カルチャー

覚えていること、忘れてしまうこと。

『信号旗K』の朝吹真理子さんにインタビュー。

2026年8月10日

photo: Wataru Kitao
text: Keisuke Kagiwada

作家の朝吹真理子さんが雑誌『GINZA』に連載していた『信号旗K』が、このたび1冊の本になった。細野晴臣さん、村田沙耶香さん、黒河内真衣子さん、ドミニク・チェンさんなどなど、毎回異なるゲストを訪ねる朝吹さんが、その時間の中で感じたことを真空パックしていくようなエッセイ集だ。1冊の本として改めて通読してみると、チャプターを超えて同時にいくつかの共通点も浮かび上がってくるのが面白い。その点について、朝吹さんに話を聞いた。

ーー一読してまず素朴に思ったのは、朝吹さんには素敵な友達がたくさんいらっしゃるんだなということでした。本の中では友達ができなかった幼少期のことも綴られていましたが、今は大切なことについて語り合える友達がたくさんいらっしゃる。それはご自身の変化によるものなのか、環境の変化によるものなのか。どっちなんですか?

朝吹 両方かもしれないですが、わからないです。でも、もともと人への好奇心が強いんじゃないかなと思います。いまだにどこにいてもぴたっと一致できる感覚はないのですが、学校は特に難しくて。社会通念や規範から外れている子が、やっぱりいじめられやすいですよね。いまでも揶揄う方がバカみたいだと思っていますが、女の子が給食をおかわりしたら恥ずかしいってことを知らなかったから急いで食べておかわりをしに行ったら揶揄われたり、音空腹が辛くてトイレでおやつを食べていたら先生に呼び出されたり。私は無視や縄跳びで叩かれるようないじめだったのですが、いじめられているときは体から心を出かけさせると楽になるので、起きていることを他人事に思いすぎてしまって、両親にいじめられていることを言うのがだいぶ遅れてしまったりしました。中学校ぐらいになると、休み時間は一人で講堂に行くようにしてやり過ごして。でも、インターネットの掲示板なんかを通して、学外の友達がたくさんできるようになりました。住んでいるところも家庭環境も仕事もいろいろで、いろんなひとが家に来てくれたので泊まってもらったりしていました。今も昔も基本的に自分のことをろくでもないと思ってるので、みんなが仲良くしてくれるっていうこと自体が、ありがたいです。

ただ、何度会っても、やっぱり相手のことがわかったと思えることは、あんまりないです。すごく仲良くても、わかんないなっていつも思う。そこが人間の面白いところだと思います。あと、わかったと思うのが怖いのかもしれないですね。

ーーこの本において朝吹さんの立ち位置は、聞き手と言えるかと思います。そこで気になるのは、ほとんどすべての「聞く」という動詞が、ひらがなで「きく」と開かれていることでした。本書には朝吹さんが自身の原稿を推敲しているエピソードがあって、そこでは「文字の形が持っている音と、発音したときの音、両方がぴったりと、これだとあうものを探しながら」、言葉を選んでいると書かれていました。「聞く」は「きく」という音とチグハグな感じなんですか?

朝吹 漢字の「聞く」の時もあるんですけど、人間同士が話をしている時って、表情とか仕草とか空間全体で了解されている何かがあって体全体で音を感じている気がして、耳だけで聞いてないっていう感じがするんですよね。このきくは、聞くかきくか聴くか。こういうことをひとつずつ手を抜かないで確かめながら書くことが、作品全体をつくる大切なことと思っているかもしれません。

イヤホンで友達と通話する時と、スピーカーホンでする時で、「きく」感覚って違うじゃないですか。イヤホンだと「聴く」って字で感じることもあるなとか、ライヴだと音圧を体全部で感じているな、とか。その時々の文章の流れ、文字自体が持つグルーヴ感で選んでいる気がします。

ーーなるほど、チャプター内で統一されているとはいえ、「きく」と「聞く」が混在しているのは、そういう感覚によるものなんですね。本書の朝吹さんはそんなふうに人や場所との対話を繰り広げながら、同時に「覚えていること」「忘れること」「思い出すこと」といった記憶のめぐる事柄について、チャプターをまたいで思いを馳せています。こうした記憶の問題は、朝吹さんが常日頃考えていることなのでしょうか。

