ライフスタイル
山の神様
あたらしい私のいえは、東京 森のいえ Vol.5
photo & text: Mari Shamoto
edit: Masaru Tatsuki
2026年3月26日
photo: Masaru Tatsuki
ヨウが足の指を器用に曲げながら、両足の裏を合わせ始めると大抵うんちのタイミングである。そのとき顔を見ると鼻と上唇がくっついてしまうくらい顎を引いて踏ん張っている。今日もヨウは一生懸命うんちをして、おっぱいを飲んで、たくさん泣いて、ぐっすりと寝ている。
春先、寒の戻りを感じる頃に集落では春祭りがある。毎年3月17日に1番近い休日に山の神様(集落の氏神様)へ1年の安全を祈願している。集落の上部、自治会館から尾根道を歩いて20分ほどの場所に氏神様が祀られている神社がある。神社といっても建物があるわけではなく、鳥居を抜けた場所に2匹の狛犬と、その先の岩の上に小さな祠があるだけだ。昔からこのあたりの地域では17日が山の神様の日とされていて、私の住む集落では3月17日を本日(ほんび)としている。務めている村の林業会社では1月17日が山の神様の本日で、この日は山仕事をせず神社へお参りをし皆で食事をして過ごす。
今年の春祭りの日、風は少し冷たいが空はよく晴れていた。朝8時に自治会館に集まり、お供えするお赤飯を薪窯で蒸したり、直会(なおらい)でいただく煮しめやお味噌汁、お新香などを仕込む。自治会館の入り口に大きな旗が立てられるのを見ると、祭りが始まるんだと背筋が伸びる。準備がおおよそ終わった頃に地域の神社から宮司さんがやってくる。自治会館に仮設の神棚をつくって、仕込んだお赤飯やお神酒や野菜、魚なども一緒にお供えする。お供えものは神社のある方向へ向かって置かれる。
つい数年前までは、お重に敷き詰めたお赤飯やお神酒、お願いごとを書いた竹竿など必要なものを担いで山を登り、祠の前で神事をしていた。それが宮司さん含め皆、高齢になったこともあり自治会館の中に神棚をつくることになった。宮司さんがスニーカーで山を登り、カバンから綺麗な袴と羽織りだして着替えをしていた姿はもう見られない。尾根道を登った先の山の上は冷たい風が吹いていて、その場所でいただくお神酒や、葉っぱの上にのせて食べる冷たくなったお赤飯の味が懐かしく感じる。私がここにいるたった10年の間だけでもお祭りの風景がこんなにも変わってしまうのだと、膝の上にヨウを抱きながら宮司さんの唱える祝詞に頭を下げた。その後80代のおばあさんから0歳のヨウまで皆が玉串を捧げ、今年も静かに神事が終わった。
神事が終わると宮司さんも一緒にささやかな直会が始まる。テーブルには料理が並び、お神酒と共にいただく。宮司さんは直会までが神事ですから、と話していた。必ずと言っていいくらいお祭りの場では昔話に花が咲く。私は年長のおばあさんから戦争の時の話をきいた。父親が6年間フィリピンに行っていたこと、無事に家に帰ってきた時に父親だということがわからなくて家に兵隊さんが寝ていると思ったこと、親戚含めみんなが無事に帰還出来たこと、そんな話をとても気さくに話すのだった。
氏神様の存在はお祭りというハレの日だけではなく私たちの暮らしの近くにある。お正月に初詣にいくのはもちろんのこと、飼い始めた犬の名前を神社から一文字もらって名付けている家族がいたり。娘の高校の合格祈願にと山を登る父親もいた。年長のおばあちゃんは旦那さんが奉公先から持ち帰った大豆を今でも大切に育てているのだが、その大豆も神社から名前をもらっている。
8月の最後の土曜日には夏祭りがある。今年も氏神様のある山の方を向いて獅子舞を狂う。
プロフィール
社本真里
しゃもと・まり | 1990年代、愛知県出身。土木業を営む両親・祖父母のもとに生まれる。名古屋芸術大学卒業後、都内の木造の注文住宅を中心とした設計事務所に勤め、たまたま檜原村の案件担当になったことがきっかけで、翌年に移住。2018年に、山の上に小さな木の家を建てて5年程生活。現在は村内の林業会社に勤めながら、家族で森の中の古いログハウスで暮らしている。
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