術大学卒業後、都内の木造の注文住宅を中心とした設計事務所に勤め、たまたま檜原村の案件担当になったことがきっかけで、翌年に移住。2018年に、山の上に小さな木の家を建てて5年程生活。現在は村内の林業会社に勤めながら、家族で森の中の古いログハウスで暮らしている。

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