朝吹 すごい忘れっぽいんですよ。記憶力がまだらで、本の中で画家の佐藤允さんが小学生の頃、先生に「そんなことばっかりおぼえていたらいいわっ」とネガティヴな意味で叱られる話が出てきますけど、私も本当にそういう感じ。覚えてた方がいいようなことは忘れるのに、すぐに忘れそうなしょうもないことは覚えてて、でも、それが人間の記憶力の面白いところだなと思っていて。1つの同じ日に体験した出来事でも、人によって記憶の食い違いがあったりとかすること自体が面白い。全員が同じように覚えてる記憶なんてあり得ないし、面白くないって気がするんですよね。

その場のノリでそういう思い出になってるけど、事実は違ったとか、そういうこともあると思うんですよ。私には中学校の頃の友達と寝台車に乗って、北海道に行った記憶があるんですけど、あとで調べたらそのルートの寝台車はないっていうことがあったんですよ。友達もそのことを覚えているのに。じゃあ、この記憶はなんだ。そういうのばっかり人生によくあって。不気味だし、何なんですかね……。

ーーなんなんでしょう(笑)。本の中で、もうひとつの重要な要素として「夢」について度々語られていますが、夢の記憶を実体験として生きちゃっている可能性もあるんでしょうか。

朝吹 現実に起きたことなのか、そうじゃなかったのかが、曖昧になることは多いです。夢が現実に浸食してくるっていうこともあるのですが、まだ一応……いや、でもわかんないですね。コロナの時は、目覚めてメールチェックして返事して、っていう夢をよく見ていたんですよ。それを何度も繰り返すから、本当にメールを返したのかどうか、だんだんわかんなくなってきちゃって……あれ、めちゃくちゃ怖かったですね。

ーー僕もよくありますね(笑)

朝吹 あれ、怖いですよね。コロナの時でいうと、友達に会えなくて、家庭生活がすごくすさんでいたから、とにかく寝ていたかったんですよ。寝てると、夢の中で友達に会えるから。実際、この本にも出てくる黒河内(真衣子)さんとかには、よく夢の中で会っていました。だから今、黒河内さんに現実に会う時は、その夢の中の記憶も重なっています。彼女にはない記憶だけど私にはある記憶で、私の中では夢の中でも遊んだ人という感覚で会っています。でも、やばいですよね。誰かがそういう気持ちで私と会ってたら、嫌かも(笑)身勝手です。

ーー記憶をめぐるお話がシリアスなニュアンスを帯びるのが、戦争体験者への聞き取りにまつわるエピソード群でした。ただし、山の手空襲の被災者である中村さんの話にせよ、青葉市子さんの祖父母の話にせよ、僕たちが思い浮かべるただ悲惨なだけの戦争体験とは違う手触りがある。実際、とあるエピソードに関して、朝吹さんは「悲惨な話としてまとめようとするときには、消えてしまうかもしれない」と感じたと書かれています。現在、ライフワークとして山の手空襲の被災者への聞き取りもされている朝吹さんは、「悲惨な話としてまとめようとするときには、消えてしまうかもしれない」ことを記憶したいという思いが強いのでしょうか。

朝吹 そうですね、まさに今おっしゃってくださった通りです。新聞記者の方の戦争の聞き取りを隣で聞いたことがあるんですけど、とにかく短く簡潔に、悲惨な話を聞こうとするんですよ。記事の行数も決まっているのだろうし、毎日あらゆることを書いて取材されているので、大切な責務があるんだろうなとは思います。戦争って最悪だし、空襲は辛いに決まっていて、それは当然です。新聞に符牒だとしても、毎年そういうエピソードが載ることは大事だし素晴らしいことだとも思います。でも、それってすごく匿名的な文章になるじゃないですか。体験した人が誰で、何歳であっても、同じような話になってしまう。そして記者が質問の形で、相手に引き出したい言葉を、おうむ返しに言わせているのもみていました。取材する側もされる側も、戦争を繰り返さないために伝えたいことは同じ方向性かもしれませんが、私には違和感があります。話し手の方が、悲惨さを伝えるためだけの装置になってしまっているというか。

私は、たくさんの方にはお会いできないですが、おしゃべりをすることそのものを大切にしたいと思っています。だから戦争のことだけ聞くということはほとんどしません。人の記憶が面白いなと思うのは、ご夫婦がジャーマンシェパードの掛け合わせにはまってたっていう話から突然、戦後は、米軍が放出した飼料を食べていた話になったり。エシレクッキーを一緒に食べていたらとつぜん、戦後アメリカ軍の放出品の弁当箱に入ったパンはおいしくて、戦中の代用パンとは別物だった。代用パンは少し残して、近所の犬にやっていて、その犬は痩せぎすで毛が抜けて皮膚もボロボロだったって話になったり、とにかく人の記憶って唐突だなと思います(笑)。不意打ちに、戦争が思い出されてくる。長いだけど、それは悲惨な話だけを聞こうとする時には聞けない話だと思うんです。

