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住んでくれてありがとう

あたらしい私のいえは、東京 森のいえ Vol.7

photo & text: Mari Shamoto
edit: Masaru Tatsuki

2026年6月26日

photo: Masaru Tatsuki

少し日差しが強くなってきたが、午前中の散歩は気持ちがいい。ヨウは大抵散歩中に眠ってしまう。

天気が良い日は、ヨウを抱っこして集落を散歩する。家の前の坂を300m程上がっていくと、友人宅の大きな鯉のぼりが見える。竿の高さは15mくらいあるだろうか。この鯉のぼりをあげる日にはご近所さんたちへ声がかかる。皆で軒下にしまってある竿を運び出し、地面に仕込まれている穴へ力を合わせて立てる。鯉たちは1ヶ月ほど、初夏の空を泳ぐ。もうこれはみんなの鯉のぼりですからね、その家のお父さんが言う。

鯉のぼり。1ヶ月後、鯉たちを降ろす時にも皆が集まる。

先日とある集まりに参加した。

2年に1度というペースで行われているその会は、集落に昔住んでいた人や私たちのように住んでいる人たちが集まる場で、今回で18回目だそうだ。私たちは今回初めて参加をした。地域に地縁や血縁がない私たちのような家族の参加はこれまでほとんどなかったそうだが、前回から少しずつ声がかかるようになり、参加の輪が広がってきたらしい。会場となる隣町の飲食店に着くと、もうすでにたくさんの人が集まっていて驚いた。幹事の人が今日は大人37名+0歳1名(0歳1名はヨウのことだ)です、と話していた。男性はジャケットを羽織り、女性はブラウスなどを身につけて、皆綺麗に着飾っていた。今日が特別な日だということが伝わってきた。

会は、幹事の挨拶から始まり、その後それぞれ自己紹介をしましょうとなり、各テーブルをマイクが回る。自己紹介はとてもシンプルで家号と名前を言う。家号は家の名前のことで、ほとんどの人が苗字を言うことはなかった。私たちは家号を持っていないので、家族3人のフルネームと集落のどこのあたりに住んでいるのかを話した。

大きな畳の間で、次々と出てくる懐石料理を食べていると、中盤からカラオケが始まった。私達が聴いたことがない昔の歌が次々に選曲され、自分の番が来ると駆け足でマイクを取りに行き、とても気持ち良さそうに歌っていた。これが今日の楽しみのひとつなんだと思った。

そんなBGMの中、たくさんの人が声をかけてくれた。94歳だと言うおばあさんは、白いスーツを着て、髪を後ろに結わいてお化粧もバッチリ決まっている。話を聞くとヨウと同じくらいのひ孫さんがいるらしい。「若い家族が来ていたと孫に見せるよ」と言って、スマートフォンをポケットから出して私達の写真を嬉しそうに撮っていた。ひとりの男性は、古い写真を持って各テーブルを回っていた。また別の男性は近年に撮られた航空写真を持って来ていた。集落に住んでいた人たちと、今住んでいる人たちは、その写真をみながら、「今僕ここに住んでいますよ」とか、「昔はこの家も〇〇という家号がついていたんだよ」とか「昔はここに道があってね」と言って、話を弾ませていた。

集落に住んでいた人たちと話をしていると、何度も感謝をされるのだった。「住んでくれてありがとね」そんな言葉を自分は生きてる間に言うことがあるだろうか。それほどに地域というものを大切に思うことがあるだろうか、そんなことをぼんやり考える時間だった。

持参していた写真のひとつ。お祭りの日の写真だそうだ。

会の最後は手締め。檜原ではお祭りでも、飲み会でも地域の催しの最後は七つ締めだ。全員が立ち上がり、両手をお腹の前に広げる。幹事の「よおーーーーっ」と言う掛け声で、パンパンパン パンパンパン パン!七つ手を叩いた。

プロフィール

社本真里

しゃもと・まり | 1990年代、愛知県出身。土木業を営む両親・祖父母のもとに生まれる。名古屋芸術大学卒業後、都内の木造の注文住宅を中心とした設計事務所に勤め、たまたま檜原村の案件担当になったことがきっかけで、翌年に移住。2018年に、山の上に小さな木の家を建てて5年程生活。現在は村内の林業会社に勤めながら、家族で森の中の古いログハウスで暮らしている。

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