でも、そういう話って、何回も会ったり、一緒にお茶をしながら、さいきんの話、ちょっとした話をしているときに、ふいに、語り慣れていない思い出が出てくる気がしています。人ってすごい面白いなと思います。

ーー朝吹さんにとって、戦争体験者への聞き取り活動は、単純に聞くことが大事なんですか? それともその記憶を記録することもセットでしていきたいのですか?

朝吹 すごく難しいところです。私は聞き取りの時に録音しないんですよね。ご一緒した人が録音することはあります。私以外の人も聞けるようになるから、本当は録音した方がいいのかなと思うときもあるのですが、私は個人的な興味から聞いていて、だからなんだろうな、ノンフィクションを書くためではないし、小説のために聞いてるわけでもないし、じゃあ、なんで、ききたいんでしょうね。

ーー朝吹さん個人の中で記憶しておくことは重要なんですね。

朝吹 人間の忘れっぽさに関心があります。忘れることで先に行けることもあったと思うのですが、記憶にどうしたら残るのかっていうのかなって、考えるんですよ。忘れたらいけないことっていっぱいあるけど、だからって覚えてられるわけじゃないっていうのが、やっぱり人間で。例えば、この本にも出てきますが、表参道の空襲ってめちゃくちゃすごかったんですよ。一応、表参道の並木道のみずほ銀行がある側に、「和をのぞむ」っていうベンチにもなっている慰霊碑があるんですけど、私、教えてもらうまで全く気づいてなかったんですよ。

その慰霊碑に「忘れない」とか書いてあるんですけど、忘れないって書いてあれば忘れないかっていうと、そういうものでもなくて。戦争を風化させない、とみんなが言っている時点で、もう風化しているんだと思うんですよね。そのうえで、どうしたらいいのかなと思います。慰霊祭のときにそこに献花をしますけれど、その一日はそこは慰霊碑としての役目を持っていますが、364日は忘れています。覚えている、ってほんとうに難しいことだなと思いますね。自分が表参道の空襲を忘れられなくなったのは、この本に出てくる灯籠の前に立てかけてあった1本の白い太ももの話を、山陽堂書店さんから教えてもらったから。その話を聞いちゃうと、もう表参道に行くたび、交差点の信号待ちのときとかに、思い出しますね。もちろん空襲の翌朝は、その一本の足以外にも、たくさんの空襲で亡くなった人の遺体があったのですが、なんで灯籠の前に白い足が立てかけてあったんだろうと。それは一体誰が運んで、一体どなたの足だったのかとかってことを、考えちゃうんですね。そのくらい強烈な話でした。

だから、どうしたら忘れないのかっていうのは、今の自分には全然答えがないんですけど、慰霊碑よりも、そういうことの方が自分の記憶には残っている。一本の足が、空襲のいろんな悲惨な話を思い出すきっかけにじぶんのなかではなっています。もう十年くらい前ですが、チェルフィッチュの岡田利規さんとその話をした時、やっぱりフィクションとして書いたらいいんじゃないか、朝吹さんお能ですよ、と言われて、そうなのかな、とずっとわかっていなかったのですが、すこしずつ小説にも染み込んできています。8年間書いてきた『ゆめ』っていう長篇小説が秋に単行本になるんですが、そこには聞き取りの時間も入ってます。だけど、そのために聞き取っていたわけじゃなくて、これから先も変わらずに続けていきたいとは思っています。

ーーその「覚えていること」「忘れること」も含めて、この本には朝吹さんの身体感覚がすごくよく表れていると思いました。それと関連する点で興味深かったのは、この本には「体液」をめぐる記述がかなり頻繁に登場することでした。「体中の体液が入れ替わってしまうような衝撃を受けた」「おしっこをして体液を排出」「野草の体液のような匂い」といった具合です。朝吹さんは自身の体液に意識が向くタイプなんですか?

朝吹 人間の肉体がなまものだという感じがすごくするんですね。生きているって熱を持っていることで、やわらかくて、器官もひとつずつおもしろいじゃないですか。脆いのか強靭なのかわからない。そして水っぽい。血液とか滲出液とか、たえず排泄しているし。変じゃないですか。

一時、三十代のはじめごろ、親しい友人たちが出産する時期があったんですよ。友達が、まりっぺは母乳を飲んでみたらいいよ、とすすめてくれて、友達から母乳を飲ませてもらいました。私はろくでもない自分が子供を持ったら大変なことになると思っていて、自分の母乳に関心はわかないんですが、友達が飲ませてくれたんだよという話をしていたら、他の友達も、私のも飲む?って言ってくれて。それでなぜかまとまった時期に、何人かの友人の乳房から母乳をわけもらいまいました。もちろん、赤ちゃんの食べものなので、赤ちゃんが飲み終えた後の、あまった液体です。最初に飲む?って提案してくれた友達が、食べものによって味が変わるんだよ、と教えてくれて、家に3泊4日で泊まりにきた時に、毎日飲ませてもらったんですけど、すっごく薄味なんですが、たしかに味が違いました。血液が母乳になると思うと、体液って面白いですね。

ーーあまり普段「体液」って言葉を使わないので、つい聞いてしまいました。とりわけ幼少期の朝吹さんが山岸涼子の漫画『日出処の天子』を読んだ感想として綴られる「体中の体液が入れ替わってしまうような衝撃を受けた」という表現は、自分が味わったことがない感覚なので印象に残っています。

朝吹 感覚的に……そうとしか言えないんですけど。『日出処の天子』ははじめて読んだ恋愛漫画でもあります。人を好きになる(執着する、支配したくなる?)っていうのはこんなに怖い体験なんだって、その頃はまだ自分が人を好きになったことがなかったから、すごくショックだったんです。すごい速さで、何かが体を巡っていったって感じですかね。

ーー2年ほど続けられた連載が今回一冊の本になったわけですが、あらためて目にしてどんなことを感じられますか?

朝吹 自分の30代の後半の人生の流れが、ここに瀰漫している感じがあります。それは『GINZA』という月刊誌の時間感覚の中で生まれたものです。月1回、取材をして書かなきゃいけなかったので、毎月一週間はこの連載のための時間でした。連載時にはなくて本にするまでに起きた出来事が増えて加筆していて、一冊の本として完成するまでの時間が入っています。おしゃべりの時間が何層にもなって増えています。なので、ほんとうに単行本にするまでの制作が大変でずっとマガジンハウスに通っていました……。

ーーそんな30代後半の人生が凝縮された本の表紙で、朝吹さんが着物をお召しになられているのはなぜなんですか?

朝吹 表紙が、ふつうだと、「GINZA」さんから出していただくのだし、小粋な服を着てにっこり写っているポートレートとかが無難だと思うので、着物で睨んでいるのが謎だと思うのですが、背景があって。場所は縁のあるところで、帯は父の母方の曾祖母帯です。大学生のころは大学にも着物で行ったりしていたんですよ。中世説話や和歌の先生が指導教授で、最終的に鶴屋南北という四谷怪談をつくった歌舞伎戯作者の勉強をするんですけれど。昔の人の気分になりたいと思って、着物で通っていて、あほすぎますよね。

この表紙の写真は、秋に出る「ゆめ」にも繋がっていて、まだ書いていない、これから書いていきたと思っている「家」についての小説の予告編のようなものに、表紙はなっているんです。過去のものを着ながら前を向いて睨んでいるのは、これから書くことに対してで、「家」の個人的な記憶と、歴史を、小説家として見てみたいという気持ちになってきたからです。それは、エッセイ連載を通して、いろんな人の記憶を聞いて、一緒の時間を過ごせたからでもあります。

インフォメーション

覚えていること、忘れてしまうこと。

信号旗K

「私はあなたと通信したい」という意味を持つ国際信号旗の〈信号旗K〉をタイトルに掲げ、はじめましての方から交流の深い方まで、各界のゲストを訪ね、語り合ってきた『GINZA』での連載。毎号、読み応えたっぷりにお届けしていたエッセイを、一冊の本として収録。2026年8月31日まで、本書へのメッセージをXとInstagramにて募るハッシュタグキャンペーンを開催中。詳しくはこちらから。 ¥3,300/マガジンハウス

プロフィール

朝吹真理子

あさぶき・まりこ|1984年東京都生まれ。2009年「流跡」でデビュー。2010年同作でBunkamuraドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年「きことわ」で芥川龍之介賞を受賞。他の著書に「TIMELESS」。2026年、8月26日に小説「閉じた目」(新潮社)、11月4日に長篇小説「ゆめ」(河出書房新社)を刊行予定。